第107話 凶獣激突
格好をつけると、ろくな事にならない。ガイエルは強く、そう思った。
ダルーハ・ケスナーを倒した、あの時。格好をつけて別れたりせず、無理矢理にでもティアンナをさらってしまうべきだったのだ。
そうすれば彼女も、単身でバルムガルド王国に乗り込むなどという無茶をやらかす事もなかっただろう。ガイエルが、絶対にさせなかった。
あの時のティアンナは確かに、生き残った王族として、やらねばならない事を山ほど抱えていた。
ガイエルにしても、父ダルーハがしでかした事の後始末をせねばならなかった。残党となったダルーハ軍兵士たちが、あちこちで悪事を働いていたのである。
お互い、多忙であった。
そんなものは放っておいてティアンナをさらい、自分のものにしてしまえば良かったのだ。
ガイエルがそれをしなかったせいでティアンナは無謀にも、魔族の領地と化したバルムガルドに単身で乗り込んだ。ガイエルが知らぬ所で、いろいろと危険な目にも遭ったはずだ。
そんなティアンナをずっと守り続けてきたのが、このゼノス・ブレギアスという男である事を、ガイエルは認めざるを得なかった。
3つの頭部を有する、凶猛な魔獣人間。その右手に握られた長剣が、暴風のような音を立てて一閃する。
斬撃の爪を振るい、襲いかかって来た魔人兵が5体ほど、その一閃に触れて真っ二つになった。大量の臓物が、宙にぶちまけられた。
猛禽の足そのものの形をした左手が、右手の長剣に劣らぬ激しさで叩き付けられる。魔人兵が1体、引き裂かれたのか打ち砕かれたのか判然としない死に様を晒し、飛び散った。
鉄槌のような蹄が跳ね上がり、突き込まれ、1体の魔人兵をグシャリと蹴りちぎる。
尻から生えた毒蛇が、別の1体に高速で食らいつく。咬まれた魔人兵が硬直し、絶命した。
獅子の顎が、山羊の口が、荒鷲のクチバシが、一斉に炎を吐く。
全方向から爪で斬り掛かろうとした魔人兵たちが、焼き払われて炎に包まれ、黒焦げの屍に変わっていった。
「何とまあ……ここまで手に負えぬ魔獣人間が、まだ存在していたとはな」
苦笑しながらガイエルは、掲げた左手に力を込めていった。
甲殻生物の節足に似た五指が、ドッペルマミーの首を容赦なく掴んで締め上げる。
「ぐぇえ……ぇ……っ」
全身に包帯を巻いた姿の魔獣人間が、宙吊りにされた状態でもがき呻く。包帯の下の、溶けかかりながら蠢く肉体の一部が、締め上げられて滴り落ちた。
ガイエルの右足の下では、リザードバンクルが這いつくばり地面に押さえ付けられ、やはり呻きながらもがいている。
「ぐっ……この……な、何で、お前みたいな化け物が……ヴァスケリアに、味方してやがるんだよ……ッ!」
「今まで一応、ヴァスケリア人として生きてきたのでなあ」
としか答えようがないままガイエルは、リザードバンクルの背中を踏みにじった。凶器そのものの爪を生やした右足が、魔獣人間の脊柱をぐりぐりと容赦なく圧迫する。
この両名にクローラーイエティを加えた魔獣人間3体を相手に、ガイエルは1度は不覚を取った。運良く生き延びられたのも、このゼノス・ブレギアスのおかげである。
彼のおかげで、こうして復讐戦を挑む事も出来た。
「思った通りだな。貴様たち……連携が崩されてしまえば、からっきしではないか」
「やめろ……やめろよ、ガイエル・ケスナー……」
ガイエルの左手で吊り上げられたまま、ドッペルマミーが辛うじて声を漏らす。
「大人しく、俺たちに殺されろ……じゃないと、この村が滅びるぞ……デーモンロード様が、あんたを殺しに来るんだぞ……」
「だから言ったろう、デーモンロードの所へは俺の方から出向いてやる。貴様らに、借りを返してからな」
「何でっ……お前みたいな化け物が、ヴァスケリアにだけ……っ!」
ガイエルの右足の下でリザードバンクルが、同じ恨み言を繰り返している。本当に、悔しそうに。
「結局……化け物を味方につけた国が勝つって事じゃねえかよおっ……!」
「だから貴様、デーモンロードを自国の戦力として崇めているわけか」
右足をぐりぐりと動かしながら、ガイエルは言った。
「そして自身も魔獣人間と化したと、そういうわけだな」
「ああ、そうさ! ヴァスケリアにお前みたいなバケモノがいるんだから、しょうがないだろうが!」
踏みにじられながら、魔獣人間が叫び応える。
「バケモノにはバケモノで対抗するしかないんだよ! 特に、お前みたいなのにはなぁあ!」
「ふむ、確かにその通りだ。貴様の言う事は全て正しい……それはそれとして、そろそろ死ね」
リザードバンクルの背骨を、ガイエルがいよいよ踏み折りにかかった、その時。
凄まじい衝撃と熱量が、ガイエルの全身にぶつかって来た。2度、3度と連続して。
球体状の炎の塊がいくつか、流星の速度で飛来し、激突して来たのだ。
レボルト・ハイマンだった。
黒い甲冑のような外骨格をまとう身体が前傾し、カボチャの裂け目のような口が大きく開いている。
その口から間断なく火球が発射され、紅蓮の流星群となり、ガイエル1人に集中して降り注ぎ続ける。
「貴様……ぐうっ!」
ガイエルは吹っ飛んでいた。ドッペルマミーの首から左手を離し、リザードバンクルの背中からも右足をどけてしまう事になってしまった。
地面に激突しつつも、ガイエルは即座に身を起こした。そのつもりだったが、片膝をついてしまった。
熱い衝撃が、体内いたる所で疼いている。
真紅の甲殻が全身でひび割れ、その亀裂から白い煙が発生している。
「目の前の戦いに集中するのは当然の事……なれど、いささか集中し過ぎてしまったようだな。竜の御子殿」
カボチャの裂け目のような口に炎をまとわりつかせながら、レボルト将軍は嘲笑った。
片膝をついたまま、ガイエルは言葉を返した。
「貴様は……俺に、確実に攻撃を命中させる……そのために、己の部下を……!」
大勢の魔人兵を犠牲にしてゼノスの動きを止め、魔獣人間2名を戦死寸前まで追い込んでガイエルの動きを止める。
そこまでして自分の命を奪おうとするレボルト・ハイマン将軍……当然だ、とガイエルは思い直した。自分はこの将軍の部下を、4000人近く殺戮しているのだ。
「まともな戦い方で貴公を殺せる自信がないのでな……」
カボチャの形をした頭部の中で、炎が激しく燃え上がる。
ガイエルの胸の内でも、闘志が炎の如く燃え上がった。
レボルトが口を開いた。カボチャの裂け目がさらに大きく裂け、そこから巨大な火球が吐き出される。
ガイエルも、口を開いていた。噛み合わさっていた上下の牙が離れ、喉の奥から爆炎が迸る。
太陽の如く燃え盛り、彗星のように飛翔する火球。横向きの噴火にも似た爆炎。
両者が、レボルトとガイエルの間で激突した。
凄まじい爆発が起こった。魔人兵が何体か、吹っ飛んで灰に変わった。
ゼノス・ブレギアスは背中の翼をはためかせて跳躍し、どうにか爆発をかわしたようである。
ガイエルは翼を動かす暇もなく、爆風の直撃を喰らっていた。
「うぬっ……!」
高熱の爆風に煽られ、よろめきつつ、爪で地面を掴むようにして踏みとどまるガイエル。
そこへ、リザードバンクルが斬り掛かって来る。鋸のような剣が、侮れぬ技量と剛力で振り下ろされて来る。
その斬撃をガイエルは、左腕で弾いた。ヒレ状の刃が、魔獣人間の剣をガッと跳ね返す。
レボルトもまた、よろめきつつも倒れずに踏みとどまっていた。
そこへ、ゼノス・ブレギアスが斬り掛かって行く。大型の長剣が、凄まじい技量と剛力で叩き付けられる。
その斬撃をレボルトは、左腕で受けた。強固な外骨格の楯が、魔獣人間の剣に殴打されて震える。
魔獣人間同士の戦いに、見入っている場合ではなかった。
「お前が! お前さえ、いなければ!」
リザードバンクルが、憎悪を燃やしながら再度の斬撃を試みている。
鋸状の剣が一閃する、よりも早くガイエルは踏み込んでいた。そして右腕を振るう。
刃のようなヒレが、赤く熱く発光しながら、横薙ぎに奔った。赤熱する光の直線が、魔獣人間の身体を横断する。
治癒能力を有する赤い宝石が、砕け散った。
楯もろとも、リザードバンクルは真っ二つになっていた。断面から、黒焦げの臓物が溢れ出しては砕けて灰と化す。
「畜生……お前……どうなんだよ……ッッ」
分かたれた上半身と下半身が、サラサラと焦げ崩れてゆく。そんな状態でありながらリザードバンクルは、一言だけ遺した。
「ヴァスケリア……だけなのかよっ…………バルムガルドは、守ってくれないのかよぉ…………」
魔獣人間の遺灰がザァー……ッと地面にぶちまけられる。
それを一瞥するついでに、ガイエルは見回した。
ゼノスの振るう剣を、レボルトが後退してかわす。どうにか間合いを開こうとしているようだが、ゼノスはそれをさせない。巨体を滑らかに踏み込ませ、開きかけた距離を潰しながら斬撃を繰り出す。それをレボルトが、楯で防ぐ。
剣を振るっての白兵戦ならば若干、ゼノスに分があるようだ。が、距離を開かれて火球の連続発射に持ち込まれては、打つ手がない。
もう1体、魔獣人間がいたはずだ。ドッペルマミー。その姿が、しかしどこにも見えない。
逃げたのか。いや、あの魔獣人間は確か、他者に変身する能力を持っていたはずだ。ガイエルも1度、化けられた事がある。
タジミ村に紛れ込まれでもしたら、厄介な事になりはしないか。
ガイエルがそう思った、その時。
生き残りの魔人兵たちが、一斉に襲いかかって来た。斬撃の爪を振り立て、凶暴な肉食猿を思わせる動きでガイエルに群がろうとする。
命を捨てての襲撃を、ガイエルは容赦なく迎え撃とうとした。
「やめよ」
ゼノスの剣を、楯で辛うじて受け流しながら、レボルトが声を発した。魔人兵たちが動きを止めた。
「その怪物に手を出してはならぬ……目の当たりにしたであろう? お前たちでどうにか出来る相手ではない」
「し、しかし将軍! こやつを生かしておいては、この村がデーモンロード様に」
「その事ならば心配は要らん……何度でも言うぞ。デーモンロードは、俺が殺しに行く」
ガイエルは言った。
「奴に伝えておけ。貴様が来る必要はない、俺の方から出向いてやると」
「……退くぞ」
3つ首の魔獣人間剣士を油断なく見据えたまま、レボルトは後退りをした。
追おうとせず、ゼノスが言う。
「ふん、今日のところは引き分けにしといてやるってわけかい。まあ俺としても今更、あんたの命をもらわなきゃならねえ理由なんざねえ……とにかく、この野郎の扱いは俺が決める」
左手の親指を、ゼノスは偉そうにガイエルへと向けた。
「それに関しちゃ、他人の指図を受ける気はねえよ」
「ゼノス王子よ、悪い事は言わん……その怪物、殺せる時に殺しておけ」
レボルトの言葉はゼノスに、眼光はガイエルに向けられている。
「貴公は目の当たりにしておらぬだけだ。そやつが、どれほど忌まわしく禍々しい存在であるのかをな」
「お誉めにあずかったようだな。光栄だ、レボルト・ハイマン将軍殿」
ガイエルは、慇懃無礼に一礼して見せた。
「光栄ついでに1つ訊いておこう……将軍は、ミリエラ・ファームという女騎士をご存じか?」
「私の部下だ。任務で死んだ」
レボルトは、努めて冷酷な口調を保っているようだった。
「男であろうと女であろうと、軍人とはそのようなもの。他者にあれこれ言われる事ではないな」
「まあ、そう言わずに聞け。かの女騎士は、人間ではないものと化しながら最後まで民衆を守り抜き、死んでいった。貴殿らバルムガルド軍人は、己のあらゆるものを犠牲にして、この国の民を守ろうとしている。それはわかった」
原形なき残骸兵士と化しつつ、ガイエルの腕の中で死んでいった、1人の女騎士。
あの痛ましいほどにおぞましい屍の感触は、これから先も決して忘れる事は出来ないであろう。
「魔族に臣従し、あるいは魔族の力を利用して、このバルムガルド王国を守る。なるほど、確かに正しい選択なのかも知れんな。良かろう、最後まで押し通すがいい。その結果、俺にとって何かしら不愉快な事態が起こったとしたら」
レボルトの、燃え盛る炎の眼光を、ガイエルは正面から睨み返した。
「その時は、4000人程度では済まんぞ……覚悟の上で、押し通して見せろ」
「……結局はデーモンロードによる力の介入を防ぐ事が出来なかった、私に言える事ではないのかも知れん」
レボルトの、眼光だけではなく口調にも、燃え盛る炎が宿っている。暗い、憎悪の炎だ。
「だが……赤き魔人、ガイエル・ケスナーよ、やはり貴様を許す事は出来ん。人間ではない者どもによる、人間の政への介入……全て、貴様が発端という気がする。逆恨みと思いたければ思え。私は、貴様を許さぬ」
「逆恨みとは、残虐な事だ。実に良い」
ガイエルは、笑って見せた。
「ただ自分の女房が死んだというだけで、トチ狂って馬鹿をやらかした男を、俺は1人知っている。あれに比べれば貴様は幾分、可愛げがある。大いに逆恨みをするがいい。俺に、八つ当たりをしてみろ」
「…………」
レボルトはもはや何も言わず背を向け、魔人兵たちを率いて歩み去った。
「レボルト・ハイマン……いろいろ背負い込んじまってる野郎だぜ。付き合ってるこっちまで疲れちまわあ」
本当に疲れた様子でゼノス・ブレギアスは、人間の姿に戻っていった。
3つ首の魔獣人間から、頭が1つしかない人間の若者へと、変わってゆくと言うべきか、戻っていくと言うべきか。
ガッシリとたくましい人間の男の裸身が、そこに現れていた。
「さて……本題の話し合いに入ろうじゃねえか、竜の御子ちゃんとやら」
この男は、何も隠さぬ裸の話し合いを望んでいる。
そう感じた瞬間、ガイエルの身体も、人間の姿に変化し始めていた。赤い甲殻と鱗が、滑らかな人体の皮膚に変わってゆく。
「まずは、おめえさんが何者なのかってぇとこからだな。俺はゼノス・ブレギアス。今は見ての通り、この村で用心棒の真似事なんぞやってるが……いずれ、ティアンナ姫の旦那になる男よ」
ゼノスが自身に親指を向け、たわけた自己紹介をしている。
赤毛の若者の裸身となりながら、ガイエルも名乗ってやった。
「俺はガイエル・ケスナー。何者であるのかは、まあレボルト将軍があらかた語ってくれた」
「なるほど、自分で語る事なんざぁ何にもねえってワケだな。あとは俺が見て判断しろと」
「貴様には礼を言うぞゼノス・ブレギアス。よくぞ今まで、ティアンナを守ってくれた」
出来る限り友好的な笑顔を、ガイエルは作ってみた。
「俺が来たからにはもう大丈夫、貴様は用済みだ。死ね」
「はっはっは、そいつぁこっちの台詞だっつぅうううの」
同じくニコニコと牙を剥きながら、ゼノスが拳を叩き込んで来た。
同時にガイエルも、拳を打ち込んでいた。
互いの拳が、互いの顔面を直撃した。
ゼノスがよろめき、ガイエルも後方へと倒れそうになった。
父ダルーハの拳に劣らぬ衝撃。それを、認めざるを得なかった。
ふらふらと揺らぐ足を踏みとどまらせ、後方に揺らいだ上体を思いきり起こす。ガイエルのその動きが、そのまま頭突きになった。ゼノスも、同じ動きをしていた。
両者の頭が、微かな血飛沫を散らせて激突する。
ガイエルの視界の中で、火花が飛んだ。
その向こうから、ゼノスが眼光を返してくる。
「てめえ……ティアンナ姫の、一体何よ?」
「貴様のような魔獣人間どもをな、ティアンナに近付けぬようにしていた者だ」
ぐりぐりと、額が押し付けられて来る。押し返しつつ、ガイエルは間近から睨み据えた。
「俺も……テメエみてえなバケモノ野郎を、ティアンナ姫に近付けねえ生き方をしてる真っ最中なんだわ。これが」
睨み返しながらゼノスが、ガイエルの赤い髪を掴む。
ガイエルもまた、ゼノスの短い黒髪を掴んでいた。
両者そのまま、ニコニコと凶暴に微笑みながら、ぐいぐいと額を押し付け合う。皮膚が擦り切れ、血がしたたり落ちる。
どちらかの頭蓋骨が砕けるまで、とガイエルが思い定めようとした、その時。
複数の気配が、足音が、近付いて来た。会話の声と一緒にだ。
「こちらです、ティアンナ殿下。今頃ゼノス殿が、お1人で敵と睨み合っておられる最中」
「……いえ、どうやらもう戦いが始まっているようですね。血の臭いがします、急ぎましょう」
涼やかな、懐かしい声が、ガイエルの胸を締め付ける。
やがて、武装した歩兵の一部隊が、茂みの中から現れた。
彼らを率いているのは、1人の少女だった。
まるで下着のような鎧。凹凸控え目ながら、しなやかに鍛え込まれた半裸身。艶やかな金色の髪。
その愛らしい美貌が、今は呆然と固まっている。
全裸のまま頭を押し付け合う、2人の男。
そんなものを見せつけられて、ティアンナ・エルベットは固まっていた。固まった表情が、引きつってゆく。
「睦み合う殿方の裸は、とても綺麗……私、邪魔ですね」
引きつった声を発しながらティアンナは、くるりとマントを翻して背を向け、さっさと歩き出した。
「失礼をいたしました。どうぞ、ごゆっくり……」
「まままままま待ってくれよティアンナ姫! 違うんだ、俺ぁこんな野郎とそんな事してたワケじゃ」
「誤解だティアンナ! 俺たちは睦び合ってなどいない、殺し合っていただけだ!」
同時に叫びながらゼノスとガイエルが、全裸のままティアンナに追いすがろうとする。
兵士たちが、それを阻んだ。
「こ、こら貴殿たち! そのような格好でティアンナ殿下に近付いてはならぬ……」
「邪魔だてめえら!」
「邪魔をするか、貴様らぁあ!」
ゼノスとガイエルの叫びが、またしても重なった。両者、兵士を1人ずつ、胸ぐらを掴んで吊り上げ揺さぶる。
地面から離れた両足をばたつかせながら、2人の兵士が悲鳴を上げる。
ティアンナが立ち止まり、振り向いた。
「やめなさいッ!」
少女の怒声が、凛と響き渡る。
ゼノスが、掴んだ兵士を手放しながら、おかしな声を発した。
「おうッ……おっ怒られちまったぁ、久しぶりにいぃ……」
何やら前屈みになって座り込んでしまったゼノスを無視して、ティアンナはこちらを見た。
放り捨てるように兵士を解放しつつガイエルは、どのような言葉を発するべきか、わからずにいた。
言葉にならぬ思いが、胸の内で猛り狂っている。爆炎となって、口から迸ってしまいそうなほどに。
「ティアンナ……俺は……」
「私……吟遊詩人の謡う、乙女向けのお話のような再会を夢見ていたわけではありませんけれど」
ティアンナが、微笑している。怒ったような困ったような、微妙な笑顔。
相変わらず似ている、とガイエルは思った。
「もう少し、何と言うか……何とかならなかったのですか? ねえ、ガイエル様」
母レフィーネも、夫や息子が何かやらかす度に、こんな笑顔を浮かべていたものだ。