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第106話 魔将軍と魔獣王子

 レボルト・ハイマンは思う。ゼノス・ブレギアスが自分を憎むのは当然である、と。

 リグロア王国侵略戦の総司令官であった自分に、そのリグロアの王太子であった若者が、協力的になどなれるわけがないのだ。

「てめえに30発くれえブチのめされたのは、忘れちゃいねえぞ……」

 燃え盛る憎しみそのもの、と言うべき姿をした3つ首の魔獣人間が、獅子の牙を剥き、山羊の角と猛禽のクチバシを振り立てて言う。

「俺ぁテメーをぶっ殺すために人間やめたんだ。まさか、てめえも人間やめてやがったとはなぁあ!」

 怒声と共にゼノスは、右手の長剣をブンッと威嚇の形に振るった。魔獣人間の剛力で振るわれる、リグロア王家の剣。威嚇とわかっていても、思わず怖気だってしまうほどの構えである。

「……その剣を、普通に振り回せるようにはなったのだな」

 端正な人間の容貌をまだ保った顔で、レボルトは微笑んだ。

 あの時、まだ10歳かそこらの小さな少年であったリグロア王太子が、大人の剣士の手にも余るこの長剣を全身全霊で振るい、レボルトに斬り掛かって来たのだ。

 不覚にも戦勝の宴で酔っていたレボルトは、危うく一撃で斬殺されてしまうところだった。

 ゼノス本人が言う通り、確かに30発くらいは殴ったかも知れない。

 子供を相手にやり過ぎた、とは思っていない。あの頃すでにゼノス・ブレギアスは、侮れぬ殺傷技術を身に付けた剣士であった。

 もしもあの時ゼノスが、子供の身体など押し潰してしまいそうなこの大型の長剣ではなく、身の丈に合った小さめの剣で襲いかかって来ていたとしたら。間違いなく、レボルトは殺されていただろう。戦勝の宴で泥酔中に暗殺された将軍として、汚名を残していたに違いない。

「復讐は無意味なもの、などと言う資格が私にはない。だがゼノス王子よ……この場は、この場においてだけで良い、私の言う通りにしてはくれぬか」

「竜の御子とかいう奴を、タジミ村から追ん出せってのか」

 聞く耳持たずに斬り掛かって来るかと思われた3つ首の魔獣人間が、意外にも会話に応じてくれた。

「何度も同じ事言わすんじゃねえよ。それでこの村を確実に守れるってえ保証なんざ、どこにもねえだろうがあ?」

「守れるさ。デーモンロード様が、この村も守って下さる」

 魔獣人間ドッペルマミーが、続いてリザードバンクルが言った。

「俺たちがデーモンロード様のために戦う事が、この国を守る事に繋がるんだよ」

「魔物どもの手先になって、何と戦う? どこと戦う? 何を守る事に繋がるってんだ、おいコラ」

 切り捨てるように、ゼノスが言う。

「岩窟魔宮の魔物どもとは、どう考えたっていつかは決着つけなきゃなんねえだろうが。俺にはなあレボルト将軍、あんたらがそれを意味なく先延ばしにしてやがるようにしか見えねえんだよ」

 一理ある、とレボルトは思わざるを得ない。

 この国の、女子供だけでも守らなければならない。それを理由にして自分は、デーモンロードの支配に甘んじているのではないか。こんな状態のまま時が経てば経つほど、魔族によるバルムガルド支配は磐石のものとなってゆく。その事に対し、見て見ぬふりをしながら。

 しかし、だからと言って今、デーモンロードに対して叛旗を翻したりしたら、辛うじて保たれている女子供の身の安全まで危うくなる。結局のところ現時点においては、魔族による支配体制を維持し続けるしかないのだ。

「何も知らぬ、若造が……」

 引き連れて来た魔人兵たちが、口々に怒りの声を発し始める。

「レボルト将軍の苦悩も知らず、勝手な事を!」

「将軍は、我らの家族のために、この国の民のために! この上なき苦難の道を歩んでおられるのだぞ! それを貴様」

「やめよ」

 レボルトは命じた。自分は、この者たちには憎まれなければならないのだ。

 魔人兵たちに何か言い返そうとはせず、ゼノスはじっとレボルトを見据え、言った。

「なあレボルト将軍。ついカッとなって人間の皮ぁ脱いじまったけどよ、俺ぁ今更あんたをブチ殺して恨み晴らそうなんて気はねえんだ。んな事したってリグロア王国が復活するわけじゃねえし、させようとも思わねえ」

 確かに、復讐の機会などいくらでもあった。この怪物ならば、王都ラナンディアに単身で殴り込み、バルムガルド王族全員の命を狙う事も不可能ではなかったはずである。

 が、この元リグロア王太子は、復讐のために魔獣人間になっておきながら結局、それをしなかった。

「ここで俺が言える事ぁ1つだけだ。俺が拾った野郎を、どう扱うかは俺が決める。てめえらに指図はさせねえよ」

「そうか……では、無理矢理にでも指図させてもらうとしよう」

 言いつつ、レボルトは左腕を掲げた。

「竜の御子を、我らに引き渡せ。あるいは、この村から追放せよ。タジミ村は今やバルムガルド王国最後の希望、滅ぼさせるわけにはゆかぬ」

 掲げた左前腕が、メキ……ッと震える。

「魔物どもとは決着をつけねばならぬ……そう言ったなゼノス王子。貴様ごときが果たしてデーモンロードと決着をつけられるかどうか、私が試してやろう。少なくとも私に勝てぬようでは、あの怪物を倒すなど夢のまた夢よ」

「能書きはいい。とっとと人間の皮、脱いじまいな」

 リグロア王家の剣が、向けられてきた。

「人間やめたら、人間なんざぁ虫ケラみてえに殺せるようになっちまった。そしたら復讐なんてものバカらしくなってなあ……けど、てめえも人間やめちまったんなら話ゃ別だ。30発ブチのめされた恨み、晴らさしてもらうぜ」

「今回は、その程度では済まぬぞ小僧……悪竜転身」

 震えていた左前腕から、甲殻の楯が広がった。

 レボルトの全身で、粗末な歩兵の軍装がちぎれ飛び、その下から黒色の外骨格が甲冑の形に盛り上がる。翼が広がり、尻尾が伸びてうねる。

 左前腕の楯から剣を引き抜きつつ、レボルトは魔獣人間ジャックドラゴンと化していた。

「ほう、てめえ……しゃれた変身セリフ持ってんじゃねえかッ!」

 ゼノス王子が、猛然と斬り掛かって来る。

 レボルトは楯を構えた。リグロア王家の剣が、そこに激突する。

 凄まじい衝撃が、レボルトの左腕を震わせた。楯で受け流すつもりであったが、受け流せるような甘い斬撃ではなかった。

 楯で防がれた剣を、ゼノスは即座に別方向から叩き付けて来る。その凶猛な一閃を、レボルトは後退してかわした。

 3つ首の魔獣人間の巨体が、後退を許さず踏み込んで来る。リグロア王家の剣が、2度3度と猛々しく閃いた。

 猛々しく、だが決して乱雑ではない、鋭く正確極まるそれら斬撃を、レボルトは楯で防ぎ続けた。強固な外骨格の楯が、ガッ! ガキィンッ! と立て続けに火花を散らせる。竜の強度を宿したこの楯でなければ、とうに砕け散っていただろう。

「ふっ……いくらかは腕を上げたか、小僧ッ」

 楯の陰から、レボルトは剣を突き込んだ。楯と同じく竜の強度を有する、片刃の切っ先。ゼノスの分厚い左胸に向かって閃いた、その一撃が、しかしリグロア王家の剣によって受け流された。

 受け流しに用いた長剣を、ゼノスはそのまま横薙ぎに振るった。防御から攻撃への移行が、恐ろしく速い。

「うぬ……っ」

 横殴りに襲いかかって来た斬撃を、レボルトは倒れ込んでかわすしかなかった。

 倒れ込んだ魔獣人間の黒い身体が、しかし即座に一転し、起き上がりながら翼をはためかせ、跳び退る。

 そこへ、ゼノスが斬り掛かる。

 ジャックドラゴンの頭部の中で、炎が燃え盛った。その炎を、レボルトは球形に固めて口から吐き出した。

 かなりの近距離から発射された紅蓮の火球を、ゼノスは斬撃で迎え撃った。リグロア王家の剣が、まっすぐに振り下ろされて火球を叩き割る。

 叩き割られた火の玉が、爆発した。その爆風がゼノスの動きを押しとどめている間に、レボルトはもう1度、後方に跳んで間合いを開いた。

 爆炎はすぐに消え失せ、魔獣人間ゼノス・ブレギアスの、無傷の姿が現れる。逃げるが如く跳び退ったジャックドラゴンに、火球を叩き斬った剣が向けられている。

 いくらかは腕を上げた、どころではない。レボルトは、そう認めざるを得なかった。

「剣の勝負では勝てぬ……か」

 思わず呟いてしまってから、レボルトは気付いた。自分たちの目的は、この3つ首の魔獣人間に勝つ事ではない。

 1対1の戦いに、少し熱くなり過ぎた。レボルトは、思わず苦笑した。これは武芸の試合ではないのである。

 リザードバンクル、クローラーイエティ、ドッペルマミー、そして魔人兵たち。今にも加勢に飛び込んで来そうな彼らを見回し、レボルトは命令を下した。

「行け……ゼノス王子は、私が動きを止めておく。貴様たちは竜の御子を探し出し、命に代えても仕留めるのだ」

 赤き魔人とデーモンロードの、共倒れ。理想は無論、それである。

 理想が叶わぬ以上、赤き魔人の方に死んでもらうしかない。生かしておけば、タジミ村が狙われるのだ。

 デーモンロードは、バルムガルド国民の、少なくとも女子供は守ってくれる。男たちも、魔人兵あるいは魔獣人間という形でなら生き残る事が許される。

 だが赤き魔人は、全てを滅ぼしてしまう。

(この国の民を守るために、私はデーモンロードの支配体制を……守り続けるしか、ないのか? やはり……)

「了解。今度は逃がしませんよ!」

 リザードバンクルが、鋸のような剣を振りかざし、駆け出し、魔人兵たちに向かって号令を叫んだ。

「全員で探せ! 竜の御子は、この村のどこかにいる!」

「見つけたら、真っ先に俺たちに知らせろ! くれぐれも勝手に戦いを挑んだりするなよ!」

 クローラーイエティが、そしてドッペルマミーも叫んでいる。

「恐がるな、必要以上に恐れるなよ。俺たちは1度、あの化け物を追い込んだ事がある。化け物は化け物だが、絶望的に勝てない相手じゃあない! 俺たち全員が連携すれば、必ず倒せる!」

 魔人兵たちが勇壮な喚声を上げ、一斉に走り出した。そして、タジミ村全域に散ろうとしている。

 それを止めるべく、ゼノス王子が動こうとする。

「てめえら……待ちやがれ!」

「邪魔はさせん……!」

 言葉と共に、レボルトは火球を吐き出した。3つ、4つ。紅蓮の球体が、いくつもの燃え盛る流星となってゼノスを襲う。

 ことごとく、リグロア王家の剣によって叩き割られた。

 叩き割られた火球たちが、ゼノスの周囲あちこちで爆発する。そして3つ首の魔獣人間に、様々な方向から爆風を浴びせる。

「ぐぅ……っ!」

 ゼノスの巨体が、揺らいだ。

 その間レボルトは一際、激しい炎を、頭部の中で燃やしていた。そして口を開く。

 カボチャの裂け目のような口が、さらに大きく裂け、火力の高まった紅蓮の球体を吐き出していた。

 大型の火球が彗星の如く飛び、爆風によろめくゼノスを襲う。

 よろめくゼノスの眼前に、何者かが立った。どこからか跳躍して来た人影が、着地していた。

「何……!」

 レボルトは息を呑んだ。見覚えのある人影、のような気がしたのだ。

 身なりの粗末な、若い男である。髪は赤い。炎のように揺らめく、赤色の長髪。

 顔はよく見えない。その若者は、右手で顔を隠している。指と指の間で、眼光が烈しく輝いている。

 この禍々しい眼光を、自分は知っている。

 レボルトがそう思っている間に、ゼノスを直撃するはずだった大型の火球は、赤毛の若者に激突していた。

 激突の瞬間、若者は声を発した。

「悪竜転身……」

 爆発が起こった。

 彗星の如き火球が、轟音と共に爆炎と化し、赤毛の若者を包み込む。

 その爆炎の中、ゼノス王子の楯となった若者は、人間ではないものへと変わっていた。

 否。元々人間ではないものが、人間の皮を脱ぎ捨てたのだ。

「お……おめえ……」

 呆然と声を漏らすゼノスの眼前で、爆炎が薄れてゆく。

 赤色の怪物が、そこに立っていた。巨大な皮膜の翼で、マントの如く全身を包み込んでいる。レボルトの必殺の火力は、この翼によって全て防がれてしまったようだ。

 真紅のマントのようなその翼が、ゆっくりと開いていった。

 禍々しいほどに力強い身体を、真紅の鱗と外骨格で鎧った、魔人の姿が現れた。背中から翼を広げ、大蛇のような尻尾を獰猛にうねらせている。

 仮面のような顔面甲殻の内側で、魔人は微笑んだようだ。

「……なかなかの炎だ、レボルト将軍」

「貴様……」

 ジャックドラゴンの頭部の中で炎が燃え盛り、両眼から、口から、溢れ出す。

 西国境における地獄の光景が、レボルトの脳裏に甦った。この赤き魔人の姿を目にする度に、そうなってしまう。

 赤き魔人、竜の御子……ガイエル・ケスナー。

 レボルトが人間ではないものとして生きる道を歩む事になった、そのきっかけを作った怪物が、さらに言う。

「俺を探していたのだろう? わざわざ村を探し回る事もあるまい。貴様らがうろつくと村人たちが迷惑をする……俺は今、この村で世話になっている身でな。迷惑は、未然に防がねばならん」

「だったら今すぐ死ねよ、化け物野郎」

 リザードバンクルが、そしてクローラーイエティとドッペルマミーが、魔人兵たちと共に赤き魔人を取り囲む。

「デーモンロード様が、いずれお前を殺しにやって来る……お前がいたら、この村は巻き添えで滅ぼされる」

「その前に、俺たちに殺されてくれ。そうすれば、この村は無事だ」

 人間の表情筋がすでに失せているガイエル・ケスナーの顔面に、しかし間違いなく一瞬、表情と呼べるものが浮かんだ。

「デーモンロードが、俺の命を狙っているだと……?」

「当然であろう。あれだけの戦いをやらかしておいて、デーモンロードが貴様を警戒せぬはずがあるまい」

 ガイエル・ケスナーとデーモンロードの、身を焼けただれさせながらの一騎打ち。思い返す度に、レボルトは戦慄する。

「貴様には、己が怪物であるという自覚がいささか欠けているようだな。はっきり言わねばわからぬかガイエル・ケスナー……貴様はな、ただ道を歩いているだけで大勢の人間を殺す怪物なのだよ」

「……では、俺をデーモンロードの所へ連れて行け」

 ガイエルが言った。

「そこで決着をつけてやる」

「そうはいかない。お前を殺すのは、デーモンロード様じゃあなくて俺たちだ」

 言葉と共にリザードバンクルが、鋸のような剣をヒュンッと振るい構えた。

「俺たちは、魔族の中で発言力を強めなきゃあならない。それが、この国を守る事に繋がるんだ」

「この国は今、デーモンロード様の下で、いい感じに安定しつつあるんだ。あんたみたいな化け物に、その安定を乱してもらいたくないんだよ」

 ドッペルマミーが、懇願の口調で言う。

「この村を守るためにも、な? 抵抗しないで……大人しく、俺たちに殺されてくれよ」

「断る」

 応えたのはガイエルではなく、ゼノス王子だった。

「この野郎をどうするかは、俺が決める。殺すとしたら、てめえらじゃなく俺がやる……って同じ事何回言わせりゃ気が済むんだコラ。実は人の話全然聞いてねえだろ? なあ、なあ、なあ」

「……ゼノス・ブレギアスというのは貴様か?」

 3つ首の魔獣人間の方をちらりと振り向き、ガイエルは言った。

「マチュア殿から話は聞いた。俺を、助けてくれたそうだな」

「助けちゃいねえ、拾っただけだ。あんま偉そうな口きいてんじゃねえぞ、この肉野郎。てめえの、せ、せ、せんさつ」

「生殺与奪の事を言っているのか?」

「そう、それ! そいつぁ俺が握ってんだ。てめえをブチ殺して鍋にするかどうかは、こいつら追っ払った後でゆっくり考えてやっからよ。とりあえず大人しく見てやがれ!」

 赤き魔人の身体を押しのけながらゼノスが、レボルトに向かって踏み込もうとする。

 その動きがガクンッと止まった。ガイエルの左手が、ゼノスのタテガミを掴んでいた。

「俺は、生殺与奪の権を握られるのが大嫌いでなあ……」

 3つ首の魔獣人間の巨体を、左手だけでグイと掴み寄せながら、ガイエルは言った。

「しかも俺を殺して鍋にするだと? これまで何匹もの魔獣人間を叩き殺してきたが……貴様ほど残虐な事を言う奴は、初めてだ」

「て、てめっ……! 俺のタテガミ、掴んでいいのぁフェル坊とティアンナ姫だけなんだよぉおおおお!」

 掴み寄せられる勢いを利用してゼノスは、ガイエルの顔面に、獅子の頭部で頭突きを喰らわせた。

「ぐっ……!」

 赤き魔人の身体が、後方に揺らいだ。顔面甲殻が砕け散り、鋭い牙だけの口が剥き出しになる。

 揺らいだ姿勢を立て直しながらガイエルは、返礼の右拳を叩き込んでいた。

 奇怪な甲殻生物の節足が5本、固まり丸まったかのような赤い拳。バルムガルド軍兵士を片っ端から粉砕したその一撃が、ゼノスの獅子の顔面を直撃する。鼻血と思われる血飛沫が、少しだけ散った。

「貴様……今、誰の名を口にした?」

「俺の甥っ子と嫁さんだ! 文句あんのかゴルァア!」

 3つ首の魔獣人間の巨体が、よろめきながらも踏みとどまり、牙を剥く。

 ガイエルも、牙を剥いていた。

「嫁……だと? それはティアンナの事か貴様……」

「なぁに呼び捨てにしてやんがんだテメエおう! おうおうおう!」

 これは、とレボルトは思った。放っておくのが最良の戦術なのであろうか。

 だが、そうは思わない者もいた。魔獣人間クローラーイエティが、赤き魔人の背後に迫っている。

 毛むくじゃらの白い巨体が、素早く音もなく踏み込み、五指の代わりに触手の生えた右腕を振り上げ、ガイエルの背中を襲う。

 強力な麻痺毒を分泌する触手。

 その一撃を、竜の御子の背中に叩き込もうとしながら、クローラーイエティは動きを止めた。止められていた。

 白い巨体に、赤い大蛇のような尻尾が幾重にも巻き付いている。毛むくじゃらの巨大な胴体も、触手を振り上げた右腕も、獣毛に埋もれた太い首も、赤き魔人の尻尾によって強烈に拘束されていた。

「貴様らの連携は、まずその麻痺毒を喰らわせるところから始まる……本当に、死ぬような目に遭ったぞ」

 牙を剥いてゼノス王子と睨み合ったまま、ガイエルは言った。

「実に見事な連携戦法だった。何度も使いたくなる気持ち、わからんでもないがな」

「がっ! ……ぐ……ッ」

 魔人の尻尾が、クローラーイエティの全身を締め上げる。毛むくじゃらの白い巨体がメキメキッ、バキッ! と凹み歪み捻れてゆく。

「ぎゃっ……ぁあああああッが! ご、ごぉの化げ物野郎ごぶっ」

 クローラーイエティが、臓物の汁気が混ざった血反吐と一緒に、絶叫を吐き出した。

「滅ぼざれる、バルムガルドが滅ぼざれるぅうレボルト将軍! デーモンロード様! 誰でもいい、ごの化げ物を殺じでぐれぇえええええええええ」

 それが、最後の言葉となった。

 赤い大蛇のような尻尾が、グシャグシャに捻れ潰れたクローラーイエティの屍を放り捨てながら、凶悪にうねる。まだ殺し足りない。そう言っているかのように。

 リザードバンクルとドッペルマミーが、立ちすくみ硬直している。魔人兵たちもだ。

 立ちすくみながらも包囲の陣形を保っている彼らを、ゼノスとガイエルが睨み回す。

「こいつらを、どうにかしてから……ちょいと時間かけて話し合おうじゃねえか、お肉の御子ちゃんよ」

「俺の方には、貴様と話す事など何もない。叩き殺すだけだ。こやつらと一緒くたにな」

「決定……てめえ、鍋で煮る」

「俺は貴様の心臓を、生でかじってやろう。美味くもなかろうが、歯応えだけはありそうだ」

 獅子の頭で牙を剥き、山羊の角と猛禽のクチバシを振り立て、リグロア王家の剣を猛々しく構える魔獣人間。

 拳を握り、前腕からヒレ状に広がる甲殻の刃をジャキッ! と凶猛に鳴らす赤き魔人。

 両者はいつの間にか、背中合わせの体勢で立っていた。

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