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第103話 解き放たれる力(後編)

 生身の人間が、修行や鍛錬で行き着く事の出来る強さには、やはり限界がある。

 こういう者たちと戦う度にブレン・バイアスは、そう思わざるを得ない。

 聖なる戦士。魔獣人間に成り損ないながらも、魔法の鎧の量産品を着る事によって、魔獣人間とほぼ同等の力を得るに至った者たち。

「唯一神よ……我ら、万年平和の王国を築くため戦わん……」

「導きたまえ、守りたまえ、唯一神よ……」

 口々に祈りを呟きながら襲い来る彼らの1体を、ブレンは捕えた。剣を振り下ろして来た腕を掴み、巻き込むように身を翻した。

 聖なる戦士が投げ飛ばされ、他の1体と激突した。魔法の鎧を着た残骸兵士2体が、グシャリと一まとめに倒れてゆく。

 だが即座に起き上がって来て、何事もなく武器を構える。長剣が、槍が、ブレンを襲う。

「生身の奴が、無理をするな!」

 ギルベルト・レイン……魔獣人間ユニゴーゴンが、踏み込んで来て拳を振るった。青銅の塊のような左右の拳が、聖なる戦士2体を粉砕する。魔法の鎧の量産品が破け、蠢く肉塊が破裂しながら噴出した。

「正直に言えブレン・バイアス。魔法の鎧を手放して、後悔しているだろう」

「あれは、たちの悪い力だ。いずれは手放すつもりでいた……後悔など、するものか」

「ふん、自分の力のみで戦わねば気が済まんか」

 戦斧で斬り掛かって来た聖なる戦士を、蹄の蹴りで叩き潰しながら、ギルベルトは言った。

「貴様のような奴がな、思いあまって自ら魔獣人間化の道を選んだりする!」

 その口から、言葉と共にシューッ! と炎が迸った。石化の炎。それが、まだ大量に生き残っている聖なる戦士たちを包み込む。

 魔法の鎧を着た残骸兵士の群れが、武器を振りかざした姿勢のまま石像と化した。

 その石像たちが、ことごとく砕け散った。

「何……ぐッ!」

 石像を打ち砕き、破片を蹴散らしながら飛来したものが、ユニゴーゴンの胸板に突き刺さった。

 光の矢、である。

 それを胸に受けた青銅色の巨体が、地響きを立てて倒れる。心臓はわずかに外れている、とブレンは見た。

「ようやく油断をしてくれたな、魔獣人間殿」

 黒い魔法の鎧に身を包んだ戦士……ラウデン・ゼビルが、石像の破片を踏み締めながら歩み寄って来る。そうしながら魔法の長弓を引き、光の矢を発生させる。倒れたギルベルトを、より確実な射程に収めて仕留めようという構えだ。

「この者たちの犠牲も、無駄にはならぬ……貴公という怪物に、とどめを刺す事が出来るのだからな」

「やめて……やめて下さい!」

 エミリィ・レアが、進み出て来て叫んだ。

「聖女アマリア・カストゥール! あたしはずっと、貴女に憧れてきました! それは、間違いだったんですか……教えて下さい! どうして貴女は、こんなにひどい事を!」

「そう……確かに傍目には、ひどい事に見えるかも知れないわね」

 岩壁の上でアマリアが、おぞましいほど涼やかな美声を発している。

 そんな彼女の周囲に、聖なる戦士の一団が、新たに出現していた。まるで召喚されたかのように。

「唯一神よ、我が行く末に栄光を……」

「我に守りを、戦う力を……戦いなき世の、実現のために」

「平和を……永遠の、平和を……」

 もはや祈りの言葉しか口に出来なくなってしまった彼らを、細腕で優美に指し示しながら、アマリアは言う。

「見て。彼らはね、とても純粋なの。この世で汚れながら生きてゆく事が、出来ないほどに……だから生きながらにして唯一神に召される道を、用意してあげるしかなかったのよ」

「……聞いての通りだエミリィ。頭のおかしい奴と会話をする事など、出来はしない」

 言いながらユニゴーゴンが、胸に光の矢が刺さった上体を、よろりと起こした。

「下がっていろ。この戦いが終わったら、ゆっくり傷を治してもらう」

「ほう、生きてこの戦いを終えられるつもりでおるとはな」

 魔法の弓につがえた光の矢をラウデンは、立ち上がれぬ魔獣人間に向けた。

 エミリィが両腕を広げ、ユニゴーゴンの眼前に立った。

「何をしている……下がれと言ったぞ、エミリィ」

「……やめて下さい、ラウデン・ゼビル侯爵様」

 ギルベルトの言葉など聞かず、エミリィは言った。

「そして聖女アマリア・カストゥールの間違った行いを、止めて下さい……お願いです」

「……私はバルムガルドでも、同じような状況に陥ったものだ」

 ラウデンは、黒い面頬の中で苦笑したようだ。

「敵を仕留めようとしたところ、ローエン派の聖女殿に止められたのだ。結局はその聖女に、私自身も救われたのだがな……アマリア・カストゥールなどという紛い物とは違う本物の聖女が、このような所にもいるものよな」

「聞こえておりますよ、ラウデン侯」

 岩壁の上で、アマリアが微笑んだ。

「まあ私が紛い物であるかどうかは、いずれ歴史が決める事……今はただ、リムレオン・エルベット卿とブレン・バイアス殿の御両名を、私どもの陣営にお迎えする事のみが肝要です」

 聖女の言葉を合図としたかのように、聖なる戦士の部隊が岩壁上から一斉に飛び降り、獣のように着地し、こちらへ向かって来る。

「言ったはずだ……お前たちの陣営には、絶対に加わらないと」

 迎え撃つようにリムレオンが立ち、言った。

 また生身で無茶をなさるつもりか、と怒鳴りつけようとしてブレンは息を呑んだ。

 先程まではなかったものが、リムレオンの右手の中指に巻き付いている。

 竜の指輪だった。

 光の矢をギルベルトとエミリィに向けたまま、ラウデンも息を呑んでいる。

「それは……!」

「ラウデン・ゼビル、その弓矢を僕に向けるがいい」

 リムレオンは右拳を握り、言った。

「そして一刻も早く、僕を射殺すがいい。さもなくば、お前が死ぬ事になる……武装転身!」

 その右拳で、竜の指輪が輝きを発する。

 リムレオンは屈み込み、光り輝く拳を地面に叩き付けていた。光の紋様が、地面に広がった。

「むっ……」

 ラウデンは魔法の長弓をリムレオンに向け、弦を手放した。光の矢が飛んだ。

 その矢が、叩き斬られて光の粒子となり、散って消えた。

 白い魔法の鎧に身を包んだリムレオンが、魔法の剣を抜き放ったところだった。

 少年貴族の鍛え上げられた細身を、頭から爪先まで露出なく包み込んだ、純白の全身甲冑。

 その白騎士の姿が、魔法の剣を構えたまま、ラウデンに歩み寄る。

「これを着て……いい気になって力を振るっている自分が、僕は大嫌いだった」

 白い面頬の中でリムレオンは、誰かに語りかけるでもなく呟いた。

「そんな自分を、もう1人の自分として切り離してしまいたかった……だけど、そんな都合の良い別の自分など、いないとわかった。魔法の鎧は、僕自身が……この力は、僕が! やはり責任を持って、管理し続けなければいけないのかっ!」

 呟きを叫びに変えてリムレオンは、ラウデンに斬り掛かって行く。

 それを阻む形に、聖なる戦士たちが押し寄せて来た。呪詛のようでもある祈りの言葉に合わせて長剣が閃き、槍が突き出され、戦斧が唸り、リムレオンを襲う。

 白騎士の姿が、ふわりと踏み込みながら小刻みに揺れ、それら様々な武器をかわしながら魔法の剣を振るう。

 聖なる戦士たちの、長剣が弾き返され、槍が受け流され、戦斧が叩き落とされた。

 それらを手にしていた残骸兵士たちが、着用している魔法の鎧もろとも、縦に、横に斜めに、切断されていった。真っ二つになった彼らの屍が、叩き斬られた鎧から溢れ出し、蠢きながらぶちまけられ、弱々しく萎びてゆく。

 魔法の鎧と魔法の剣の力、であるのは間違いない。だがその根底にあるのは紛れもなく、剣士リムレオン・エルベットの生身の技量である。

「ふん、魔獣人間の成り損ないどもでは相手にならんか……面白い!」

 ラウデンが斬撃の長弓を振るい、リムレオンに挑みかかった。

 白と黒、2色の甲冑騎士の間で、長弓の刃と魔法の剣が高速で閃き、ぶつかり合う。

 その一騎打ちを避けるようにして聖なる戦士たちが、ブレンの方に向かって来た。

 生身で迎え撃つしかないブレンに、背後から声をかける者がいる。

「ブレン・バイアス殿、これを……」

 護送部隊の指揮官である騎士キール・ザック。彼が、何か小さなものを差し出してきた。

「国王陛下より、お預かりしたものでございます」

「これは……」

 竜の指輪だった。

 それをブレンの分厚い掌に押し付けながら、キールは言う。

「国王陛下の御言葉であります……装着する事も出来ぬ魔法の鎧を、預けられても困る。自身で責任を持って管理せよ、と」

「責任を持って……か」

 苦笑しつつブレンは、受け取った指輪に右手中指を差し込み、その右手で拳を握り、聖なる戦士たちに向かって突き出した。

「武装転身!」

 拳から光が発生し、それが前方に投影されて巨大な紋様となった。殺到してきた鎧歩兵たちが、そこに激突して揺らぎ、よろめく。

 物理的質量を有する光の紋様から電光が迸り、ブレンを直撃した。

 バチバチと猛り狂う電撃光が、ブレンの全身あちこちで、甲冑として実体を得る。

 やがて光の紋様は消え、黄銅色の全身鎧に包まれたブレン・バイアスの姿が出現した。

「俺も、こいつと……ずっと付き合ってゆかねばならんという事か、ゾルカ殿!」

 もはやこの世にいない魔法の鎧の開発者に呼びかけながら、ブレンは踏み込んで左拳を振るった。

 黄銅色の手甲でガッチリ固められた拳が、聖なる戦士の1体を叩き潰す。鈍色の鎧が破裂し、蠢く肉塊が押し出されて飛散した。

 仲間の死くらいでは怯む事のない者たちが、唯一神の御名を唱えながら、なおも襲いかかって来る。そちらへ向かって、ブレンは左足を思いきり突き込んだ。

 巨大な戦斧を振り上げていた聖なる戦士が、腹部にブレンの足跡を刻印されながら吹っ飛び、後続の2、3体と激突し、一緒くたにグシャグシャッと潰れてぶちまけられる。

 そんなものを一瞥もせずにブレンは右手で、魔法の戦斧を腰から取り外して振りかぶった。そして横薙ぎに振るいながら、手放す。

 投擲された魔法の斧がギュルルルルルルッ! と回転し、弧を描きながら飛翔する。

 その弧に触れた聖なる戦士が10体近く、蠢くものをビチャビチャッと噴出させながら真っ二つになった。

 帰って来た戦斧を、ブレンは右手で掴み止めながら、即座に振るった。横から斬り掛かって来た残骸兵士が1体、魔法の鎧もろとも叩き斬られて倒れ、様々なものをニョロニョロと噴出させながら絶命する。

「そうだ……それでいい」

 魔獣人間ユニゴーゴンが、白い光に包まれながらユラリと立ち上がる。エミリィ・レアの、癒しの力。

 青銅色の分厚い胸板に突き刺さっていた光の矢が消滅し、傷が塞がってゆく。

 エミリィ、それにセレナ・ジェンキム。2人の少女を聖なる戦士たちから守る格好で立ちながら、ギルベルトは言った。

「力押しの出来る奴が、最後は勝つ……貴様が言っていた事だブレン。物事というものは大抵、最終的には暴力を振るって解決する事になる。そうだろう?」

「……確かにな。人間ではないものが相手ならば、それでいい」

 応じつつブレンは、いくらか警戒して遠巻きの包囲網を作っている鈍色の兵団を睨み回した。

 魔法の鎧をまとった残骸兵士たち。元はともかく今や、人間とは呼べないものへと成り果てた存在。

 その包囲網の中、白黒2色の甲冑戦士が激しく武器をぶつけ合っている。

 リムレオン・エルベットとラウデン・ゼビル。

 小刻みな踏み込みと後退を繰り返す両者の間で、斬撃の長弓が猛回転し、魔法の剣が幾度も閃く。刃と刃が、高らかに音を響かせて激突し続ける。

 いくらか動きが激しいのは、リムレオンの方だ。一見すると防戦一方なラウデンと比べて、やや無駄な動きが多いか。

 ブレンがそう思った瞬間。2つの武器が一際、激しくぶつかり合い、もはや炎と呼ぶべき火花が散った。

 そのぶつかり合いに敗れたリムレオンが、後方へと吹っ飛んだ。

「くっ……!」

 魔法の剣は辛うじて手放さず、地面に背中を打ち付けるリムレオン。

 そこへ斬り掛かろうとするラウデンに向かって、ブレンは魔法の戦斧を振り下ろした。

 その襲撃を予測していたのであろう。ラウデンはこちらを見もせずに長弓を回転させ、戦斧を受け流した。

 受け流された斧を、ブレンは即座に、強引に、振り戻した。横薙ぎの、猛烈な斬撃になった。

 その斬撃を、ラウデンが後方に跳んでかわす。

 黒い魔法の鎧を重厚に着込んだ身体が、全く体重を感じさせない跳躍でブレンとの間に距離を開き、軽やかに着地した。

 弓矢の間合いが、開いてしまった。

「感謝するぞ、ラウデン侯……」

 魔法の弓が引かれ、光の矢が発生している間に、ブレンは猛然と踏み込み、その間合いを潰しにかかった。

「貴公らが人間ではない戦力を繰り出してくれたおかげで、俺も心おきなく魔法の鎧で戦える……!」

 見るとリムレオンが立ち上がり、魔法の剣を振りかざし、別方向からラウデンに斬り掛かっている。

 2方向からの襲撃。どちらに光の矢を向けるべきか、ラウデンが一瞬迷った、その時。

 遠巻きな包囲を行っていた聖なる戦士たちが、ラウデンを護衛する形に押し寄せて来た。まずは2体が、ブレンの行く手を塞ぐ。

「どけ!」

 魔法の戦斧を横に一閃させつつもブレンは、その手応えの中に、何かおかしなものを感じた。

 2体の残骸兵士は、着ている鎧もろとも一緒くたに叩き斬られ、蠢くものを噴出させながら絶命しつつある。

 先程と同じだ。問題なく、敵を倒した。だが先程とは異なる感触を、ブレンは確かに握り締めていた。

「唯一神……我が道を……」

「示し……守り、たまえり……」

 一まとめに叩き斬られた聖なる戦士2体が、呟き蠢きながら一体化しつつあった。

 溢れ出した肉だか臓物だかが、絡まり合い、融合してゆく。グジュグジュと一体化してゆくその肉塊に、裂けた魔法の鎧が金属の棘となって突き刺さり、潜り込んでゆく。

「これは……!」

 同じようなものを見た事がある、とブレンは思った。

 刺さって潜り込んだ金属が、残骸兵士2体分の肉塊を、内側から変質させてゆく。有機物から、金属へと。

 国王の御前で金属の巨人と化した、クラバー・ルマン大司教。あれと同じ光景が今、ブレンの眼前で、いや戦場全域で、展開されている。

「ぬうっ……」

 ギルベルトが、息を呑んでいる。彼の拳や蹄で撃砕された残骸兵士と魔法の鎧が、叩き潰された状態で融合し、金属化してゆく。

「……ここまでですわね。ラウデン侯、お退き下さい」

 岩壁から下りる事なくアマリア・カストゥールが、美声を涼やかに響かせる。

 それに、ラウデンが応えた。

「こやつらを何としても我らの陣営に引き入れなければならぬのではないのか。諦めるのか?」

「この場で無理に私たちの意に従わせる必要はないと申し上げているのですよ」

 戦場のあちこちに、聖なる戦士2、3体分を材料とする金属の巨人が多数、出現しつつある。

 その様を満足げに見下ろし、アマリアはなおも言った。

「リムレオン・エルベット卿も、ブレン・バイアス殿も……もはや私の思い通りに動いて下さるしか、道は残されていないのですから」

「何だそれは、負け惜しみか!」

 ブレンは怒鳴る。アマリアは微笑む。

「私はただ事実のみを申し上げております。そうでしょう? 貴方たちは今やヴァスケリア王制の中へは戻れぬ身……お選びになるべき道は1つしかない、と思うのですけど」

 確かに、ブレン・バイアスは大司教殺害犯人。リムレオン・エルベットは、領主としての公正さも何もかも捨てて、その犯人の脱走を助けてしまったのだ。

 2人とも、もはやヴァスケリアにはいられない。ならばどうするか。このままラウデン侯の言葉に従ってローエン派の陣営に加わってしまう、のでなければ道は1つしかない。

「……バルムガルドへ行け、と言うのか」

 リムレオンが呻いた。

「そして魔物たちと戦えと……デーモンロードと、決着を付けろと」

「魔法の鎧を着ておられる方々に、していただきたい事はただ1つ……バルムガルドを侵略支配する魔族を討伐し、ヴァスケリアを守って下さる事。それのみですわ」

 アマリアの美貌から、微笑みが消えた。真摯な表情、らしきものは浮かんでいる。

「貴方がたもラウデン侯も、シェファ・ランティ殿やマディック・ラザン殿も、私たちの陣営で唯一神の御名のもとに団結して下されば最良なのですが……それは高望みが過ぎたようですわね」

「僕たちをバルムガルドへ向かわせるために……ヴァスケリアへ戻れなくするために……大司教1人を使い捨てたと、そういう事なのか? アマリア・カストゥール」

 リムレオンの声が、震えている。冷然と、アマリアは答えた。

「わかっておられるなら早々にバルムガルドへお行きなさい。そして魔物たちと戦い、ヴァスケリアを守って下さい」

「……言われるまでもないさ。いずれは、そうするつもりだったからな」

 言いつつリムレオンは、軽く後方へ跳んだ。金属の巨人が1体、巨大な鎌のように武器化した右手を振り下ろして来たのだ。

 それをかわして着地しつつリムレオンは、魔法の剣を、岩壁上の聖女に向けた。

「貴女のおかげで僕は、領主を続ける必要がなくなった。ヴァスケリアを離れるきっかけを作ってくれた事は感謝する……それはそれとして貴女を、それにラウデン・ゼビルを、許しておくわけにはいかない!」

「その通りだ。貴様ら2人、ここから生かして帰すわけにはいかん」

 言葉と共にギルベルトが、己の両手に向かってシューッ! と炎を吐き出し、石の棍棒を発生させた。

「貴様ら要するにダルーハ様とムドラーのようなものだろう。それは生かしてはおけんさ!」

 青銅色の豪腕が、燃え盛る棍棒を左右1本ずつ、それぞれ別方向に叩き込む。簡単なように見えてかなりの技量を要する攻撃だ、とブレンが感心している間に、ユニゴーゴンの周囲で金属の巨人が2体、石像に変わりながら砕け散っていた。

 あの時のクラバー大司教をやや上回る巨体がいくつか、ブレンの方にも群がって来る。潰れた肉塊がそのまま金属化した、まるで人型の鉄屑のようでもある怪物たち。死神の鎌を思わせる大型の刃物と化した両手を、凶暴なカマキリの如く構え、襲いかかって来る。

 ブレンは、魔法の戦斧を投擲した。

 視界内に群れる金属巨人たちが2体、3体、片っ端からギュルルルルルッ! と薙ぎ払われ、ズパズパと首を刎ねられてゆく。

 だが視界の外から1体が、凄まじい勢いで間合いを詰めて来た。金属質の巨大な身体が、思いきり前傾しながら鎌を振り下ろす。

 振り下ろされた時には、ブレンはすでに踏み込み、前傾した巨体に飛びつき、その首に左腕を巻き付けていた。

 鎧をまとう剛腕が、まるで黄銅色の大蛇の如く、金属巨人の頸部をガッチリと締め上げる。

 ブレンはそのまま、鉄屑のような巨体を思いきり振り回し、地面に叩き付けた。左脇で、金属巨人の首がちぎれた。

 その首級を、ブレンは高々と掲げた。

 弧を描いて戻って来た魔法の斧が、金属の生首にザクッと食い込んで止まる。

「見事です、ブレン兵長……貴方の戦いぶりを見るのは、本当に久しぶりのような気がする」

 そんな事を言いながらリムレオンが、右手で魔法の剣を掲げている。掲げた刃に、そっと左手を触れている。

「……全ては魔法の鎧の力です、若君」

「僕たちは、これからもずっと……その思いを、抱き続けなければならないのでしょうね」

 言葉と共にリムレオンが、刀身にス……ッと左手の指を走らせる。

 それに合わせて、白い光が魔法の剣を包み込んだ。

「……受け入れねばならぬ事、ですか」

 呟きつつブレンが見守る中、リムレオンは光り輝く魔法の剣を、右上から左下へと一閃させた。

 襲いかかって来た金属の巨人が2体、斜め真っ二つになって、滑り落ちるように倒れ崩れる。

 ブレンは戦場を見回した。金属巨人の最後の1体が、ユニゴーゴンの棍棒に粉砕されたところだった。

 岩壁上に、アマリア・カストゥールの姿はすでにない。ラウデン・ゼビルも、いつの間にかいない。

「逃げられた……か」

 ギルベルトが呻く。

「貴様らがいなくなった後は、恐らくは俺が奴らの相手をする事になる。ここで仕留めておきたかったが」

「俺たちがいなくなるのは、すでに決定事項なのか」

 厳つい面頬の下で、ブレンは苦笑した。

「ギルベルト・レイン……貴方に頼んでおかなければ、とは思っていた」

 リムレオンが言う。

「僕たちは、今からバルムガルドへ向かう。おこがましい言い方かも知れないが、エルベット家の事を貴方にお願いしたい」

「それと国王陛下の事もな」

 ブレンは付け加えた。

 兜のような頭部甲殻の陰となって表情のわからぬ魔獣人間の顔に、しかし露骨に嫌そうな表情が浮かんだのを、ブレンは見て取った。

「丸投げ、というわけか……デーモンロードと決着を付けたいのは、俺も同じなんだぞ」

 ぼやくユニゴーゴンの背中に隠れていたセレナ・ジェンキムが、おずおずと進み出て来て言った。

「あの、領主様……あたしも、連れてってくれない?」

「僕はもう領主じゃないよ……魔法の鎧の整備をしてくれる人は確かに必要だけど、いいのか?」

 リムレオンの言葉に、セレナは頷いた。

「うちのバカ姉貴が本格的にトチ狂い始めてるの、目の当たりにしちゃったからね……それを止めるには、あたしが少なくとも姉貴と同じくらいの事は出来るようにならないと。魔法の鎧の1つや2つは、造れるようにならなきゃいけないから。それにはやっぱり、魔法の鎧で戦ってる人たちと一緒に行動しないとね」

「そうだな。まあ俺たちの戦いを研究材料にでも出来るようなら、してみるといい」

 ブレンは言い、そして視線をちらりと動かした。

 エミリィが地面に両膝をつき、打ちひしがれたような様子を見せている。

「こんな……こんな事、絶対……間違ってます……」

 叩き斬られ、あるいは粉砕された、金属巨人や聖なる戦士たち。

 もはや死体とも言い難い有り様で散乱している彼らを目の当たりにしながらエミリィは、絶望と必死に戦っているようであった。

「マディックの言った通りでした……ローエン派が、唯一神教会が……こんなにも、間違った方向に……」

「エミリィ・レア……ローエン派との戦いには、恐らく君の力が必要になる」

 リムレオンが言った。いささか格好を付けている、とブレンは思った。

「だから待っていて欲しい。僕たちが、バルムガルドから帰って来るのを」

「……やるべき事、きちんと済ませてから帰って来て下さいね」

 俯いたまま、エミリィが言う。リムレオンが、力強く頷く。

「もちろんだ。デーモンロードとの決着は、必ず」

「そんな事どうでもいいんです!」

 エミリィは顔を上げ、リムレオンをじっと睨み据えた。

「……シェファさんと、仲直りして下さい」

「な…………」

 リムレオンは絶句した。ブレンは、思わず笑った。

「なるほど、これはデーモンロードとの再戦よりも大変な事になりそうだ」

「ほーんと、楽しい旅になりそうね?」

 白い魔法の鎧を、セレナが馴れ馴れしく叩く。

 リムレオンは何も言わない。鎧の中で、うろたえているのか憮然としているのか。

 何にしてもこればかりは、デーモンロードとの戦いとは違い、ブレンが力添えしてやれる事ではなさそうだった。

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