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第100話 禁忌の力

 ギルベルト・レインが充分に手加減をしてくれているのは、リムレオンにもよくわかる。この男が本気を出せば、生身の自分など一撃で跡形もなくなる。

 少しでも、本気に近いものを出させなければ。

 そう思いながらリムレオンは立ち上がり、よろめいて身を折った。

 熱いものが喉の奥から込み上げて来てゴボッ! と口から迸る。吐血だった。

 まるで内臓に直接、拳を叩き込まれたような感覚が、鳩尾の辺りで疼いている。

「うっぐ……ごふっ……」

 練兵場の石畳に、リムレオンは片膝をついた。魔法の鎧を装着していない少年の細身が、苦しげに痙攣する。その痙攣に合わせてゼイゼイと吐息がかすれ、喉の奥に血の味が滲む。

 訓練用の粗末な衣服が汗で全身に貼り付き、そこに痩せた筋肉の形がベットリと浮かんでいる。

 連日の鍛錬でリムレオンの身体は、たくましくなったと言うよりも無駄な肉が削ぎ落とされ、むしろ以前よりも細く見えるようになってしまった。強くなった、という実感が一向に湧かない。

 それでも少しは剣を使えるようになった、つもりでいた。

 だが今、手にしていた長剣はいつの間にか叩き落とされ、石畳に転がっている。

 ヴァスケリア王国サン・ローデル地方。領主の城の練兵場で、リムレオンは今、素手のギルベルトに容赦なく叩きのめされていた。

「私の勝ち、ですな侯爵閣下」

 ギルベルトが言う。頬骨の目立つ精悍な顔に、苦笑が浮かんでいる。この男を、魔獣人間の姿に変えるくらいのところまでは追い込みたかったのだが。

「約束ですぞ。次回から、私を相手になさる時は必ず魔法の鎧を着用していただく。そうでもして下さらないと、私の方が……手加減の練習くらいにしか、なりませんからなあ」

「……弱い領主で、本当にすまないと思う」

 片膝をついたまま、リムレオンはうなだれた。

「結局、僕は……魔法の鎧に頼るしか、ないのか……」

「それで良い、と思いますよ。強くなりたいなどと、本当はあまり思わぬ方がよろしい」

 ギルベルトの口調が、少しだけ深刻なものになった。

「私も、そうでしたよ。強くなりたくて、人間をやめるところまで行ってしまいました。後悔はしていませんがね」

「僕は……強くなるためなら、魔獣人間になってもいい。そう思った事が何度もある」

 リムレオンは言った。

「貴方から見てそれは、大きな間違いなのだろうか?」

「大間違いだ、と偉そうに言う資格が私にはありません。そこが辛いところです」

 答えつつギルベルトが、じっとリムレオンを見据える。

「ただ、これだけは申し上げておきましょうか……あれと同じくらいに強くなりたい、などとは絶対に思わぬ事です」

 あの時、リムレオンたちを助けてくれた赤き魔人……ガイエル・ケスナー。

 レイニー司教やギルベルトの話によると、ダルーハ・ケスナーの息子であるらしい。

 竜の血を浴びて人ならざるものと化した英雄の、血を受け継ぐ魔人。

 彼と同じくらいの力があれば、自分は領主として、何もかもを守る事が出来る。

 その思いは、今もリムレオンの胸の内で、熱く燃えくすぶっている。思うなと言われて捨てられる思いではなかった。

「あの若君は領主様、今の貴方と同じくらいの鍛錬で、貴方の倍は強くなっていったものです。何しろ元から人間ではありませんからね……比べる事自体、馬鹿げていますよ」

 ギルベルトが、空を見上げた。

「もっとも、あの頃は私自身それをわかっていませんでした。あの怪物父子を、馬鹿みたいに羨ましがって……」

 魔獣人間となる道を選んだ。

 それを責める資格が自分にはない、とリムレオンは思う。魔法の鎧と魔獣人間に、一体どれほどの違いがあると言うのか。

「あんなものを目標にしてはいかん、という事です……焦らなくとも侯爵閣下、貴方は確実に強くなっておられますよ」

 にやりと笑いながら、ギルベルトは左拳を握った。

「何しろ私の拳を喰らいながら、生きておられる。普通に口をきいておられる。ブレン・バイアスめ、衝撃の殺し方だけはキッチリ叩き込んであると見えますな」

 そのブレン・バイアスが今、大変な事になっているのだ。

「やはり戦闘訓練の監督としては、私より奴の方が適任です。早く帰って来て欲しいものですが」

「ギルベルト……貴方も聞いているはずだ。ブレン兵長は今」

「ローエン派の大司教猊下を、ぶち殺してしまったそうですな。あの男のやりそうな事です」

 確かにブレン兵長には、そういうところがあった。とにかく他人に汚れが及ばぬよう、ひたすら自分の手を汚そうとする。今回の大司教殺害も、それが高じたものであろう。

 現在、ブレンは王宮の地下牢に投獄されているという。

 どうすれば良いのか。リムレオンの頭で考えつく事は、1つだけだ。

「ギルベルト、貴方に頼みがある……」

「ブレン兵長を助けに行くので、後の事は任せた……などとおっしゃるつもりではないでしょうね、侯爵閣下」

 ギルベルトではない何者かが言った。

 やや太り気味の中年女性が1人、練兵場に歩み入って来ていた。リムレオンの母、ヴァレリア・エルベット侯爵夫人である。

「貴方が助けなければならない相手は、ブレン兵長1人だけではないのですよ」

「そんな事は……わかっていますよ母上。僕は領主として、サン・ローデルの領民を助け守ってゆかなければならない」

 民を守る。言葉にすると、実に空々しく軽々しくなってしまう。

「その地位と責任を放り出して、1人の臣下を脱獄させに行くなど……許されはしない。そうおっしゃりたいのでしょう、母上」

「何も領主様が御自分で行かれる事はありませんよ。私が王宮まで一走り」

 言いかけるギルベルトを、ヴァレリアが軽く睨む。

「……魔獣人間が、王宮に殴り込もうと言うのですか?」

「殴り込むと言うか、まあ……ちょっとした力仕事を」

 言いながらギルベルトは頭を掻き、ヴァレリアの視線から逃れようとする。だがヴァレリアは、逃さなかった。

「貴方の力仕事は、サン・ローデル領民のためにのみ行ってもらいます。エルベット家の立場が悪くなるような事は、おやめ下さい」

「母上は……」

 リムレオンはたまらず、口を挟んだ。

「ブレン兵長を見捨てろと、おっしゃるのですか」

「ブレン・バイアスは罪を犯し、正当な法の裁きを受けなければならない身なのですよ」

 そこへエルベット家が口出しや手出しをすれば、罪人である家臣を庇い立てしていると見なされる。エルベット家の台頭を快く思わぬ者たちに、政治的な攻撃材料を与えてしまう事になる。ヴァレリアは、そう言っているのだ。

 そんな理由で、ブレンを見捨てるのか。

 殺されたクラバー・ルマン大司教という人物について、リムレオンは詳しい事を知らない。殺されたときの状況に関しても、詳しい話は何も伝わって来ない。

 殺さなければならないほどの何かが、あったはずなのだ。そういう事態が、起こったはずなのだ。

 それが明らかにならぬうちに、ブレン兵長1人に全てを被せてエルベット家の政治的立場を守る。それが、貴族たる者の行いなのか。

「母上、僕は……!」

「貴方は領主です。領民を守る義務を、お持ちです」

 有無を言わせぬ口調で、ヴァレリアは言った。

「領民を守り、なおかつブレン兵長を助け出す……両方出来なければ、領主とは言えませんよ」

「母上……」

「私は、貴方たちの持つ魔法の鎧というものを、よくは知りません」

 息子の右手中指に巻き付いた竜の指輪を、ヴァレリアはちらりと見やった。

「ですが、その気になれば脱獄など容易く出来るほどのものなのでしょう? あるいは、地下牢になど入れられる前に逃げ出す事も出来たのでは?」

「それは……」

 確かにそうだ。が、ブレンはそれをしなかった。刃向かう事なく捕えられ、地下牢に入った。

「仮に貴方たち2人が王宮へ殴り込んで助けに行ったとしても、ブレン兵長は地下牢を出ようとはしないでしょう。何故だと思いますか?」

「それを、まず考えろと……そうおっしゃるのですか、母上」

 考えずとも、わかる事ではある。

 魔法の鎧の力で、脱獄をする。あるいは脱獄の手助けをする。

 それは、魔獣人間が暴れるのと大して違わぬ無法である。ブレン兵長は、そう考えているのだろう。

 まさしく魔法の鎧も魔獣人間も、大して違いあるものではないのだ。

(君なら、そんな事は考えず助けに行ってしまうかも知れないな……)

 すでに魔法の鎧で人を殺している少女の事を、リムレオンはふと思った。

(わかってるのか? 僕なんかより君の方が全然……無茶をやっているんだぞ、シェファ……)



 エンドゥール王宮の回廊を1人、歩きながら、モートン・カルナヴァートは途方に暮れていた。

 ブレン・バイアスがクラバー大司教を殺害してしまった事に対して、ではない。

 そのせいでエルベット家が失脚の危機に陥っている事に対して、でもない。

 エルベット家が失脚すれば、自分ディン・ザナード4世の政治的発言力が弱まる。その事に対してでもなかった。

「どうしろと言うのだブレン・バイアスよ。私に、このような物……」

 掌の上にある竜の指輪に、モートンは語りかけていた。

 近衛兵団に連行される寸前、ブレンが指で弾いてよこしたものである。

 この指輪の中に、魔法の鎧が封じ込められている。

 生身の状態でも類い稀なる戦士であるブレン・バイアスが、それを装着する事によって、人外の者をも撃ち破る力を持った、まさに超人とも呼ぶべき存在へと変わるのだ。

「まったく、このような物……」

 ぶつぶつと文句を漏らしながらモートンはつい、竜の指輪に右手中指を差し込んでいた。ブレンの太い指にはまっていた指輪は、モートンの小太りな指にも、辛うじて合う。

 この指輪を、ブレン兵長がどのように扱っていたか。モートンは思い出してみた。確か拳を握り、突き上げていた。

 人を殴った事もない右拳を、モートンは天井に向かって、思いきり突き上げてみた。言葉と共にだ。

「武装転身……!」

 何事も、起こらない。

 モートンは続いて、指輪をはめた右拳を、前方にまっすぐ突き込んでみた。

「武装……転身っ」

 何事も、起こらなかった。

 モートンは懲りずに身を捻り、拳を握った右腕を横に振り回してみた。

「武装……あぐっ!」

 身を捻った瞬間、背中か腰か脇腹か判然としない部分がグギッ! と悲鳴を上げた。激痛が稲妻の如く、モートンの全身を走り抜ける。ろくに武術の鍛錬もしていない身体で、慣れぬ動きをするものではなかった。

 声にならぬ絶叫を発しながらモートンは倒れ、回廊の上をのたうち回った。

 そんな国王に、柱の陰から声をかける者がいる。

「ゾルカ・ジェンキム氏の御息女いわく……使い込まれた魔法の鎧は、使い込んだ本人しか装着出来ぬようになっておるとの事でございます陛下」

「カルゴ侯爵……いつから、そこにいた……」

「お許しを。あまりにも楽しそうにしておられたゆえ、お声をかける機会を逸しました」

 涙ぐみつつ立ち上がろうとするモートンに、恭しく手を貸しながら、カルゴ・エルベット侯爵は言った。

「……ローエン派が、何か言ってきたようですな」

「うむ……大司教殺害の犯人を、教会に引き渡せとな」

 ブレン・バイアスを、王国の法ではなく教会の法で裁く。ローエン派は、そう言っているのだ。

 王国の法で裁くのならば、国王の方から手を回し、ブレンの罪を減じてやれない事もない。無論それが発覚すれば、モートンの立場は危うくなる。国王失脚に繋がる。そしてそれこそがローエン派の狙いであるはずなのだ。

 だがローエン派は、ブレンの身柄を引き渡せと言う。

 平和主義を謳うローエン派とは言え、大司教殺害である。教会の法で裁かれては、ブレンが死罪を免れるのは難しいだろう。

 そうして大司教殺害犯人が刑死を遂げてしまえば、事態は終わりである。国王退位にもエルベット家の失脚にも、繋がらない。

 モートンとしては、ブレン・バイアスを切り捨てて政治的延命に成功した事になる。ローエン派としては、どうなのか。大司教を死なせただけで、終わってしまうのではないのか。

「私やそなたが、ブレン兵長を庇い立てする。そこにつけ込んで、いろいろと攻撃してくる……それがローエン派の狙いだと思っていたのだがな。一体何を考えておるのか、アマリア・カストゥールとやらいう聖女殿は」

 言いつつモートンは、竜の指輪を外した。

「何を考えておるのかわからんのは、ブレン兵長もだがな。こんなものを私に預けて、どうせよと」

 地下牢にいるブレン・バイアスにこれを返せば、彼は勝手に脱獄をしてくれるであろうか。

 モートンはそう思いかけて否定した。

 ブレンはあの時、自ら魔法の鎧を脱いで近衛兵団に連行され、己の意思で地下牢に入ったのだ。今、脱獄をするくらいなら、最初からそんな事はしないだろう。

「ブレン・バイアスは申しておりました。魔法の鎧とは、魔獣人間と何ら変わらぬ、本来ならば封じられるべき力であると」

 カルゴが言った。

 同じような事をブレンは、モートンに対しても語った事がある。魔法の鎧の濫用は、魔獣人間の大量生産にも等しい行いであると。

「その志は立派なものであると思いたい。が……禁断の力であろうと何であろうと使わねばならん局面が、そろそろ来ているように思えてならんのだよ私は」

 隣国バルムガルドは現在、魔物たちに支配されている。彼らは、バルムガルド国民を材料とする魔獣人間の生産を、すでに始めているのだ。

 高潔な志だけでは、この事態に対処する事は出来ない。

 魔法の鎧の戦士を、地下牢などに入れておく場合ではないのである。

「ローエン派に引き渡すとしたら……ブレン・バイアスの身柄は、北へと移送される事になりますな」

 北。真ヴァスケリア王国を名乗る、5つの地方。唯一神教ローエン派の本拠地である。

 ヴァスケリア王権の及ばなくなっている地で、ローエン派の者たちは、あるいはアマリア・カストゥールは、ブレン兵長をどのように扱うつもりなのであろうか。

「移送には、充分な護衛を付けなければなりますまい」

 カルゴが、謎めいた事を言っている。

「北へと向かう途中、何が起こるかわかりませんからな」

「……ふむ、それはそうだ」

 モートンは頷き、考え込んだ。

「確かに、何が起こるかわからぬ……世の中、物騒であるからなあ」



 唯一神教会、ガルネア地方聖堂。

 アマリア・カストゥールは今日もまた、ここに集まった民衆に対し、心を打つような演説を行った。クラバー・ルマン大司教を追悼する演説である。

 集まった民衆が、本当に大司教の死を悼んでいたのか、単に聖女アマリアが目当てであったのかは、ラウデン・ゼビルにはよくわからなかった。

 唯一神教は確か、偶像崇拝を禁じていたはずである。だが今、ヴァスケリア国内のローエン派信徒たちにとって、アマリア・カストゥールは生きた偶像とも呼ぶべき存在になっていた。

 そんな聖女とラウデンは今、聖堂の応接室で2人きりである。

 ローエン派信徒の中に、自分を憎む者が少なからずいる事を、ラウデンは知っていた。大領主の権力をもって、聖女アマリアを妾の如く扱っている、などと言われているのだ。

「貴様がもう少し……美しいくらいしか取り柄のない、頭の弱い女であればな。抱いてやっても良い、と思うのだが」

 生前のクラバー大司教が聞いたら怒り狂うであろう言葉を、ラウデンは平然と口にした。アマリアも、平然と返してくる。

「頭の良い女は、お嫌いですか?」

「何を考えておるのかわからぬ女が、嫌いなのだよ。何も考えておらぬ女の方が、ずっとましだな」

 言いながらラウデンは、長椅子に腰掛けた聖女の肢体を、ちらりと観察した。

 美しい、とは思う。

 この女を抱いても、人形を抱いているような気分にしかなれないだろう、という気もする。

「まあ、そんな事はどうでも良い……貴様には感謝せねばならんな、アマリア・カストゥールよ」

 彼女が呼びかけてくれるおかげでローエン派信徒たちも、働いて税を納めてくれるようになってきた。宗教的特権にしがみつこうとする者もまだ、いないわけではないのだが。

 もともとダルーハ・ケスナーの叛乱によって全てを失い、唯一神教にすがるしかなかった人々である。為政者に不信感を抱き、納税にあまり積極的になれないのは、ラウデンも理解出来ないではなかった。

 ダルーハ・ケスナー。あの逆賊が、全ての元凶なのである。

 その元凶を取り除いてくれたのは、あろう事かダルーハの息子であるという。

 父親に劣らぬ怪物がその後、バルムガルド王国軍を単身で虐殺し、ヴァスケリアを守ってくれた。

 守る力があるという事は、気分1つで滅ぼせるという事でもある。

「感謝していただけるような事では、ありませんわ」

 霞がかかったような両目を、アマリアはにこりと細めた。

「唯一神教は、人々の心を守るもの……ですが人々の現実的な生活を守るのはラウデン侯、貴方のような政治に優れた方がお作りになる国家です。信徒の方々にはまず、それをわかっていただかなくてはいけませんから」

「ふん。物わかりの良いふりをして一体、何を考えておるのやら……な」

「私はただ、ローエン派の教えが人々の心の支えになればと」

 霞がかかったような、眠たげな聖女の両目に、感情らしきものが少しだけ浮かんだ。

「ここ真ヴァスケリアは、民の心の強い国でなければなりません。やがて来る、バルムガルドからの脅威に立ち向かうためにも」

「魔物どもか」

 ラウデンは軽く、右手を掲げて見せた。その中指では、竜の指輪がキラリと禍々しく輝いている。

「これも、奴らに備えてのものか?」

「はい。イリーナ・ジェンキムはまさに、唯一神がお遣わしになった聖なる戦いの使徒……そしてラウデン・ゼビル侯爵、魔法の鎧の装着者にふさわしい貴方のような戦士の存在もまた唯一神の」

「思し召し、というわけか」

 ラウデンは苦笑した。

 バルムガルドには本当に、想像を絶する怪物たちがいる。

 魔族の頭領デーモンロード。それと普通に戦える、小柄な炎の魔獣人間。恐るべき剣技と剛力を有する3つ首の魔獣人間。そして、あの赤き魔人。

 さらにはレボルト・ハイマン将軍。バルムガルド随一の名将であった人物が、今や魔獣人間と化して魔族に与しているのだ。

「まさか聖女殿、奴らとの戦いを私1人に押し付けるわけではあるまいな?」

「魔法の鎧の装着者は複数おります。その全員の力を、唯一神の御心の下に統一しなければ……魔族には、勝てませんよ」

 複数いるのはラウデンも知っている。うち2人とは、バルムガルド国内で実際に出会った。

「まずは、お1人……ブレン・バイアス殿を、私どもローエン派の陣営にお招きしましょう」

 ブレン・バイアス。大司教殺害の犯人として、ローエン派に引き渡される事となった人物である。その身柄が、ここ真ヴァスケリアへと移送されて来る事になっている。

 暴虐貴族として名高いエルベット家。その暴虐を実行してきた男として、ラウデンも名は聞いていた。

「エルベット家の猟犬として手を汚してきた、暴虐の実行隊長が……魔法の鎧の、装着者だと?」

 この聖女が何故、そんな事を知っているのか。ラウデンが訊く前に、アマリアは話を進めた。

「ブレン殿をエルベット家から、そしてヴァスケリア王制から切り離し、こちらにお迎えするべく……クラバー・ルマン大司教猊下には、大いに役立っていただきました。唯一神よ、猊下の魂に永遠の安らぎを」

「魔法の鎧の戦士を1人、引き抜くために、使い物にならぬ大司教を使い捨てたと。そういう事か」

 ブレン・バイアスは、大司教殺害の罪を全て押し付けられ、エルベット家からも国王ディン・ザナード4世からも切り捨てられた。もはやローエン派に与するしかあるまい、とアマリアは考えているようだ。

 これから移送されて来る男が、果たして聖女の考え通りになるかどうかは、わからない。

 わかる事が、1つだけある。

 エルベット家もディン・ザナード国王も、魔法の鎧の装着者をそう簡単に手放したりはしないだろう、という事だ。

「ブレン・バイアスは、恐らく手枷を付けられ、檻車で運ばれて来るのであろうな」

 ラウデンは、長椅子から立ち上がった。

「痛ましい事だ。こちらから出向いて迎え、ねぎらってやらねばならぬ」

「ブレン殿を……お迎えに、行かれるのですか?」

「護衛も兼ねてな」

 アマリアの方を振り向かず、ラウデンは歩き出した。

「こちらへの道中、何が起こるかわからぬ……何しろ物騒な世の中だ」

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