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高潔な聖女(全年齢)

高潔な聖女ですが、愛する聖騎士さまと家族になりました

作者: 鳥遊優里夏
掲載日:2026/07/12

挿絵(By みてみん)

前作→https://novel18.syosetu.com/n4341ml/

 夏の厳しい暑さが和らいだ頃。私は家族に呼ばれて、実家である王宮に顔を出した。私的な応接間には父上、母上、兄上だけでなく、正妃殿下と側妃殿下(ふたりのははうえ)や弟、妹たち、と家族全員が集合していた。王太子妃殿下の姿もある。


「おかえりなさい、エリアス」

「ただいま戻りました。皆様がご健勝で何よりです」


 母上の言葉にそう返すと、兄上は「相変わらずだな」と笑う。


「聖女様はお元気そうかな?」

「はい。近頃は『エリアスさまのお隣に立つのだから、お肌をきれいにしなければ』と、スキンケアを頑張っていらっしゃいます」


 今朝もスキンケアと称して頬に化粧水を叩き込んでいた彼女を眺めていると、カトレア様は「エリアスさまもやりますか?」とこちらを向いて微笑まれた。出来心で「お願いします」と口にしたところ、一生懸命な表情で私の頬に化粧水をつけてくださった。

 そんなことを思い出していると、皆様が生暖かい眼差しをこちらへと向ける。


「……何か不都合がありましたか?」

「いいえ。あなたの顔が、あまりにも穏やかだったから。相思相愛なのね、って」

「……正妃(ははうえ)、お戯れはおやめください……」


 あまりの恥ずかしさに、顔が熱くなる。応接間には温かい笑い声が響いた。


「さてと。あまり長引かせると、エリアスが茹でダコになってしまうな」


 父上は笑った後、真剣な表情で背筋を伸ばす。皆がそれにならい真剣な表情になる。私も顔を引き締めて背筋を伸ばした。


「エリアス。結婚する君に、親である私たちから、贈り物をしたい」


 私は「はい」と頷く。聖王国では、結婚式に新郎が身につけるマントを、家族が用意する。それは、家業と縁を切り出家した聖職者だろうと例外はない。


「近衛の制服に合わせても問題ないデザインにしたから、結婚式だけじゃなくて、格の高い式典でも使えるはず。気に入ってくれるとうれしいわ」


 正妃(ははうえ)の言葉に「ありがとうございます」とお礼を述べる。母上が箱に入ったマントを手に、私の前に進み出た。箱を受け取り、一つ呼吸を置く。その後「中身を確認しても?」と申し出た。


「ええ。せっかくだから見て」

「ありがとうございます」


 箱を開けると、明かりを反射して鈍く光る、平織りのしっかりした重さのマントが現れた。落ち着いた色の金糸で聖教のシンボルマークが刺繍されている。留め具はカトレアの花と、その前に伏せる獅子のモチーフだ。デザインは聖騎士が纏うものとしては一般的なデザインだろう。……もっとも、布地の色が問題だが。


「……これは……。ロイヤルブルー……でしょうか?」


 おずおずと確認する。ロイヤルブルーは王家の色。出家した私は纏えない。纏ってはならない。真意を探るように家族を見つめると、兄上は「言うと思った」と笑って、彼が身につけた婚礼のマントを取り出した。


「ほら、比べてみろ」


 二つのマントを見比べる。兄上のマントは正統なロイヤルブルー。私のマントはそれよりは深い色をしていた。


「な、違うだろ?」

「……たしかに、少し深い色をしていますね。ほんの僅かな違いですが」

「ほんの僅かでも、違いは違いだ。私のはロイヤルブルーで、お前のはインクブルーだ」

「屁理屈に聞こえます」

「ちゃあんと教会関係者に確認してる。ただのインクブルーも、獅子のモチーフもな」


 兄上はからからと笑う。正妃(ははうえ)もニコニコと「私たちの気持ち、受け取ってはくれないの?」と告げる。……私はしばし逡巡したあと、「……承知いたしました」と答えた。


「ねえねえ、お兄様。着て見せて」


 下の妹が無邪気に笑う。上の妹も「そうよ。お兄さま。ちょうど近衛の制服なんだし」と同調した。


「……分かりました」


 箱からマントを取り出し、身につけようとする。……初めて身につけるためか、あるいは鏡がないせいか、少々手こずってしまう。見かねたもう一人の側妃(ははうえ)が手伝ってくれた。す、と肩に重みが乗る。……不快ではない。これが、家族の愛という重さなのだろう。


「兄上、よく似合ってます」

「本当ね。お兄様、王子様みたい」


 妹と弟が褒めてくれる。恥ずかしさをごまかすように頭をかきながら「……恐縮です」と答えれば、応接間は温かい笑いに包まれた。





 エリアスさまが王宮に帰っているから、今日のお昼ご飯は大司教さまと一緒だ。今日のメニューはシチューとライ麦パン、それとベビーリーフのサラダだった。


「光を司りし御方よ。今日の糧を与えられしことに感謝いたします」

「感謝いたします」


 彼と共に食前の祈りを唱え、パンをちぎる。ニンジンと鶏肉をパンに乗せて頬張れば、ニンジンの甘みと鶏肉の旨味がパンの酸味を包んだ。


「おいしいですか?」

「はい。今日のシチューは、ミルクの香りがしますね」

「牧場の方が、牛乳を多く寄進していただいたのですよ。孤児院に配っても大量にありましたので、私たちもいただこうかと。せっかくいただいた糧を腐らせてしまうのは、主にも牧場の方にも申し訳ないですから」

「そうですね」


 微笑みながらシチューを口に運ぶ。大司教さまは私の顔をじっと見たあと、「エリアスがいないと落ち着きませんか?」と微笑んだ。


「……ほんのちょっと、だけです。なんだかんだ、いつも一緒ですから」


 所在なく左手の指輪をいじる。銀のアームのうえにアクアマリンが控えめに光るそれは、エリアスさまがプロポーズのときにくれたものだ。


「……七年前、いえ、そろそろ八年前になりますかね。エリアスをあなたの近衛として選んだときのことを、昨日のように思い出してしまいます」


 彼は柔らかく目を細める。そう言えば、そんな話をしたことはなかった気がする。


「エリアスさまを私の近衛に決めたのは、大司教さまでした、よね?」

「ええ。聖女様の最初の近衛には、年の近い聖騎士を選ぶ習わしなのですが、当代は先代が急逝なさったがゆえ教育が間に合っておらず……。今だから言えることですが、苦肉の策、なのは否めませんね」


 政治について教育をする必要がないものの中から、人柄や強さを加味しては選んでおりますが、と大司教さまは苦笑いをした。


「それでも。エリアスの腕のなかで安心したように眠るあなたを見たとき。彼を選んだのは間違いなかったのだと安堵しました」


 その時のことを思い出しているのか、大司教さまは目尻のシワを深くして微笑んだ。


「あなたは、もう私の庇護のもとを離れても大丈夫ですね。エリアスがいるのですから」

「私たちはまだまだ未熟ですから、これからも見守ってください」


 甘えるように彼の袖をつかむと、大司教さまは「私ももう年ですよ」と苦笑する。


「……そうですね。聖女様が信頼できる大司教候補が育つまでは、あの椅子に座っておりましょうか」

「……ありがとうございます。……それで、その……。実は、もう一つお願いがあって……」


 背筋を伸ばす。それを見て、彼も姿勢を直した。小さく深呼吸をして、口を開く。


「……バージンロード、一緒に歩いてくれませんか」


 かしゃん、とスプーンが落ちる音が響いた。彼は「失礼いたしました」と言ってスプーンを拾う。


「もしかして、お嫌でしたか……?」


 おそるおそるそう尋ねれば、大司教さまは首を横に振る。


「そのような大役を任せていただけるとは、と驚いただけです。……私でよろしいのですか?」

「バージンロードは、お父さんと歩くものなんですよね? 私にとってお父さんって誰だろう、と考えたとき、一番に思いついたのは、大司教さまでしたから」


 彼はしばらく何も言わず、私を見つめていた。じっと考えこんだあと、大司教さまは木漏れ日のような柔らかい笑顔を浮かべて、はっきりと頷いた。


「そのお役目、謹んでお受けいたします」

「ありがとうございます」


 満面の笑みを浮かべると、彼は「……そろそろ食事に戻りましょう」と微笑んだ。





 季節は巡り、木々が鮮やかに彩り始めた頃。どこまでも広がる空は、秋晴れの色に染まっていた。

 今日は私たちの結婚式。中央教会じゃなくて、私の育った孤児院のある教会で式を挙げる。きょうだいたちに引っ張られて、履き潰された靴で駆け回った中庭。弟や妹の楽しそうな声が聞こえるそこで、ウェディングドレスに身を包んだ私はエリアスさまを待っていた。

 今日のドレスはいつもと違い、スカートが丸く膨らんでいる。袖もぷくっと膨らんでいて、小さい頃に一度見て密かに憧れていた花嫁さんそのもののような姿だ。

 かさ、と落ち葉を踏むような音がする。エリアスさまだ。そう思った私は振り返った。

 目の前に立ったのは……王子(エリアス)さまだった。


 生地が真っ白に輝き、金の装飾が踊るジャケットは、聖騎士団の婚礼衣装。いつも清潔感がありつつもところどころ跳ねている髪の毛は、今日はきっちりと固められている。

 背中に背負うのは、深い青の重厚なマント。留め具には……カトレアの花と、獅子の彫り物があしらわれていた。


 ……彼はぼうっとした表情を浮かべて、何も言わない。きっと、何も言えないのだろう。私も同じだから。

 しばらく二人で見つめあっていると、どこからともなくやってきた王太子さまがエリアスさまの脇腹を肘でつついた。


「おーい、エリアス」

「……っ、兄上!」

「気がついたか? ほーら、お前の嫁さんが待ってるぞ。なんかひと言言ってやれ」

「……いえ、その……。カトレア様が、あまりにもお綺麗で……。身に余る光栄だと……」


 おずおずとそう零すエリアスさまの背中を、バシッと豪快に叩く音がする。辺境伯さまだ。


「相変わらずだな、お前。嫁さんはお前を選んだんだろ? 自信を持て」

「そうですよ? ……私の旦那さんは、ほかの誰でもない、エリアスさま、なんですから」

「だってよ?」

「兄上、閣下」


 エリアスさまは照れているのか、低い声で告げる。お二人は大笑いしたあと、「そろそろ式が始まるだろ? 待ちくたびれる前に来てくれよな」と楽しそうに言った。


「……お先に、会場でお待ちしております」

「はい。いってらっしゃいませ」


 エリアスさまはしっかり頷くと、教会のドアへと向かう。入れ違うように来てくださった大司教さまの手を取って、私は式場のドアが開くのを待った。





 りんごんと、鐘楼の鐘が鳴る。リングを持って私の前を歩くのは、孤児院で一番年上の妹。その手には、わずかだけどあかぎれが浮かぶ。

 それでも最近は「ハンドクリームを使って、なるべく予防しているんです」と笑っていた。お姉ちゃんが祝福してくれたのだから、ちょっとは自分のために時間を使おうと思って、って。

 大司教さまに手を引いてもらって、バージンロードを進む。その先にいるのは、エリアスさまだ。

 祭壇の前。繋いでいた手がエリアスさまに渡される直前。大司教さまはエリアスさまへ向かって言った。


「私の()を、どうかよろしくお願いいたします」

「もちろんです。ずっと隣で、守り続けます」

「あなたたちの幸せを、お祈りしております」


 大司教さまは深く頷く。私はエリアスさまの手を取った。

 弟、妹たちの歌う、あどけない聖歌が式場に広がる。温かい日の光の中、私はエリアスさまを見つめて、くすくすと笑い声をこぼす。彼もまた、陽だまりのような笑顔を浮かべた。

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次作(2026/7/13投稿)→https://ncode.syosetu.com/n5867ml/

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