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夜明けに捧ぐ華<妖怪寺鎮魂譜>  作者: 狐月華
2 『トルコキキョウの護り手』
15/17

5章 朝影を乱す訪人

一時間ほどして――


五百旗頭邸のある静かな住宅街に、ドゴゴゴゴ……!と重低音が響き渡った。

明らかに普通のバイクではない。

地面を揺らすような、強烈な存在感のエンジン音。


楓はソファから顔を上げ、眉をひそめた。


(……嫌な予感しかしない。

住職が来るなら、こんな音はしないはずだが……)


玄関ホールでインターホンに出ていた朝倉が、「え、えぇっ……!?あ、あの……ど、どちらさまでしょうか……?」と混乱した声を上げ、すぐにリビングへ駆け戻ってきた。


「楓さまっ……!

あの、玄関に……その……!」


「落ち着いて。

誰が来たんです?」


「こ、これは……ご説明が……

非常に……難しいのですが……!」


そこへ、真雪も不穏な気配に気づき、すっと立ち上がる。


「え……住職が来たんじゃないの?」


「そ、それが……

妖怪寺の住職さまが来られるとばかり思っていましたのに……

お見えになったのは……」


朝倉は震える手で玄関のほうを指さした。


「ハ、ハーレーダビッドソンに跨った……

背中に十字型の……か、棺桶を背負った……」


「棺桶……?」


楓が目を瞬かせる。


「そして……

住職様というより、牧師様?……

なぜかお召し物が作務衣ではなく……

牧師の祭服でございます……!」


リビングが一瞬、静まり返った。


次の瞬間。


「――アイツめ!!」


真雪が血相を変えて玄関へ突進した。

楓と朝倉も慌てて追いかける。


玄関を開けた先には――

巨大なハーレーダビッドソンの上で、十字型の黒い棺桶を背中に固定し、

神父のような黒いロングコートをまとい、

サングラスをかけた巨体の男が仁王立ちしていた。


紛れもない、妖怪寺の住職。

深山泰巌その人であった。


「あっ、真雪ちゃん〜!

待たせたのう――」


「黙らんかぁァァアアア!!」


真雪の怒号が朝空に響く。

泰巌は情けない声を上げて肩をすくめた。


「ど、どしたんじゃ真雪ちゃん、こわい顔しおって……」


「こわいのはおぬしじゃああ!!

なんじゃその格好は!!

いま、なんの案件でここに来たか理解しとるんか!?

子どもの命がかかっとるんじゃぞ!!」


「ち、違うんじゃ!

これは、その……せっかくのハロウィンじゃし、この後でハロウィンライブに行くつもりで……」


「――恥を知れぇ!!」


真雪の怒声が、まるで雷鳴のように玄関先に轟いた。


「日本の仏僧たる者が!

海外の牧師の扮装でライブとな!?

しかも子どもの命の危機よりアイドルを優先する始末……!

ありえん!ありえんわ!!」


「ひぃっ……そ、そんな怒らんでも……!」


泰巌は肩を縮め、背中の棺桶がカタカタ揺れる。


今にも泰巌に殴りかかろうとする真雪を止めながら、楓は現実的な話へと強引に軌道修正した。


「住職、話を戻します」


楓は無理やり空気を引き締めるように声を整えた。


「電話でお願いした件、覚えてますよね?

結界の準備と、邸内にある美骨董品の鑑定です」


「おおっ、もちろんじゃとも!」


泰巌は胸を張ってドヤ顔を作る。

先ほど怒られたばかりとは思えないテンションだ。


「そのための特別装備一式を、これに入れて持ってきたんじゃ!」


「それって……その棺桶のことですよね」


「うむ!

この中に、道具が全部そろっとる!

見せてしんぜよう!」


意気揚々と泰巌は、背中の十字型棺桶の金具をガチャリと外した。


「見よ!

わしの最終奥義セット!!」


パカッ。


棺桶の中には――

呪符を作るための特製和紙、硯と筆などが、ぎっしりと整然と収められ――

そしてその中央で、一人の小男が目を回して泡を吹きながら押し込まれていた。


「……………………」


朝の空気が完全に静止した。


「な、何しとるんじゃ住職ぅぅぅ!!」


真雪が再び叫ぶ。


「こ、これはじゃな!

骨董商の山科殿を連れてきたほうが鑑定が早いと思って……」


泰巌は牧師服の襟元をおずおずと指でつまみ、しどろもどろに視線を泳がせた。


「でも、そのままだと折角のハロウィンの仮装に浮いてしまうので……

つい……その……棺桶に入れて……」


「“つい”で棺桶に人を詰めるやつがおるかぁぁ!!」


真雪の怒りは頂点に達し、楓の手を振りほどくと、泰巌の胸ぐらをつかんでガクガク揺さぶった。


「この大馬鹿住職!!

なんでこんな騒ぎを朝っぱらから引き起こすんじゃ!!」


「ど、どわぁっ!

ゆ、揺らすな真雪ちゃん!

山科殿は寝とるだけじゃから!

目が覚めたらちゃんと鑑定――!」


「その“目が覚めたら”が問題なんじゃああッ!!

こんな状態で鑑定なんか出来るかボケぇぇ!!」


真雪の怒号が響いたちょうどその時――


棺桶の中の山科が、ピクッと指先を震わせた。


「……う、うぅ……」


「ほら!

起きかけておるわ!!

どうするんじゃ住職!」


「ど、どうするって……

出してやるしか……」


「だったら最初から入れるなと言っとるんじゃああ!!」


「お、おう!」


泰巌が山科の襟を掴んで引っ張り出すと、和紙や筆がバサバサと飛び散り、朝の玄関先は一瞬でカオスに包まれた。


「ちょっ、住職!

道具が!」


「うわっ、山科殿!動くな!

ぎゃあ和紙が飛ぶ!」


「わああっ!住職!

踏むな踏むなーー!」


朝の静かな五百旗頭邸の玄関は、一気に地獄絵図のような騒ぎになった。


その後ろで楓は、そっと心の中で呟いた。


(……もう帰って寝たい)


◆◇◆◇◆


五百旗頭邸のダイニングのテーブルに、全員が揃っていた。

綾乃、楓、真雪、そして泰巌と山科――


近くでは美羽が折り紙で遊び、朝倉が見守っている。


だが、大人たちの空気はまったく穏やかではなかった。


綾乃が泰巌をまじまじと見つめ、慎重に言葉を選びながら問いかける。


「……あの、本当に、妖怪寺の“住職”さん……で、いらっしゃるんですよね?」


「もちろんじゃとも!

わしはな――貴方は〜神を〜信じま――」


泰巌が牧師ジョークを放とうとした瞬間。


隣からすっと伸びた真雪の視線が、凍りつくほど冷たく泰巌を射抜いた。


泰巌はピタリと動きを止め、「……信じますよね、うん。やめとこう」と小声で撤退した。


咳払いして誤魔化す泰巌。

綾乃は不安を隠しきれない表情でため息をついた。


一方、山科はというと――


屋敷の美術骨董品を一目見た瞬間から、そわそわと落ち着きなく座っていた。


「こ、これは……!

なんというお宝の密度……っ。

このお屋敷、た、たまりませんな……!

うへへ……い、いや、失礼……!」


骨董商としての目の輝きに加え、呪物コレクターとしての“獲物を前にした危険な高揚”が隠しきれていない。


楓は苦笑しつつ、全員に向けて口を開いた。


「では、これからどう動くか整理しましょう」


綾乃が手を挙げ、申し訳なさそうに言った。


「私、どうにか局に休みを……と思い、プロデューサーに交渉したんですけど……

やっぱり報道番組の代役が居なくて、昼過ぎには家を出なきゃいけなくて……」


「まあ、そうじゃろうの」


泰巌が頷く。


「仕事には仕事の都合がある。

ならば――わしから一つ提案じゃ」


皆の視線が泰巌に集まる。


「美羽ちゃんを護るための結界を張る。

話に聞く光の矢……

それがまた飛んでくるとなれば、美羽ちゃんの守りを固めるのが最優先じゃ」


楓もすぐに頷く。


「確かに、美羽ちゃんの防御は必須ですね」


「場所は……

そうさのう、結界の能力を最大限に高めるため、この邸宅の中央。和室に結界を張るのが最適じゃろうの」


「ただし」


泰巌は腕を組んで渋い顔をする。


「儀式には、真雪ちゃんの巫女としての支援が必要じゃ。

わし一人では力が足りん」


「わ、わたしでよければ……

精一杯、お手伝いします……」


その健気な姿に、綾乃と朝倉は「なんて可憐な子…」と錯覚しかけたが――

次の瞬間、真雪の瞳が泰巌へ向けて細く鋭くなる。


「……あっ。

でも……

ひとつだけ、よろしいですか?」


「な、……

なんじゃな、真雪ちゃん?」


「神聖な儀式に……

ま、まさか……

その“牧師さんみたいなお洋服”のままで行うつもりじゃ……

ありません……よ、ね?」


言葉は丁寧だが、背後に冷気が走った。


泰巌の肩がビクッと震える。


「い、いやあの……

その……

ちょっとだけ考えてはおったが……」


真雪の笑顔が、怖い。


「…………着替えてくださいね?(にこっ)」


「ひ、ひぃ!!

は、はいぃ!!」


泰巌は完全に圧倒され、荷物を抱えてリビングから飛んで出て行った。


楓は苦笑してから、山科に向き直る。


「山科さん。

僕たちは家中の美術骨董品を見て回りましょう。昨夜の事件と美羽ちゃんの“夢の原因”となるような品がないか、選別してもらえますか?」


山科の目がギラリと光った。


「任せなされ!

これは鑑定士冥利に尽きるっ……!」


山科は興奮で震えながら、鑑定道具が入ったアタッシュケースを抱えた。


「持ち帰り調査が必要なものがあれば、いくつかピックアップします。いやぁ……これは腕が鳴る……!」


「僕も手伝います。

力仕事はお手伝いができるかと思いますので」


「おおお、これは心強い!」


二人は早速調査に取りかかる準備を始めた。

リビングに残った真雪は、ほっと息をつく。


「な、なんだか……朝から、すごくにぎやかですね……」


「ふふ……ほんとにね」


と綾乃が苦笑する。


美羽は折り紙のハートを真雪の前に差し出し、にっこり。


「これ、まゆきおねーちゃんにあげる!」


「わ……ありがとう、美羽ちゃん……!」


その瞬間だけは、本当に天使のように頬を緩める真雪だった。


こうして、五百旗頭邸を守るための、本格的な準備が静かに動き出した。

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