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鷹舎へ

 アウラはアキを連れて、山城城塞の中を歩いた。

 これまで自室を出るとき、アウラのそばには必ずケイがいたから、ケイがいない外出は初めてのことだ。城塞を歩くのも、ケイに案内してもらったとき以来である。それ以外は与えられた部屋にこもって、書物や地図を眺めて過ごしていた。山城の作法について覚えることはたくさんあったし、早く言葉を扱えるようになって、もっと豊かな語彙で山城の言葉を話したいと思っていたからだ。

 行先は、ケイが案内をしてくれたときは訪れなかった場所。

 鷹舎だ。

 衣装は簡素なものにしたし、アキの案内でなるべく人の少ないところを歩いたけれど、アウラの姿を目にした人はぎょっとして畏まり、どうしたらいいのかわからない様子で頭を垂れた。

 アキが心配そうに、少し後ろをついてくる。

 細い通路に入ると、松明の灯りがぼうっと岩肌を照らした。

 

「ここをまっすぐ進むと、鷹舎です」

「ありがとう。ね、大丈夫だったでしょう? あなたは心配し過ぎだわ」


 アキが何か言いたそうにしている。鷹について知りたいことがあるなら、鷹匠を呼んで聞くべきだと説得されたけれど、アウラは聞き入れなかった。自分の目で見たかったのだ。


「わかっているのよ、誰もがこの婚姻に賛成しているわけではないことは。でもアキの言う通り、護衛の方にも付いてきてもらっているし。いつまでも部屋にこもっているわけにもいかないでしょう?」 


 アキはどこかびくびくとしながら、周囲の様子を伺っている。

 

「ケイ様がまず先に、山城城塞内をご案内してくれていて助かりました。アウラ様を恭しく扱う様子を、みんな見ていますから」


 ケイが山城城塞を何日もかけて案内してくれたのは、そういう意図もあったのか、と思い至る。

 確かに、王が敬っている相手を、表立って蔑んだりはしないだろう。

 

「あの人は、何を考えているのかしら」


 緊張や戸惑い、期待に羞恥。アウラの心のうちまで、全て見透かされているような気持ちになった。

 わかっていながら、あの人はアウラのもとを毎夜訪れ、山城について語っているのだろうか。そうだとしたら、彼が本当にアウラを敬っているのか、怪しいものだと思う。

 

「ケイ様はもちろん、わたくしたち一族のことを考えてくださっています。気をつけてくださいね、アウラ様。王弟派には過激な連中もいますから。私はケイ様に、よくよく注意を受けているんです。アウラ様を危険な目にあわさないように」

「先触れを出してくれたんでしょう? 鷹匠が私を迎えてくれる。王弟派はもう山城城塞にはいない」

「そうですけれど」


 薄暗い廊下が終わり、開けた場所に出ると、獣の匂いが漂ってきた。

 もっと騒々しい場所を想像していたけれど、鷹舎の中で、鷹たちはじっとしているようだ。薄暗い馬小屋のような場所だった。一頭ごと仕切られていて、薄明かりが奥の方から届いている。崖の外からの光だ。


 二人の男が待っていた。

 その一人に気づいて、アウラは足をとめた。

 王弟のキョウだ。険しい顔つきでアウラを見据えている。隣にいる男は白髪を短く刈り込んだ大男で、アウラと目が合うと微かに微笑んだ。


「アウラ様。初めてお目にかかります、鷹匠のゲンドウです」


 山城の礼をする。

 ゲンドウと名乗った男は、以前、鷹の目の将軍をしていたが、引退して鷹匠となっているらしい。確かに気配が武人のそれで、二人で並んでいると、隣りにいるキョウがまだ子どものように見えた。キョウと共にいるということは、ゲンドウは王弟派なのだろう。横のアキが、カチカチに固まっていることに気づいた。兵団の者たちは山城城塞を発ったとアキは言っていた。まさか王弟その人が鷹舎で待っているとは思わなかったのかもしれない。

 

「鷹の巣立ちには、私も参加することになっている。だからしばらく、兵団と行動を別にしている」


 アウラとアキの疑問を感じ取ったのか、キョウがそっけなく言った。

 

「スマール国の王女ともあるあなたが、鷹舎にどのような用事でしょうか?」


 キョウは明らかに、アウラの来訪を警戒していた。

 

「今はもう、私は山城の一族です。あなたのお兄様と婚姻を結んだのですから。聞きたいことがあって来ました。鷹のことについて。私は山城のことを学んでいますが、どこの書物にも書かれていないものですから」

「その夫である兄に隠れてこそこそと、何を知りたいのでしょう。鷹の育て方、乗り方などを書物に記していない理由は、おわかりでしょうに。あなたのようなよその国の方に、鷹のことを知られないためです」


 ずいぶんと明け透けな物言いだった。

 キョウは、近くの一頭に目を向けた。アウラへ向けるのとは全く違う視線で。


「あなたと引き換えにそちらの国へ連れられた雛が、思うように育たないのでしょうか」


 アウラは黙って、二人を見つめた。

 父はアウラを嫁に出す条件に、山城の鷹を望んだ。一人と一頭。雛がもう送られていたことは知らなかったが、スマール国を出立する前に、アウラは父から密かに頼まれていた。鷹の生態について、知り得たことを、どんな小さなことでも報告すること。それが山城の秘密だ。

 

「キョウ様。言葉が過ぎます」


 ゲンドウがたしなめるようにキョウの名前を呼び、アウラに顔を向ける。


「失礼な物言い、申し訳ない。彼は、雛のことが心配で仕方がないのですら、だが鷹の飼育については、鷹匠にしか伝えていかない決まりです。わかっていただきたい」

「私は山城の人々を尊重し、その教えにしたがいます」

「思慮深い方が来てくださって、ケイ様も喜んでおられるでしょう。鷹舎を見学なさりたいと聞いております。どうぞ、こちらへ」


 アウラは、睨めつけてくるようなキョウを見た。その次に、薄暗い鷹舎から感じる、獣の視線を感じた。鷹たちは首だけをこちらに向けて、じっとアウラのことを見ている。暗闇の中の眼。眼。眼。アウラはごくりと唾を飲み込んだ。

 ――好きになれない。

 直感的にそう思う。


「……アウラ様、少しお疲れのようですので、またの機会に見学されてはどうでしょう?」


 アキが横から、おずおずと口を挟む。


「いいえ、せっかくですから、案内してもらいましょう」


 アウラは微笑んだ。

 するとキョウは「ゲンドウ、頼みます」と鷹匠に任せ、一礼すると去っていく。

 アウラとアキは、ゲンドウに従って、鷹舎の中をぐるりと一周した。鷹の視線が追いかけてくる。まるで捕食動物になった気がする時間であった。

 ゲンドウは、鷹について、アウラが知って差し障りないのだろうとわかる説明をしてくれた。

 

 情けない気持ちを抱えて、アウラは来た道を戻った。

 アキも黙ってついてくる。

 まだ来たばかりだ。鷹のことについて、知るときはいくらでもあるだろう。

 それよりも苦々しい気持ちになったのは、山城の人たちが、アウラたち――スマール国の思惑をよく感じ取っていたことだ。鷹の秘密。それを手に入れれるために婚姻を結んだこと。王弟たちが承知していることを、ケイが知らないわけはないだろう。

 ――本当に、何を考えているのだろう。はっきりと聞いてみるべきなのかもしれない。

 自室にたどり着くまでに、アウラはそう決意を固めていた。

 しかしケイは、その夜、アウラを訪ねてくることはなかった。


 

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