表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/8

初夜について2

 夜の勉強会は、次の日も続いた。それで最初の三日間が終わったので、アウラは確信した。


 ケイはアウラと本当の夫婦になるつもりはないのだ。けれども、三日間が終わっても、必ずアウラのもとへと足を運ぶ。おそらく、二つの国の友好のために。


 しかし、友好のためだけならば、アウラは嫁入りするのではなく、客人として招かれるだけでよかったのではないか?


 ケイの行動の意図は不思議だ。

 アウラは困惑していたけれど、その疑問を、彼自身にはぶつけられずにいた。閨のことを話題に出すことは、はしたないことだという感覚があったし、なにより予想し得る理由について、本人に聞きたくなかったのだ。


「アキ」


 アウラの世話をしてくれる侍女は、アキという。アキは名前を呼ばれると、くりくりとした瞳を輝かせた。


 この侍女は、いつもどこかぽうっとアウラを見つめている。何なのかと聞いてみると、どうやらアウラの外見を気に入っているようだった。

「見ているだけで、異国の良い香りがしてくるようです」

 などと言って、うっとりとアウラの世話をするのだ。


 ケイが選んだ侍女だというから、背景までしっかりと考慮された人選だった。文官の娘だという彼女は、兵団周りにある弟の派閥とは距離があり、山城の中でも、良い家柄の娘だ。 


「あのね、聞きたいことがあるの」


 ケイはよき教師であったので、アウラは山城の言葉がずいぶん上達していた。

 今はもうアキと二人で首を傾げながら、身振り手振りで要望を伝え合うことはなくなっている。

 アウラはなるべく自然に聞こえるように――自分はそれほど気にしていないのだと言い聞かせて、アキにたずねた。


「ケイには他に女性がいるのかしら。つまり、私がここへ来る前に、もうすでに妻のような女性がいたの?」


 アキはぽかんとした顔をした。聞かれたことがすぐには理解できなかったらしい。

 アウラはもう一度、訪ねた。


「正直に言ってくれて大丈夫」


 アキは驚いたように首を振った。 


「いいえ、そのようなお話は聞いたことがございません」


 とりあえず、アウラはほっと安堵する。アウラが嫁いできたことで、追いやられてしまった女性がいなくて良かった。


「ねえ、アキ。あなたはケイのこと、どう思う?」

「へ?」

「あなたのような年頃の娘たちは、后の座を欲しがらなかったの?」

「山城家の当主の奥様など、私どものようなものには恐れ多いことです」

「そうかしら? あなたの家柄なら十分その資格はあるでしょうし、アキはとても愛らしいわ」

「アウラ様、そのようにからかうのは、おやめください」


 ぽっと照れている様子なんかは、素直で非常に可愛らしいと思うのだが。小動物のような雰囲気のある侍女は、次に何を聞かれるのかと身構えているように見えた。

 アウラは持っていた手鏡に、自分の顔を映してみた。アキが話しやすいので、このところ思っていたことを、ぽつりとこぼしてしまう。


「私はあなたたちの美醜の基準で、醜いのかしら」

「とんでもございません! アウラ様はとてもお綺麗です」


 そうなのかしら、とアウラは俯いた。

 祖国でアウラは、美人というくくりに入るのかは微妙なところだ。個性的な美貌、とはよく言われたけれど、あの国での正統派な美しさではない。スマール国では、柔らかく肉感的な女性が好まれる。艶っぽく、女性らしい女性だ。妹たちのような。


 アウラの妹は七人いて、みなそれぞれに美しい。アウラは武芸を好んで過ごしていたが、彼女たちは華やかな生活を好んだ。母も違うし、性格も違う。好みも違う。だけど彼女たちはアウラを姉として慕ってくれていたから、姉妹の仲は良かった。可愛くて、愛嬌のある妹たち。もしも妹のうちの誰かが嫁いでいたら、ケイはアウラに対するのと、違った選択をしたのだろうか?


 アウラは自分の想像に対して、顔を顰めた。


 とはいえ、冷静に考えると、ケイの行動には、彼の好みが入り込んでいるようには思えなかった。

 彼はどんな女子が嫁いできても、同じように振る舞った気がするのだ。

 なぜなら、この婚姻は国のためのもの。

 彼は彼の目的のために、異国の花嫁を迎えた。


 ――私の目的は、時が来たら話そう。


 最初の夜に、ケイが話してくれたことが、ずっとひっかかっている。時が来たら話すと言われたその目的が、彼の振る舞いの答えなのだろうか。


「大丈夫ですよ、アウラ様。ケイ様はあれほど毎晩、アウラ様のもとに熱心に通われているのですから」


 アウラは苦笑した。

 この純粋で素直な侍女は、アウラと夫の間に夫婦関係がないことを、まだ気づいていないのだ。

 傍目には、アウラとケイは睦まじい新婚夫婦に見えている。

 そうであるならば、この件に関しては、それほど思い悩む必要はないのかもしれない、とアウラは思い直した。


 考えてみれば、二つの国の友好のために、アウラが子どもを生むことはさほど重要ではない。スマール国は山城と交易がしたい。山城の国は援助が欲しい。そしてアウラは言わば人質のようなもので、その役目はこの山城にいることですでに果たしている。ケイには跡継ぎが必要かもしれないが、それは嫡出でなくてもいいのだろう。むしろ、そのほうが良いと思っているのかもしれない。


「さあ、アウラ様。はやくお召し替えをいたしましょう」

「そうだ」


 アウラはふと思いついて、背後に立つ侍女を振り返った。


「ねえ、アキ。少し私に付き合ってくれないかしら」


 もうすぐ鷹の巣立ちという行事がある。そのためにケイは朝から忙しくしていて、アウラは暇を持て余している。山城の奥方としての使命とは別の、スマール国の王女としての使命。父から頼まれた山城の国の秘密を探るのに、良い機会だと思った。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ