初夜について2
夜の勉強会は、次の日も続いた。それで最初の三日間が終わったので、アウラは確信した。
ケイはアウラと本当の夫婦になるつもりはないのだ。けれども、三日間が終わっても、必ずアウラのもとへと足を運ぶ。おそらく、二つの国の友好のために。
しかし、友好のためだけならば、アウラは嫁入りするのではなく、客人として招かれるだけでよかったのではないか?
ケイの行動の意図は不思議だ。
アウラは困惑していたけれど、その疑問を、彼自身にはぶつけられずにいた。閨のことを話題に出すことは、はしたないことだという感覚があったし、なにより予想し得る理由について、本人に聞きたくなかったのだ。
「アキ」
アウラの世話をしてくれる侍女は、アキという。アキは名前を呼ばれると、くりくりとした瞳を輝かせた。
この侍女は、いつもどこかぽうっとアウラを見つめている。何なのかと聞いてみると、どうやらアウラの外見を気に入っているようだった。
「見ているだけで、異国の良い香りがしてくるようです」
などと言って、うっとりとアウラの世話をするのだ。
ケイが選んだ侍女だというから、背景までしっかりと考慮された人選だった。文官の娘だという彼女は、兵団周りにある弟の派閥とは距離があり、山城の中でも、良い家柄の娘だ。
「あのね、聞きたいことがあるの」
ケイはよき教師であったので、アウラは山城の言葉がずいぶん上達していた。
今はもうアキと二人で首を傾げながら、身振り手振りで要望を伝え合うことはなくなっている。
アウラはなるべく自然に聞こえるように――自分はそれほど気にしていないのだと言い聞かせて、アキにたずねた。
「ケイには他に女性がいるのかしら。つまり、私がここへ来る前に、もうすでに妻のような女性がいたの?」
アキはぽかんとした顔をした。聞かれたことがすぐには理解できなかったらしい。
アウラはもう一度、訪ねた。
「正直に言ってくれて大丈夫」
アキは驚いたように首を振った。
「いいえ、そのようなお話は聞いたことがございません」
とりあえず、アウラはほっと安堵する。アウラが嫁いできたことで、追いやられてしまった女性がいなくて良かった。
「ねえ、アキ。あなたはケイのこと、どう思う?」
「へ?」
「あなたのような年頃の娘たちは、后の座を欲しがらなかったの?」
「山城家の当主の奥様など、私どものようなものには恐れ多いことです」
「そうかしら? あなたの家柄なら十分その資格はあるでしょうし、アキはとても愛らしいわ」
「アウラ様、そのようにからかうのは、おやめください」
ぽっと照れている様子なんかは、素直で非常に可愛らしいと思うのだが。小動物のような雰囲気のある侍女は、次に何を聞かれるのかと身構えているように見えた。
アウラは持っていた手鏡に、自分の顔を映してみた。アキが話しやすいので、このところ思っていたことを、ぽつりとこぼしてしまう。
「私はあなたたちの美醜の基準で、醜いのかしら」
「とんでもございません! アウラ様はとてもお綺麗です」
そうなのかしら、とアウラは俯いた。
祖国でアウラは、美人というくくりに入るのかは微妙なところだ。個性的な美貌、とはよく言われたけれど、あの国での正統派な美しさではない。スマール国では、柔らかく肉感的な女性が好まれる。艶っぽく、女性らしい女性だ。妹たちのような。
アウラの妹は七人いて、みなそれぞれに美しい。アウラは武芸を好んで過ごしていたが、彼女たちは華やかな生活を好んだ。母も違うし、性格も違う。好みも違う。だけど彼女たちはアウラを姉として慕ってくれていたから、姉妹の仲は良かった。可愛くて、愛嬌のある妹たち。もしも妹のうちの誰かが嫁いでいたら、ケイはアウラに対するのと、違った選択をしたのだろうか?
アウラは自分の想像に対して、顔を顰めた。
とはいえ、冷静に考えると、ケイの行動には、彼の好みが入り込んでいるようには思えなかった。
彼はどんな女子が嫁いできても、同じように振る舞った気がするのだ。
なぜなら、この婚姻は国のためのもの。
彼は彼の目的のために、異国の花嫁を迎えた。
――私の目的は、時が来たら話そう。
最初の夜に、ケイが話してくれたことが、ずっとひっかかっている。時が来たら話すと言われたその目的が、彼の振る舞いの答えなのだろうか。
「大丈夫ですよ、アウラ様。ケイ様はあれほど毎晩、アウラ様のもとに熱心に通われているのですから」
アウラは苦笑した。
この純粋で素直な侍女は、アウラと夫の間に夫婦関係がないことを、まだ気づいていないのだ。
傍目には、アウラとケイは睦まじい新婚夫婦に見えている。
そうであるならば、この件に関しては、それほど思い悩む必要はないのかもしれない、とアウラは思い直した。
考えてみれば、二つの国の友好のために、アウラが子どもを生むことはさほど重要ではない。スマール国は山城と交易がしたい。山城の国は援助が欲しい。そしてアウラは言わば人質のようなもので、その役目はこの山城にいることですでに果たしている。ケイには跡継ぎが必要かもしれないが、それは嫡出でなくてもいいのだろう。むしろ、そのほうが良いと思っているのかもしれない。
「さあ、アウラ様。はやくお召し替えをいたしましょう」
「そうだ」
アウラはふと思いついて、背後に立つ侍女を振り返った。
「ねえ、アキ。少し私に付き合ってくれないかしら」
もうすぐ鷹の巣立ちという行事がある。そのためにケイは朝から忙しくしていて、アウラは暇を持て余している。山城の奥方としての使命とは別の、スマール国の王女としての使命。父から頼まれた山城の国の秘密を探るのに、良い機会だと思った。