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初夜について1

 山城の城塞と、洞窟住居の案内、それから主な臣下との面会、王の親族との面会で、一日が終わった。


 その夜、アウラは昨夜よりも緊張をしていた。旅の疲れが癒えた分、考える余裕が出て、より緊張が増した気がする。昨夜、ひといきに済ませてしまえばよかった。


 結婚後の三日間は、王は必ず后のもとへ通う。昨夜のことは、旅の疲れがあるアウラを気遣ったのかもしれない。だとしたら今夜こそ、夫婦の初夜があるはずだ。


 子どもをうむのは、アウラに課せられた使命のひとつだ。

 ケイは当初予想していた野蛮な男ではなかったし、昨日今日で、人となりをある程度知った。

 彼のことをアウラは美しいと思ったが、それは女性的な美しさではない。日中は考えないようにしていたけれど、彼の手が肩に触れたときを思い出し、落ち着かない気持ちになる。

 つまり……アウラは期待と羞恥を感じていた。その羞恥は、わずかな期間で感じた些細なものではあるものの、彼に抱いた、好意のかけらだった。

 可哀想な結婚、と人々は憐れんでくれたけれど、アウラはケイとなら、良い夫婦になれるのではないか、という淡い期待を持つことができていた。


 侍女が髪をくしけずり、香油を塗り込んでくれる。

 それに身を任せ、身支度が終わった頃、ケイが訪ねてきた。昨夜とは違い、簡素な山城の衣装をまとっている。紺地に金鳳花が刺繍されたもので、手には何冊かの書物を抱えていた。


「今日も色んな人と会って、疲れただろうね」

「いいえ、とても新鮮な一日でした」


 日中と違い、簡単な山城の言葉で話しかけられたので、アウラも山城の言葉で返した。ケイは日中と変わらない様子に見えた。自分だけが酷く緊張をしている気がする。


「アウラ。こちらへ」


 灯りのそばで、ケイは座った。隣へ来るようにと促されたのを感じ、そばに座る。

 ケイは膝に一冊を乗せ、パラパラと書物の隙間に目を落とした。

 彼が持ってきた書物は、紐で綴じられたもので、中には山城の難しい文字が並んでいる。


「今日はこの本を紹介したいんだ。日中は山城の言葉をほとんど使わなかっただろう。でもあなたはもう、ある程度、山城の言葉を聞き取れているし、簡単な言葉は話すことが出来る。同時に文字を学んでもよいだろうと思って」

「ありがとうございます」

「伝承や御伽噺が入っている子ども向けのものなんだが、山城の文字や風土を知るのに適していると思う。今のアウラでも十分に読めると思うよ。少し読んでみようか」


 アウラは頷いた。

 やわらかな灯火に照らされたケイの横顔と、穏やかな声色は心地が良い。昔、小さな頃に、乳母にそうして物語を読み聞かせてもらったことを思い出した。そのときと同じように、彼の声には安心感がある。


 物語は暴れ鷹という凶暴な鷹を退治した王が、鷹の呪を受ける。その呪を解くために、不死鳥を探すたびに出るというものだった。長い話ではない。数分の間、アウラはケイの声が紡ぐ物語に耳を傾けた。


 やがてお話が閉じる。アウラは、もっと聞いていたかったという名残惜しさを感じながら、顔を上げた。


「この物語は、鷹が悪いものとして描かれている。そのことが不思議です」


 アウラは、素直に感想を言葉にした。彼には、取り繕ったものよりも、そのほうが良いと思ったのだ。


「なるほど」


 ケイは感心したように頷く。アウラの感想が新鮮なのだろう。


「ここは自然が険しい。山は恵みをもたらす一方、恐ろしいものだ。雄大な自然の前で、人はあまりに無力。鷹はそういった自然と同じ扱いなんだ。悪いものとしてではなく、畏怖の対象として描かれている。そういった鷹の御伽噺や伝承は、他にもいろいろあるよ」 


 ケイはいくつかの話を読んでくれた。

 アウラはその文字と物語をたどり、彼が生きている土地に根ざしているものについて、理解とまではいかなくても、受け取り、感じる。はじめに話してくれた通り、彼はアウラに、山城のことを知ってもらいたいのだ。


 アウラはケイに対して、人を巻き込む強い意志の力を感じていた。柔和に見えるけれど、彼は内に熱いものを秘めている人だ。その熱意に、いつのまにかアウラ自身にも、知りたいという気持ちが芽生えている。


「今日はこれまでにしよう」


 顔を上げたときには、灯りがひとつ消えて、部屋の中が薄暗くなっていた。柔らかな視線が、アウラの顔を撫でる。こうして間近で見つめられると、彼の佇まいがよくわかった。色素の薄い髪はやわらかそうで、くっきりとした顔立ちは男らしいけれど、眼差しにどこか憂いがある。それで柔和な印象なのかもしれない。


 ケイはアウラの顔を見つめ、しかし一瞬交わった視線を、やんわりと逸らした。

 昨日と同じだった。厚い絨毯からさっと立ち上がると、部屋を出ていこうとする。


 アウラはそのことを、不思議には思わなかった。

 隣りにいる間に、うっすらと感じていたのだ。彼は床入りするわけではなく、ただ、会いに来たのだろうということを。


「ケイ」


 それでもつい呼び止めてしまったのは、心許なさを感じたからだった。彼が目を上げて、こちらを見遣る。アウラは次の言葉を探したけれど、うまく言葉が出てこなかった。彼の視線は優しいけれど、その瞳の奥にある表情は、なんだろう?


「何かな?」

「おやすみなさいませ」


 ケイは微笑んだ。


「うん、おやすみ。アウラ。良い夢を」

 

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