花嫁について
山城には鷹の目と呼ばれる兵団がある。その第二分隊を任されているキョウは、異国からの花嫁を迎える使者として、鷹の兵団を率いた。
王家の男子は、慣習的に青年期を兵団で過ごす。普段は領境の駐屯地を転々としていたが、花嫁を迎えるために、山城の城塞へ戻ってきていた。
花嫁の送迎をおこなったのは、兄から是非にと指名されていたからだが、そうでなくても、兵団が迎えに行くとなれば、王家の者であるキョウが出向かないわけにはいかなかっただろう。
この婚姻は山城にとって外交的に非常に重要な意味合いを含んでおり、それがこれまでの民族の在り方と異なるものであったからだ。
異郷の花嫁。
キョウが初めてその話を聞いたとき、そんなことが実現するのだろうかと訝しんだ。
山城は不二の国でも特殊な場所にある。
下々の民でさえ、他の土地のものと夫婦になるものはいない。そうした文化の中で、山城の王たる他国の王家から嫁を娶るなど、前代未聞であった。
しかしあの兄は、反発するものを説き伏せ、強引にことを成してしまった。暴動が起きなかったのは不思議だ。それだけ人々の間に、芳野が憎いという感情があるのだろう。
スマール国が援助をしてくれれば、この状況を打開できる、と誰もが期待をしたのである。
芳野に頭を下げるくらいなら、異国の血を王家に入れるという冒涜に、目を瞑ることにした。
鷹舎で鷹の世話をしていると、同僚であるタクマが顔を出した。深緑の兵服に身を包み、剣を佩いている。甘い顔立ちの美しい青年だが、文武に秀でており、内に隠した気性は荒い。歴とした山城の男だ。
「どうだった?」
挨拶もそこそこに、タクマが聞いてきた。
キョウは、愛鷹の嘴にネズミの死骸を放りながら、答えた。
「兵たちの、剣の形状がこちらとは随分と違う。あの国は開けた場所で戦うことが多いのだろうな」
「相変わらず堅物だな、キョウは。花嫁に決まっているだろう。美人か?」
「美人?」
キョウは、その言葉の意味を確かめるように聞き返した。
「そんなこと、なんの意味がある?」
正直に告げると、タクマは呆れたようなため息をつく。キョウもまた、わざと下品な物言いをするタクマに眉を顰め――花嫁の様子を思い出した。
タクマだけではない。この山城中が、兄が迎える花嫁について、知りたくてしかたがないのだろう。
キョウにとっては、花嫁の様子は異国の文化や様子をうかがうための材料でしかなく、その本人がどういう人間か、というところに全く意識を向けていなかった。
落ち着いた女だ、と思ったくらいだろうか。
肌は浅黒く、けぶるような美しい黒い瞳に、豊かな黒髪。頭から被った薄衣は、彼女が動くたびにさらさらと揺れ、手首に重ねられた金の腕輪が涼し気な音を立てた。身体に巻き付けるようにして流れる布は、伝統的な花嫁衣装なのであろう。豪奢で、贅を尽くしたものであることがわかった。
その衣服は、山城に着いたあと全て脱がされたのだろう。
婚儀のとき、兄の隣りにいた彼女は山城家の証である金鳳花が刺繍された金の衣装に身を包んでいた。
「度胸がある。初めて鷹に乗っただろうに、叫び声ひとつあげなかった」
山城の者でさえ、鷹を前にすると恐ろしくて動けなくなる者は多い。恐怖を感じなかったわけではないだろう。気丈に振る舞おうとしていたのだ。キョウはそんな彼女に敬意を払い、極力揺らさないようにして運んだ。
「それはそれは」
異国の花嫁が面白いのか、タクマがニヤッと笑う。
「身一つで乗り込んでくるわけだ。そうでもなければ、山城ではやっていけない」
確かに、異国の花嫁を、心から快く思っている山城の民はいなかった。
キョウとて、兄がどうしてかの国の王女などを妻にすることを望んだのか、わからないというのが正直なところだ。スマール国との友好のため、ひいては芳野との戦に援助を受けるため、という名目だが、あの兄はもっと別のことを考えているのではないか……そう思えてならない。それに、他国の手を借ることが、得策とも思えないのだった。
――不吉な予感がする。
言葉にできない、微かな煩わしさ。花嫁の、あの黒々とした強い瞳を見たときから、それが消えない。
タクマに、兄の結婚についての疑問を話そうか、迷った。しかし、彼は氏長の息子であり、仲が良いとはいえ山城家の内情を曝け出してよい相手ではない。山城というのは幾つかの氏長が治める村が集まってまとまっている。タクマは、その最も有力な氏長の息子だ。
キョウは黙って鷹の世話を終えると、タクマと共に鷹舎を出た。