王と王弟
迎えに来た青年は、王弟のようだった。山城には鷹の目という兵団がある。その兵団を率いて、アウラを迎えにきてくれたのだ。
王弟は、キョウと名乗った。
鋭い眼光は、アウラを見定めようとするようで、まるで受け入れられている気がしなかった。なので、アウラも黙って観察をした。山城の男たちはむさくるしい山の男が多いと聞いていたが、キョウという男はまだ年若いせいか、線の細さが残っていて、顔立ちも精悍だった。そして驚くほどの無口。アウラもまだこの国の言葉は難しかったので、ありがたいことではあったのだが、道中はとても和やかとは言い難かった。
アウラは空へと連れられた。
侍女も護衛も無い。
まるで人攫いのような婚姻だと思う。
高い空、しかも生き物の上。籠とは比べ物にならないほど揺れ、アウラは叫び声を堪えた。
「あのあたりは領境に近い。芳野の偵察がいるかもしれないから、ものものしい迎えになった」
背後に跨っているキョウの声が聞こえたが、アウラは我慢するのに必死で、何の反応もできなかった。
山城についての、奇妙な噂。
神秘の一つ。
それがこの鷹だ。
実際に見るまでは半信半疑だったけれど、本当に山城の人々は、巨大な鷹と共に暮らしているらしい。
そうしてたどり着いた山城は、雄大で、簡素で、しかし力強さを感じる地であった。
神様が大きな鉈で大地を真っ二つにしたような深い渓谷に、一族は暮らしている。天然の洞窟を利用した住居が斜面に沿うように広がり、崖の上には石積みの堅牢な城塞が建てられている。
ひょうひょうと音を立てて、谷や建物の隙間を風が通り抜けていく。風の音に混じる、ピイイイと鋭い鷹の鳴き声。山城の城塞に住む者は、風や鷹の声を子守歌に育つ。険しい自然と、鷹と共に生きていた。
アウラは山城の使者と共に、城塞へと入ると、女性たちに引き渡され、まずは粘り気のある温泉で、身体を綺麗にされた。
見事な刺繍がびっしりと施された、金色に輝く衣装に着替えさせられる。山城の婚礼装束なのだろう。ゆったりとしていて動きやすいが、刺繍がほどこされているせいか、布は重い。
「素敵」
ぽつりとつぶやいたアウラの言葉を、山城の人たちはわからなかったようだ。スマール語など、聞いたこともないのだろう。厚手の生地を撫で、にこりと微笑んでみるが、女たちは目を瞬き、そのまま伏せただけだった。
アウラの父が、この婚姻を受け入れた理由の一つがこれだ。不二の国で作られる布製品は、大陸の貴族の間で非常に人気がある。希少なので広く知られているわけではないが、この誰も知らなかった島国に、いち早く父は目をつけた。しかし何度使者を送っても、けんもほろろに送り返される。それでも粘り強く使者を送り続けていたところ、あるとき、使者が予想外の報せ――婚姻について――を持って帰ってきたのだ。
「アウラ様。お時間です」
鏡の前に座っていたアウラは、目を上げた。鏡越しに、新しい侍女が頭を下げている。
聞きとった単語に自信はなかったけれど、時間、と言っていたような気がする。婚儀がはじまると言っているのだろう。
顔合わせのような挨拶でもあるのかと思っていたが、どうやら花婿とは、結婚の儀式が初対面となるらしい。
*
不二の国は不死鳥を信仰している。
それは誰も姿を見たことがない、けれども不二の山深くに棲むという神の鳥だという。
儀式は不死鳥に祈りを捧げることからはじまった。
王の間は松明のあかりがゆらめく、石積みの壁に囲まれた薄暗い広間で、アウラは王の横で同じように跪き、玉座の奥の壁にかかる布……刺繍で象られた不死鳥に向かって頭を垂れた。儀式を取り仕切るのは老いた巫女であった。
王は、予想に反して柔和そうな男だった。栗色の髪の毛に、白い肌。同じ色の瞳は優しげで、弟とは似ても似つかない。顔立ちは似ているとは思うが、雰囲気はまるで正反対だった。アウラと同じ、金色の衣装に身を包んでいる。衣に施された刺繍は、金鳳花。山城家の紋章となっている花だ。
美しい王だった。視線は思慮深く、佇まいは神々しさすらある。若い王には不似合いな威厳だ。
王は、アウラと視線を合わせるなり、淡く微笑んだ。先程の義弟のせいで、歓迎されていないのかもしれないと思っていたアウラは、その柔らかさに驚いた。
アウラを軽んじるのは、その背後にある国を軽んじるのと同じことだ。
王はそのことをきちんとわきまえているのかもしれない。
儀式は予習していた通りの動作を繰り返して、終わった。
宴に参加できるのは男だけだったから、与えられた部屋へ戻ることになる。豪奢な衣装を脱ぎ、夜着に着替えさせられた。侍女は年若い娘で、小動物のような動きでくるくるとよく動いた。編み上げていた髪をほどき、くしけずる。意思の疎通は言葉ではなく、身振り手振りと、簡単な山城の言葉で行われる。
そうしているうちに、山城の王が部屋を訪ねてきた。