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果ての国へ

「アウラ、お前の嫁ぎ先が決まった。山城へ行ってはくれないか」


 父である国王に呼び出されたアウラは、単刀直入にそう告げられた。嫁入りの話自体は、驚くことではなかった。アウラが驚いたのは、その嫁ぎ先だ。


「山城……山城とは、あの不二の国の、ですか?」


 このところ、父がかの国の、とある一族に興味を示していることは知っていた。けれども海を隔てた島国の、奥深くに住まう彼らはとても閉鎖的な民族で、これまで交易すらままならなかったと聞いている。言語も全く違う。耳にする噂は奇妙なものばかりで、謎めいている。


「話を持ちかけてきたのは向こうだ。王の代が変わったこと、山城が長く争っている芳野との関係悪化が背景にあるのだろう。彼らは芳野への牽制のため、私たちとの同盟を選んだ。私はそれを、受けたいと思っている」


 父は豊かな口髭を撫でながら、アウラを見つめた。


「お前は娘たちの中でも、とりわけ賢い。お前が男であったら、家督を譲ることも考えただろう。この嫁入りは、ただ嫁げば良いだけでは無い。山城の国をようく観察してほしい。あの国の秘密を暴き、父のために必要な情報を報せてくれ」

「秘密、ですか……」

「そうだ。だからアウラ、お前に頼みたい。行ってくれるか?」


 戦の最中にある国だ。行けば二度とこの地に戻ってくることは叶わないかもしれない。

 だけど姉妹の中で誰かが行かねばならないとしたら、それは自分だろうと、アウラもわかっていた。

 アウラの母は庶民の出で、この国ではなんの後ろ盾もない。しかし王の娘であるから、こうして他国との繋がりを強めるために、人身御供のように差し出すには都合が良かった。

 とはいえ、父に娘への情がないわけではない。

 小さな頃から、父には可愛がられていた。もしもこんな話が持ち上がらなければ、政とは関係のない、のどかで平和な領地と、不自由の無い結婚を用意してくれただろう。

 それでもこうしてアウラに頼んでいるのは、王として私情を挟めない、それなりの理由があるのだ。

 強国に挟まれたこの国が、末永く平和に続いてゆくための。


 そのことをよくわかっているアウラの答えは、ひとつしかなかつた。


「わかりました。私が行きましょう。妹たちには荷が重いでしょうから」


 本当はアウラにだって荷が重い。

 だけどかわいい妹たちを、自分の代わりに辺境の地へ行かすことなど出来ない。

 アウラが微笑むと、父はほっとしたように、しかし哀愁を帯びた目で頷いた。



 

 それから三月が過ぎ、アウラは母国を出立した。

 山城というのは、険しい高地で暮らす民族だと聞いている。

 アウラが嫁ぐ王はまだ年若い青年だという。代替わりしたばかりで、どんな男かはわからない。

 ――お姉様がそんな僻地へ嫁がされるなんて、可哀想。王と言っても、きっと野蛮で、獣のような男よ。お父様は本当に酷いわ。

 妹姫の言葉を思い出して、アウラはちょっと顔をしかめ、それ以上を考えないように目を閉じた。

 

 一行は樹海の中をすすんでいた。

 籠の中は蒸し暑く、担ぎ手が歩を進めるたびに、ゆらり、ぐらりと揺れて、とてもではないが、快適なみちゆきとは言い難かった。

 隙間から外を覗いてみると、深い緑の闇が広がっている。その果てしない暗闇は、嫁ぎ先がこれまで生きてきた場所とは全く異なる、未知の世界だということを告げていた。


 アウラは父が言っていたことを考えていた。

 山城の秘密を探れ。

 あまりに閉鎖的な民族であるために、婚姻でしか内情を知ることが出来ない山城。その国について、父が欲しいと思っているもの。

 

 これからアウラは、辺境の一族に迎え入れられ、その秘密を探らなければならない。

 かつ、二つの国の友好のために、妃としてうまく立ち回らなければいけないのだ。

 

 やがて、籠が止まった。まだ山道の途中だったから、斜めになったまま籠から降りる。

 籠の外では、祖国から花嫁を送り届けるために旅をしてきた、隊の者たちが傅いていた。一番手前にいるのは、幼少の頃からアウラを知っている近衛隊長だ。

 

「姫様。我々はここまでです」


 涙ぐみそうになっている隊長を見て、アウラは微笑んだ。ラズゥールにはいたずらをして怒られたことが何度もある。そのことを彼も思い出しているのだろう。


「ありがとう、ラズゥール。お父様とお母様には、アウラはつつがなく嫁いだと、そう伝えてください」

 

 アウラは周囲を見渡した。開けた空間には、なにもない。周りは樹木で囲まれ、アウラたちが歩んできた細い道だけが、闇の中へ続いている。

 

「それで、山城の迎えの人達はどこに?」

 

 誰もいない。道もない。いったいどこから現れるのかと、樹木の奥に目を凝らしてみると、鋭く大きな鳴き声が響く。長く響いたその声につられ、アウラは、空を見た。

 

 春の長閑な空に、鷹が飛んでいる。

 何羽も連なって飛んでいる。その小さな影は次第に大きくなり、アウラたちに影を落とした。

 

 ――不二の国は、神秘の国。太古の昔、神々の時代を残す、鷹とともに暮らす民――

 

 いつか寝物語に聞いた話が、アウラの脳裏に浮かんだ。

 

「まさか、本当に……」

 

 アウラが呟くと同時に、巨大な鷹が降り立った。一体、二体、三体。小さな象ほどもある巨体が降り立つと、強風がおこり、アウラはよろめいた。

 うっすら目を開けると、鷹から人が降り立つのが見えた。

 こちらにずんずんと歩いてくる男……まだ年若い青年は、黒髪を一つに結び、王家の紋章を付けていた。

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