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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

お菓子職人の平和な日々

作者: 高月水都

無理やりしたくないとことをさせられたパターンでそこから脱却できる話を書きたかった

 数年前。とある地域にドラゴンが出現して多くの人々が被害にあった。


 当時の国王はドラゴン討伐をさまざまな人に命令して、そこで一人の騎士が名乗りを上げて見事ドラゴンを討伐した。


 王は英雄になった騎士に問い掛けた。

『褒美は何が良い。そなたの希望を述べよ』

 王には自慢の娘がおり、彼女と結婚したいというのなら許すつもりであった。英雄は貴族の子息。身分的にも問題はないし、何よりも娘がその英雄と結婚するのに意欲的だったのだ。


 英雄の父親も王族の姫を受け入れるのに好意的でひそかに準備していると報告も受けていた。


『ならば、メイドに手を出して、子供が出来たからと放逐した挙句、庶子でも政治の役に立つだろうと無理やり貴族教育をさせるために「お前が貴族らしくしないとあの女はどうなるだろうな」と脅して以来会うことも許されていない母と会わせてください』

 だが、英雄の言葉は予想外のものであった。英雄は公爵家の子息だが、正妻の子供ではなくたまたま手を出したメイドの子供で、母子二人で生活していたのに正妻に子供が出来ないからと正妻の子供だと偽るように命じられて育てられたのだ。


 英雄はいつか母と再会できるのを信じて公爵の子供として恥じない生活を送り、騎士となって、ついに英雄になったのだ。


 公爵は英雄の褒美に当然慌てていた。彼にとって自分が手を出した女などすでに記憶の彼方に追いやっており、女から引き離して貴族の暮らしをさせてやったのだから感謝しろと思っていたほどだ。


 それに、すでに女は正妻のストレス発散で亡くなっている。それを隠していたのだ。


『そうですか……』 

 英雄は公爵の言葉に静かに怒りを込めて、

『ならば、もうここに居る意味などない』

 公爵に目に見えない一撃を与えて、王城からあっという間に去って行く。


 それ以来。英雄の行方は分からない――。







「おっちゃん~。お菓子ちょうだい~」

「おっちゃんじゃなくて、お兄ちゃんって言ってほしいけどな~」

 近所の子供のなけなしの小遣いを見て、ウルシェはいくつかのお菓子を子供の見える高さに下げて、

「坊主の持っているお金だとこれのどれかが買えるな。どれにする?」

「うんとね。なあ、おっちゃん。甘くてかわいいやつの方がいいよな……」

 いつもなら即答なのに悩むのは珍しいなと思っているとどうやら誰かのプレゼントのようだ。


「そうだな。この動物型のクッキーとか花の形の焼き菓子とかなら可愛いと思うな」

「そうか……じゃあ、その二つのどっちがいいだろう……」

 悩んでいる子供を横目に包装紙を取り出して、

「選んだらラッピングしてやるよ。ただでな」

 と伝えると、

「そこはおまけで選ばなかった方をくれるもんでしょう。おっちゃん」

 などと言い返される。


「それも考えたが、それを実際にしたら同じ様なことを言ってただで貰いに来る客が増えるだろう」

 だからしないぞと伝えると。


「なんだよ。ケチ」

 と残念そうに返される。


「こっちも商売なんだ」

「チェ~。おっちゃん心狭いよ。……このお花型の焼き菓子にする」

 残念だったなと言葉を返すと、散々な言われ方をするが、それでもしっかり選んだので約束通り焼き菓子をラッピングする。


「あんがとうね」

 手を振って去って行く子供を見送りながら言葉遣いは気を付けろというべきかお礼を言えて偉いというべきかと少し迷ってしまった。


 客足が途切れたので残ってるお菓子を確認していると幾つかお菓子の数がだいぶ少なくなってきた。

(確か、このお菓子の材料も少なくなってきたんだよな……)

 そろそろ調達に行くかと考えていたらちょうどいいタイミングでエプロンを着けた母が現れる。


「母さん。少し出かけてくるよ」

 エプロンを外しながら告げると母は手を振って、

「はいはい。気を付けてね」

 と見送ってくれるので、すぐに準備をして店を出る。


 店を出て、しばらく歩いていると町の人が壁の方を見て何か話をしているのが見える。

「どうしたんです?」

「ああ。ウルシェか。――ドラゴンスレイヤーさまの新しい手配書の金額がまた上がっていてな」

 壁には賞金首になっているドラゴンスレイヤーの似顔絵。


 灰色の髪を短く切り揃え。氷の様に無表情で、黒に見間違える深い藍色の瞳の青年。


「ウルシェと色彩は同じだけど、髪の長さと表情が違うよな。ほんと残念だ。お前を連れて行けば賞金がもらえるって思ったけどな」

 と冗談を告げる男性に、

「不謹慎だ」

 と別の男性が窘める。


「でも、なんで手配されているんだろうな。ドラゴンを倒した英雄さまなのに」

「そりゃ、あれだろ。ドラゴンを倒したお祝いをしている時に実の父親を殺したから」

 そんな人手配したくもなるってという話に、

「でもさ、ドラゴンスレイヤーさまの母親を人質にして、母に会うことだけを目指して頑張っていたのに母親を殺していたって話だろう。そりゃ、ガチ切れてもおかしくないよな」

「そりゃそうだ。俺だって殴っている」

 手配書を見るがどちらかと言えばドラゴンスレイヤーに同情的な話になっていく。


「ウルシェのおっかさんはたまに店に出ているからな。間違えるにしても失礼だろう」

「そりゃそうだ。悪いな。ウルシェ」

「いえ」

 謝られて内心複雑な気持ちになりつつ謝罪を受け入れる。


「まあ、実際こんな金があったら何日酒が飲めるか」

「酒も買えるし、家も豪邸をポンって買えるだろう」

「ああ、こんな金を気軽に出せるなんて羨ましい限りだ」

 ウルシェは腰まで伸ばした一つに束ねた髪をいじりながら苦笑して話を聞いている。


「そういや、ウルシェがエプロンを外しているなんて珍しいな」

 今更気付いたとウルシェの格好を問い掛ける声。


「お菓子の材料が無くなったので取って来ようと」

「ウルシェの菓子はうまいよな。うちのおっかあもダイエットと言いながらもウルシェの菓子を買いに行っているからな」

「ああ。うちんとこもだ」

「ダイエット向けのお菓子も作ったので次回からはそれを買ってください」

「ちゃっかりしているな」

 そんな話をしながら集団から離れようとする。


「そういや、お菓子の材料ってなんだ? 食材ならうちの店であるぞ」

「山に入って蜂蜜取りです」

「そっか、気を付けろよ。あそこの山にはジャイアントハニービーが巣を作っているからな」

「分かってます」

 手を振って、ウルシェが去って行くのを見送りつつ。


「ジャイアントハニービーのせいで普通の蜜蜂がいないと思ったけど、まだいたんだな」

 そんな呟きが誰かから漏れたが、すぐに別の話題で消えていった。







 ジャイアントハニービーとは普通の蜜蜂であったが、巣を守る蜂だけが魔力を持ったことで巨大化して凶暴なモンスターになった蜜蜂のことである。


 そのジャイアントハニービーの蜜は普通の蜜蜂の集める蜜より豊潤で王族しか食せないとまで言われる貴重な食材である。


「さてと。これくらいかな」

 足元にはウルシェの倒したジャイアントハニービーの死骸。


 ウルシェは慣れた手つきで、ジャイアントハニービーの巣から蜂蜜を回収していく。背負っているカバンは見た目の割に蜂蜜の瓶がたくさん入るので大瓶がいくらあっても簡単に運べる。


「ついでに何か調達しないといけないものがあったような……」

 そんなことを呟いた矢先、トレントがこちらに気付いて襲い掛かってくる。


「あっ」

 襲い掛かってきたトレントが美味しいと評判のオニグルミの……いや、トレント化したことでオニグルミだったものが鬼神クルミというレア食材に変化している。倒すのは厄介のはずのトレントだが、ウルシェにとっては珍しいお菓子の材料にしか思えないので新作のお菓子に使えると喜んで収穫することに決めて、食材が傷付かないように最小限の被害に留めてトレントを倒していく。


「鬼神クルミを手に入れたのはいいけど、通常メニューにするには量が少ないから期間限定のお菓子にするか」

 想像するだけでわくわくする。


「それにしても……しつこいな」

 手配書を思い出してぼやいてしまう。


 ウルシェ。一時期名乗らされていた名前は、ヴァルドウルシェードという全く自分の名前と思えない代物だった。母の付けた名前が貴族らしくないというだけで名前を奪われて変な呼ばれ方になっていたのだ。


 彼の母親は貴族に手籠めにされて妊娠させられて捨てられたメイドで、お菓子屋をしていた優しい老夫婦に助けられていなかったら死んでいただろうと話をしていた。


 ウルシェ自身もお菓子屋で育ち、その老夫婦を爺ちゃん婆ちゃんと慕っていて将来はお菓子屋になると思っていた。


 そこで降ってわいた自分が貴族の子供で跡取りがいないからしばらく代理で公爵家の跡取りをやれと言われて貴族としてのあらゆることを叩きこまれた。


 剣技も魔術も毒も叩き込まれて何度死んでもおかしくない状態に追いやられて、幸か不幸か才能が開花してしまった。


 公爵家の自慢の息子と言われる段階になって、正妻が男子を出産。まだ利用価値があるからというだけで騎士団に強制的に送り込まれた。


 そこで件のドラゴンの出現。公爵家からすれば()()()()()()()()()退()()()()()()()()()()()()という展開を期待していたのだろう。


 貴族としての名も上がるし、正式な嫡男が跡を継ぐ時の憂いも消える。


 そんな立場であるのを正妻の子供が生まれた時には理解していたからこそ自分の実力を隠すことにした。


 毒を飲まされ続けた結果毒耐性が出来ていて、虐待の様なしごきで学んだ剣術はとっくの昔に騎士団長の実力を超えていて、魔力枯渇になってもおかしくないほどの魔術訓練によって、使い魔を召喚して、人質にされている母の居場所を突き止められるほど。


 そこまでの力を得ても権力はなかったので、母と共に逃げ続けるにも限界が来ると感じていたため時を待っていた。その間母が正妻の嫌がらせで死に掛けて慌てて母を救出して、安全な場所に保護。それと同時に母の死を偽装した。

 その後の公爵家の反応を見たかったが、結果はある意味予想通りであり、もういいかと騒ぎを起こした。


 つまり、件のドラゴンスレイヤーであったりするが、その頃の自分と連想させるものはないし、死んだ母の復讐で父である公爵を殺したと評判になっているから母親と暮らしている時点で当人だと思われないだろう。


「念願のお菓子屋になれたんだ。一生気付くなよ」

 そんな事を思いながらお菓子屋としての日々は続く。


「ウルシェお帰り。食材いいの見つかったか?」

 そんな問い掛けに、

「ジャイアントハニービーの蜜を見付けたよ」

「ははっ。ジョーダン上手いな~」

 真実を言っても軽く流される環境を今日も過ごしているのであった。





町の人たちは自分たちがすごく貴重な食材で作られたお菓子を食べていることを知らない事実。

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― 新着の感想 ―
「目に見えない一撃」などと誤魔化さず、目に見えるようなグラットンスウィフトでバラバラに引き裂いて欲しいところ。 あと母を虐め殺そうとしたクソ正妻も、しっかりバラバラに引き裂いて晒して欲しいですねぃ。
・虐待の様なしごきで学んだ剣術はとっくの昔に騎士団長の実力を超えていて、 ・魔力枯渇になってもおかしくないほどの魔術訓練によって、使い魔を召喚して、人質にされている母の居場所を突き止められるほど。 …
村人A「王都で評判の菓子を土産に貰ったんだけど、なんかウルシェんとこのお菓子のほうが美味い気がする…、喰ってみる?」 村人B「(モシャモシャ)オレもそんな気がするが、貧乏舌だから王都のハイカラな味がわ…
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