ノノのコレクション
閉店後のショッピングモール。
照明が落ち、館内に残っているのは最低限の警備と、
そしてノノだけ。
展示スペースには、二体の着ぐるみが並んでいた。
茶色のくまちゃんと、ピンクのウサちゃん。
昼間、どれほど写真を撮られ、どれほど子どもたちに触れられても、
二体は微動だにせず、ぬいぐるみとして“存在しつづけていた”。
けれど、ノノにはわかっていた。
中にはまだ、**“心地よく生きている子たち”**がいることを。
「今日もおつかれさま。くまちゃん、ウサちゃん」
ノノは静かに近づき、ふたりのあたまをそっと撫でる。
ふわふわの毛並み。少し湿った布のぬくもり。
中の空気がわずかにこもっているのを感じて、
ノノはうっとりと目を細めた。
「いい子ね……もう、誰にもバレてない。
あなたたちは、完全に“モノ”になった。
――でも、私だけは知ってる。中にいるあなたのこと」
彼女はゆっくりと、くまちゃんの耳元にささやく。
「だいじょうぶ。ちゃんと呼吸してるの、わかってる。
でもね、それは誰にも言わない。
だってこれは、“私だけのコレクション”だから」
ノノの部屋には、展示ケースとは別に、
私物として保管されている着ぐるみたちがいくつもあった。
猫、パンダ、タヌキ……
どれも、以前“中身”がいたもの。
そして今では、静かにその存在を“閉じ込めた”まま、ぬいぐるみとして保存されている。
「そのうち、くまちゃんたちもこっちに連れてきてあげる。
イベントが終わったら、ね?
ちゃんと“私だけのもの”になるの。動かないままで、永遠にね」
ノノにとって、“中身があることを隠し通したぬいぐるみ”こそが、もっとも愛すべき存在だった。
誰にもバレず、誰にも逃げず、ただそこに居ること。
それが、最高のご褒美。
ガラス越しに、くまちゃんとウサちゃんはじっと立っていた。
何も語らず、ただ笑っていた。
でも、ノノには聞こえていた。
小さく、こもった息遣い。
とろけそうな満足の気配。
なにより――「ここにいたい」という、静かな意思が。
「……じゃあ、おやすみ。
明日もまた、かわいく、誰にも気づかれないように笑ってね」
ノノが照明を落とす。
暗い館内に、二体のぬいぐるみが浮かび上がる。
誰の中にも、もう“人間”なんていなかった。
ただ、愛されて保管される“コレクション”として、
今日もそこにいるだけだった。