異世界少女の夢で遭う
いつも通りアマゾンプライムで映画を観ていると、リビングのほうからドスンという振動を感じた。
「おっ来たか」
俺は映画を一時停止して、ヘッドセットを外す。
ずっと同じ姿勢だったので、軽くストレッチ。
「どうだー?」
声をかけながらフスマを開けると、リビングの真ん中に、異世界少女──リーフがうつ伏せで倒れていた。
20000円のソファーの上に。
「お疲れさん」
俺は風呂の準備をする。と言っても、浴槽を軽く洗って、栓を閉めて、ボタンをポチポチするだけだ。
「飯はー?」
「イイー」
「どっちのやつだ」
「ヤッパイルヤツー」
「へいへい」
リーフの頭を撫でていると、お湯が沸いた。
「ほら入れー」
「ハイルー」
リーフは、のったりと体を起こした。
それからもぞもぞ服を脱ぎ出す。
軽鎧もあるので、脱ぎ捨てる度にガチャガチャ音が響いた。
俺はもちろん視線を外して、リーフが風呂に入ったのを音で確認してから、まず脱ぎ捨てられた服は畳んでいつもの場所に揃えた。洗濯したいが鎧は無理だし、そもそもここで得たものは異世界に持ち出せないし、ここで受けた影響は異世界に持ち越せないので意味がない。
そして剣をなんとか持ち上げて、傘立てに。傘立て全体が傾くが、なんとかこらえることは実証済だ。
シャワーの音がする。
俺はリビングの暖房を入れてから、しばらくソファーでくつろぐ。
「アアー!」
小さな叫び声が聞こえる。傷口に染みているのだろう。
リーフの入浴時間は、だいたい1時間ぐらいだ。俺は40分ほど経ったところで、料理の用意を始めた。
電気ケトルでお湯を沸かす。パックご飯を三つ温める。
温め終わったら冷蔵庫に残った、少ししなびたキノコやら半分残った肉やら余ったネギやらを取り出し、ご飯と一緒に雑に炒める。いつ来るかがわかれば、用意もできるんだが。
混ざってきたら、ありったけの調味料をダカダカ入れる。リーフは濃い味が好きだ。肉体労働だしな。
「イイニオイー」
風呂場のドアが開いた。
「あそうだ、すまんすまん」
俺は火を止め、箪笥のリーフ用スペースからジェラピケのパジャマを取り出し、目を逸らしながらリーフの傍に置いた。下着はつけないらしいのでしょうがない。さすがに買いにも行けない。
ふわりと香る、エキゾチックな髪の香り。俺は異世界の香りと呼んでいる。
「アリガトー」
バスタオルで体を拭きながら、リーフは多分笑った。
俺は一旦寝室兼作業部屋に避難して、一息つく。
「ふぅーー」
見慣れた天井を見上げる。
あまり深く考えないようにしているが。
客観的に見ると、不思議な関係だ。
リーフが俺のリビングに突然現れたのは、三ヶ月前のことだ。
さすがに最初は驚いたし、通報しようと思った。剣持ってるし。
しかしリーフは暴れることもなかった、というか常に疲労困憊だったので、肩の力が抜けてしまった。
事情は、ほとんどわからない。相手がカタコトながら話せるようになったも最近のことだ。
わかっているのは、リーフが異世界で眠った時に、稀に何故か俺の家のリビングに飛んでくること。
とにかくリーフが戦っているということ。傷ついていること。
そして、ここで起きたことは異世界のリーフに記憶以外影響を与えられない。つまり、俺にできることはほとんどないこと。
なら、せめてここでは癒されて欲しい、と思う。
俺も仕事で疲れている時もあるし、家にいない時もある。まあそれはしょうがないとして。
こうしてタイミングがあった時は、意味もわからず寄り添っていたい。
ドライヤーの音が聞こえてきたので、ゆっくり襖を開ける。時々全裸でドライヤーしてるので油断できない。
フライパンはまだ温かい。
俺は雑炒めチャーハンをでかい大皿に盛り付け、二人分のスプーンとサイダーを用意する。リーフは炭酸がなんか好きっぽい。
「いただきまーす」「イタダキマース!」
ソファーに並んで座り、二人で両手を合わせる。
俺がスプーンを手に取る前に、リーフはもうチャーハンの山にスプーンを突っ込んでいた。
その後も、目にも止まらぬ速さでチャーハンを食べ続けている。
俺はその姿をほっこり眺める。
強く大きく煌めく、宝石のような瞳。
短くツンツンした、燃えるような赤髪。
健康的に日焼けした肌。
身長は150cmぐらいだろうか。俺より小さいが、筋肉はぎっしり詰まっている。魔力補正なしでも腕相撲でも相撲でも負けた。
「ン?」
俺がじっと見つめていたのに気づいたのか、リーフは首を傾げた。
俺は首を振って、食事に参加する。
しばらくカチャカチャ、モグモグと、食事音だけが響く。
別に気まずい空気ではない。むしろ不思議と心地よい。
食事は一人より、二人のほうが絶対美味しい。
これはマジだ。なんでかわからないが。
リーフが来なくなったら、ペットを飼おうと思っているくらいだ。彼女とかはいないし、できなそうだし。
「ごちそうさま」「ゴチソウサマ!」
食事が終わって、コーンスープも飲み終わった。
リーフはすかさずソファーに寝転び、バンバンとテーブルを叩く。
「はいはい」
俺はリーフの頭側に座り、頭を膝に乗せてやる。そして髪の毛を撫でる。まだ少しひんやりしている。
柔らかい体だ。普通の女性の体と同じかはわからないが、男女差はやはりあるらしい。
リーフはこの小さな体で、頑張っている。
年齢はわからないが、二十歳は超えてないだろうに。
俺が二十歳の時なんか、大学でのんきに授業をサボったり麻雀したり、モラトリアムを満喫してたぞ。
大したもんだなぁ。
「イッテクル」
「ん……そうか」
目が覚めた。
いつの間にか、ソファーに座ったまま寝落ちしていたらしい。
気が付けばリーフは服を勇者服に着替えて、剣を持っていた。
厳密には着替える必要はないが、気分の問題らしい。
穏やかながら、覚悟を決めた目だ。
リーフはほのかに輝いている。一定時間というよりは、異世界のリーフが目覚めた時に帰る感じなのかな、と思っている。
「ミチオ……」
リーフが両手で俺の顔を包むように持ち、スリスリする。
異世界のなんらかの挨拶なのだろうか。まあ、悪い意味ではないだろう。
俺も返してやる。自然と見つめ合うことになる。
「いってらっしゃい。気をつけて」
「イッテラッシャイ。キヲツケテ」
リーフが俺の言葉を反復する。ここは面白いので訂正していない。
リーフは俺から少し離れ、グイ、とガッツポーズした。そうしていると、いかにも勇者だ。
部屋中がまばゆい光に包まれ、俺は思わず目を閉じる。
開いた時、もうリーフの姿はなかった。
「……頑張れよ」
俺は立ち上がり、食器を片付けた。魔王と戦うよりは簡単だった。
勇者がつけたソファーの汚れや、物を動かした痕跡などは、全て消えている。まぼろしだ。
あるいは俺が孤独から幻覚を見てるのか。ありえる。怖すぎる発想だ。
まあ、だとしてもいてくれて有難い。
全く関係のない人でも、頑張っているのを見ると、なんだかやる気が出るものだ。
逆にうっとうしく感じたり、見たくないこともあるが。
まあとにかく、誰とでもベストな距離感がある、ということなんだと思う。たとえ異世界少女とでも。
ということで。
「気合入れるかー」
俺はもらった勇気を使って、SAWXの視聴を再開したのだった。