第7話
「リタ、リタ!?聞こえてる!?」
『…ェリ、ス……ね、ま………っちは……なな、』
「待ってリタ、上手く受け取れてないみたいだ。君の近くに強い魔力を持った魔獣はいない?」
『ぃぅ…、ま、………って……』
「何かしらいるんだね。どうやら僕が行ったほうが早そうだ。」
フェリクスは試験管に向き直ってきっぱりと告げた。
「訓練場まで案内してください。こうなったらいっそ僕が現地に行って治癒を行います。……試験の注意でそれを咎めることは言われていませんでしたから。」
試験監督はゆっくりと頷いて道を示した。
*
フェリクスは立ち尽くしてしまった。
今まで幾度となくジュステ冒険者ギルドでダンジョンに同行させてもらってきた彼でも、これほどまでに強い魔獣が複数群れを成しているのは何回かしか見たことがなかった。
それはフェリクス自身攻撃ができる魔法の使い手ではなかったから、リタが遠ざけていたからなのかもしれない。それでもなお、ギルドの療養室でバイトをしていた時より多い怪我人の数にフェリクスは愕然とせずには居られなかった。
ギルドの訓練場を5つはしまい込めるだろうか。そんな広さを持つ学園の訓練場には辺り一面に雪が敷き詰められ、その上でB級やC級の魔獣が蠢いていた。C級ならまだ、適切に訓練を積んできた者たちが団結すれば倒せるかもしれないが、B級になると国の魔獣の上位10%の強さと言われ格段に倒すのが難しくなる。しかも魔獣の型はバラバラで、毒を持つもの、魔力を持ち魔法を操るもの、空を飛ぶものなど多種多様。故に、この訓練場の魔獣を一網打尽にできる討伐法はない。
そんな中、当然受験生達は悪戦苦闘していた。ただでさえ滑りやすい雪の上、しかもこの気温では科学的視点上、魔術で火を起こすことは不可能なので、魔法でなくては火属性の攻撃は一切できない。魔獣たちはよく訓練されているようで受験生たちに決定的致命傷こそ与えないようにされているようだが、それでもなお怪我を負った受験生は訓練場に配属された在園生や試験官が戦闘に巻き込まれないよう端に寄せて安静にさせていた。中でも自力で動けるものだけが東棟に向かってよたよたと歩いていっている。
フェリクスは訓練場を見渡して、一際目立つ赤い髪を跳ねさせて戦う少女を見つけると通信魔術に声を乗せながら精一杯叫んだ。
「リターーっ!!!」
『魔術越しで叫ぶな!うるさい!』
「物理的にも聞こえるかと思ってーー!!」
『だからうるさい!あと何しに来たの!?』
「そりゃもちろん、僕のテストを受けに来たんだよ!」
『……は?ここで?』
フェリクスは端に寄せられた怪我を負った受験生の山を見た。
「リタさ、怪我してない?」
『わかってるでしょ、私がするわけないって。』
「さすが。」
『…話が見えないんだけど。』
「ううん、ただ、僕の得点になるから怪我しても安心してってこと。…あの東棟で待っていたところでこんな状態の怪我人が来れるはずなかったんだ。ヒーラーたるもの、最前線で戦士の怪我の治癒に当たらなくちゃならない。だからもしリタが怪我をしても、絶対僕がここで治す。いつもに比べれば、試験官さんがいるからリタが僕を庇う必要もないし、リタの足を引っ張るギルドの子供たちだっていない。だから思いっきりやっていい、とだけ伝えようと思って。」
『……ふぅん、そ。わかった。』
「ありがとう、リタ。じゃあまた。」
「ねぇ貴方は怪我してない?」
「うわぁっ!?」
フェリクスはリタとつなげていた通信魔術を解いた瞬間に背後からひょこっと現れた少女に声を掛けられ、とっさに飛び退いた。
「あ、ごめんなさい。こんなところに立ったまま叫んだりブツブツ話したりしているものだから、精神干渉する魔獣に襲われた人の1人かと思ってしまって。」
「あ、いえ、その、通信魔術で話してて…」
「あら、そうだったのね。」
少女はうっとおしげに下ろしたシルバーの髪を揺らした。所作や言葉の美しさから王都の上流階級の出身であることは伺えるが、それ以上にフェリクスを驚かせたのは、少女が羊の毛の赤いニットに麻のシンプルなスカートという戦場より忙しいギルドの厨房でも働けそうな簡素な私服を着ていることだった。
今この訓練場内にいて確認できる在園生は皆制服を着ている。この場で私服であるのは受験生となぜかジュストコートを一様に着ている試験官だけだ。
なるほどではこの銀髪の少女も受験生なのか、とフェリクスは結論付けた。
「君は、戦わなくていいの?」
「ええ、あまり体の訓練はしていなくて。」
「ん?なんで。」
「だって私ヒーラーだもの。」
「…そういうことか。君も、気づいたんだね。」
自分以外のヒーラーが既にこの場にいることにわずかな悔しさを感じながらフェリクスは呟いた。
「当たり前でしょう?放送によれば魔獣はそれなりの数いるはずなのに東棟に訪れる患者は皆治癒魔法なんかなくともいずれ治る軽症者ばかり。そんなのきっとおかしいと思って実際に戦場に来させてもらったら、案の定在園生が重症者をここに留まらせて治しちゃってた。」
ヒーラー志望だけど来年度の進級が危うい人たちみたいよ、と彼女はフェリクスに耳打ちした。
「貴方も同じ?」
「うん。僕はほぼ直感だけど、でもそう思って来た。」
「ふふ、じゃあ同志ね。」
少女が優しく微笑んで手を差し伸べ、フェリクスは握手を交わした。
銀髪の少女は、名をセレナ・フェランと言った。