第4話
リタとフェリクスは異様な雰囲気を感じ取りながら急速にサンドウィッチを口に詰め込んで館内放送に耳を傾けた。
「兵学部受験生の皆様にご連絡致します。午後0時30分より、東棟B館、2階にて、実技試験第一選考を行います。受験生は、受験番号ごとに割り当てられた部屋を確認し、入室してください。繰り返します…」
「…実技試験の話みたいだね。」
「何やらされるんだか。」
「ねえ待ってリタ。今のあれ、兵学部受験生の皆さんって言った?」
「そうだね?」
「ということは僕達はまた戦略学科と同じ試験…?」
「えぇ?戦わないってこと?」
「うーん、でもこれって一次選考って言っていたよな、じゃあもしかしたら二次選考ってやつで戦闘があるのかもしれない。いやでもそうしたら戦闘可能属性を持っていない僕は魔術で対応しなくちゃならないから圧倒的に反応速度が劣って不利。この学園は数多くのヒーラーも輩出しているしそう考えると治癒属性のための試験だってあるはず。なら僕はやっぱり戦わなくてもいい…?いやそれでもし戦闘学科に入れていたら近衛兵の中の治癒属性比率はもっと上がるはずだよな、じゃあおかしい。そう考えると…」
「フェリクスー?ぶつぶつ言ってると遅れるよー。置いてって良いー?」
「あ、待って!てかなんでもう食べ終わってるんだよ、しかもぶつぶつってなんだよ!?」
口いっぱいに詰め込んだサンドウィッチを咀嚼しながら先にすたすたと歩き去っていくリタをフェリクスは慌てて追いかけた。おかげさまで持ってきた弁当は半分ほども食べられていない。
どっちみちそこまで食欲もなかったし別にいいか、と割り切ってフェリクスとリタは同時に部屋割を見た。今度もやはりフェリクスとリタはかぶらなかった。
今回の試験は同室の受験生が3人しかいない。B館東棟はB館に通う生徒の寮であるようで、どうやら兵学部の使われていない寮室を今日は試験部屋にしているらしい。いざ入ってみた部屋は例えるならホテルのシンプルなスイートのような様子だった。しかしフェリクスからしてみれば、子爵家の自室よりも良い環境かもしれない、と思うほどには良い部屋だった。
と、部屋をまじまじと見渡していたところ、目の前に人が座っているのに気づき文字通りに一歩飛び退いた。
「ふふ、驚かせてすまないね。君が着くのが一番早かった。いい心がけだ。」
「あ、はあ、どうも。」
「どうぞ座って。他の受験生が来るまで待っていて。」
「は、はい。ありがとうございます。」
思わずほぼ条件反射で簡易的な騎士の礼を返し、席には着いたものの沈黙が気まずい。というより試験監督の服装が気になる。明らかに女性の声だったのに、なぜ装いがブラウスにジュストコートなのか。…いや、そういう趣味だろう、あえて突っ込むまい。
…でも、何か話すべきなのだろうか。異質すぎる空間と沈黙があまりに不自然だ。ここは受験生らしく自分を売り込んだべきか?いやそんなことをして逆に印象が落ちたらどうする、でもだんまりもきっとよくない……などと考えてフェリクスが口を開きかけた瞬間、ガチャリとドアが開いて少女が入ってきた。
「失礼いたします、オディール辺境伯家が長女、アーシャ・ティル=オディールと申します。本日はよろしくお願いいたします。」
ハキハキと、しかし少しの威圧感もなく聞き取りやすい声で話すと、彼女は手本のようなカーテシーをしてにこりと微笑んだ。辺境伯令嬢と名乗ったが、王都に住む貴族のフェリクスから見ても全く田舎臭くないほど彼女の所作は完璧で洗練されていた。
「ご丁寧にどうも。お席へどうぞ、セニョリータ。」
「ありがとう御座います。」
そう、さらに驚くべきはこの少女こそがフェリクスが午前の哲学の筆記試験中に議論をしたアーシャだということだった。じわじわとサンドウィッチの消化と共に血糖値が上がるにつれ、夢中すぎて忘れていた哲学の試験中の記憶を取り戻し始めたフェリクスはまた彼女と試験を共に受けられることにフェリクスは若干の恐怖を覚えた。
そう、何を隠そうこの少女頭の回転が速いのだ。
過去12年(実に彼の人生の長さに当たる)分の学園の入学試験問題を解いてきたフェリクスでも、今回の哲学の問題は過去有数の難しさだと思っていた。今まで哲学筆記試験の傾向として、学園は近々の内容に関する哲学的考察や国に求められることを問う問題が多かった。だからこそ、フェリクスは最近発表された木属性のある高等魔法を昇華した魔術に対して哲学的観点を問われるとばかり思っていたのだ。
しかし今回の問題は「人間を人間たらしめる能力とは何か。」という極めて抽象的なものであった。これはかなり想定外だった。しかし試験が始まるなり隣の席のアーシャは何個か論点を上げてフェリクスにこう意見を求めたのである。
『私は、言語能力、創作力、協調性は考え付いたのだけど、他に意見はあるかしら?』
少しも過去問を解かないで学園を受ける人はいない。少しも焦りを見せないアーシャの姿にフェリクスは驚いた。あまつさえ問題提起してくれる人がいたなんて!
フェリクスは俄然奮起した。
幸いなことに、彼は具体的な既存の意見を掘り下げることには非常に長けていたのだ。
『どうかな。言語能力は他の動物にないことは証明されていないから書くのは少し危険だ。そもそも何をもって言語を定義するかも難しいしね。加えて協調性に関しては、働きアリも持っている。でも創作性っていうのは今のところ明確な反対意見はないな。少なくとも類人猿以下には持っていないことが証明できているはずだ。』
『そうね。なるほど、それなら創造性について考察した哲学者の言でいうと…』
『それでいうと同じ時代にそれのアンチテーゼをした…』
…全く想像していなかったほどの深い討論になっていった。そういうわけで、フェリクスの中で彼女には一つの借りと劣等感があったのだ。しかもまたもやフェリクスは面接の第一印象の時点で彼女に大きく引けを取っていた。挨拶の時に場を和ませればよかったのか、やり直したいな、とフェリクスはほぞをかんだ。もっとも、やり直したところで人見知りが発動して失態を晒すことは目に見えているけれど。
今度こそ絶対に負けてたまるか、とフェリクスが決意を固めているうちに試験室にもう一人の受験者が集まってきた。最後の同室は平民の男子だった。辺境伯爵家から平民まで同じ空間にいるというは、身分で隔絶された王都の生活に慣れていたフェリクスからするとなんとも奇妙なことである。これが「開かれた学園」か、と彼はしみじみと実感した。
件の男装令嬢が満を持して口を開いた。
「1時半になりましたので、試験を開始します。
この面接試験では、戦略・戦術学科に関わらず兵学部を志望するすべての受験生の魔術コントロール力を見ます。」