第10話-2
突然の放送による混乱と学園長の不在によりトルネーオは休止が申し渡された。観客もしらけ始め、前代未聞の事態に浮足立ったジャーナリスト達の手だけが止まらずに動いている競技場の中で、戦闘学科の生徒は持て余した熱の行き場を失っていた。次世代の勇者と平民のトップともいえるギルドの跡取り娘との試合を、存外どの生徒も心待ちにしていたのだ。
さて、第一競技場にはそんな戦闘学科の生徒の屈強な体を押し分け進む一人の少年がいた。フェリクスのルームメイト、ジョヴァンニだ。彼もまた、宰相が息子を呼び出す放送をしたのを兵学部の図書館で聞いていた。そしてジョヴァンニはそれを聞いたらいてもたってもいられぬ理由があった。
『フェルナンデス家たる者、王家の影として付き合え。宰相が王の右に枢密院が王の左に立つとき、フェルナンデスは王の背後にて槍を交えよ。王の有事には、誰より早く馳せ参じよ。』
それがジョヴァンニが幼少の頃から言い聞かされた言葉だった。
ジョヴァンニはこのトルネーオが始まる前に、実家に帰って現在の王宮におけるある話を聞かされていた。宰相が息子を巻き込んで宮廷に行かなければならない理由。それがもし、ジョヴァンニの予想しているものだとすれば、彼はとりあえず剣を手に入れなければならなかった。寮の部屋に帰っても、戦略学科でもお目こぼしがもらえる程度の暗器しか持っていないので意味がない。手ごろな短剣でいい、この混乱が続いているうちに早く学園を出て王宮へ行かなければ。
ジョヴァンニが器具庫に置かれていた誰かの短剣に手を伸ばした、その時だった。
「なんのつもり、ジョヴァンニ・フェルナンデス。それはわたくしのものよ。」
冷ややかなアーシャ・ティル=オディールの声がジョヴァンニの動きを止めた。
「…いや、戦闘学科の皆さんはどんな武器を使っていらっしゃるのか興味があって。」
「あら、なら方法が悪いわね。戦いに頭を使われる賢い方にしては思慮が足らないのではなくて?…正しく乞うたなら、わずかな間でも御貸しすることもやぶさかではなかったのに。」
この言い方にジョヴァンニはカチンときた。異常に焦っていたのもあるかもしれない。彼は相手が淑女であることも忘れてアーシャを力任せに突き放すと、その短剣を手に取って空間魔術を展開した。外面を取り繕っている心の余裕はもうなかった。
「悪ぃな、属国のご令嬢。あんたの相手してる暇はないんだ。」
捨て台詞と共に、ジョヴァンニは姿を消した。
*
「本当に、ここなんですか。」
「…ここから、アイツの気配がする。ここじゃなきゃ、分からない。」
「どこにいるんでしょう…ロベルトさん…」
フェリクスには確信があった。
学園長もリタもロベルト・セールズと今日学園で会えたはずなのだと。
その2人にロベルトが会わなくてはならない理由があったと。
だからフェリクスはセネンに頼み込んだのだ。『嫌な予感がする、ロベルトの居場所を探ってほしい。そこに自分を連れて行ってほしい。』と。
「でも、アイツが、宮殿に?」
「普段のロベルトさんなら最も来ないところでしょうが、今日のロベルトさんの行動は明らかにらしくない。だから居るかもしれない。」
だだっ広く豪奢で威圧的な宮殿の廊下には人の気配もせず、西に傾き出した太陽が大きな窓から光を注いでいた。この王都の宮殿の中でも西の果てに位置する聖堂への廊下は、それはそれは神聖な雰囲気に包まれており、闇属性にはキツいほどの明るさであった。本当ならロベルトもセネンもアデラも忌避しただろう。でもセネンは、確かに廊下の先にロベルトの魔法の匂いを嗅ぎ取っていた。あちらが、セネンに気がついているのもなんとなく分かっていた。
『ロベルト、アデラ、聞こえているなら教えてくれ。僕は近くにいる。ここで何が起きてる?なにに首を突っ込んでるんだ、君達は。』
届かなくてもいい、聞こえなくてもいい。少しずつ体力を削いでいく光の強さに抗うように、セネンは伝達魔法をなるべく遠くまで飛ばした。
うるさい静寂の中、フェリクスだけが急に黙り込んだセネンを怪訝そう見ていた。
数拍数えた後、背後で転移魔法の匂いが舞った。




