第9話-1
「あぁ、ちょっと、ファラくん!フェリクス・ファラくん!!」
トルネーオ当日。朝っぱらから準備の大詰めに駆り出されていたフェリクスは本棟の下の広場をを通り過ぎたところで誰かに呼び止められた。二人組の新聞記者のようだ。許可も得ずにバシャッとカメラのフラッシュを浴びせられたフェリクスは一瞬にしてこの二人が嫌いになった。
「私日刊ステラ新聞ジャスグ支社のものでございます、ついに戦闘学科にとっては最初にして最大の行事であるトルネーオの当日となったわけですが、さしあたってのお気持ちなどどのようでしょうか?」
2人のうち片方は右手でカメラをしまいながら左手に持った集音器をフェリクスに向け、もう片方は稼働中の巨大な録音機を肩に担いでいる。記者は立て板に水のごとくすらすらと話しながらずいっとフェリクスに近づいた。
「……はぁ…まぁ…。」
「昨日のリハーサルなどのこともお聞かせ願えますか?」
「あの、……僕は戦う側ではなくて、両親と同じ治癒師ですので…」
縮こまって腕の中の薬瓶を隠すようにそそくさと去るフェリクスを尻目に、記者たちは諦めて器具を整え直した。
「っち…せっかくファラ子爵だったってのに。喋ってくれねぇってか。」
「おい、お前のせいで録音機の設定やり直しじゃねえか。」
「知るか、俺のせいじゃねえ。あーあ、身分差恋愛以上に売れるゴシップなんかありゃしねえよ。」
「あの様子じゃ噂のギルド娘と一緒にいそうもないしなぁ。けどなんのネタもなしに本社帰るわけにはいかねぇよ。」
「それだけじゃないぜ、どうするこれで他社にはもうネタが売られてたら。」
「いっそ俺たちは勇者サマの試合結果を盛って書くしかねえかもな。」
フェリクスはいてもたってもいられなくなって本棟の門を走ってくぐった。息が上がるのもはしたないのも気にせず螺旋階段を一段飛ばしで駆け上がる。今日は特別属性魔法実習室が高い位置にあってよかった。きっと上に着くころにはこんなひどい顔はしていないだろうから。
自分とリタが良からぬ噂になっていることはフェリクスはもちろん知っていた。ファラ子爵家は王族の健康を管理する治癒師の家系で、フェリクスは生まれた当初からその家の跡継ぎとして一目置かれていた。そしてギルドは平民の集合体ながらも、今や経済を動かす力を持つ一大組織だ。しかも弱小競合していた冒険者ギルドが吸収合併されてジュステ冒険者ギルドだけの独占状態になった今、ジュステ冒険者ギルドの後継者であるリタと王族派名家の跡継ぎであるフェリクスが結託することは貴族派にも大きな影響を与える。
しかし”ゴシップ”という意味になれば、話は違う。自分たちはもうそういう年頃で、年頃の男女が一緒に仲良くするには色んな憶測が付きまといすぎる。ギルドと貴族の友好以上に世間が何を求めているのか、フェリクスはこの時になってはじめてわかった。それがフェリクスには極めて恥ずかしくて、腹立たしくて、恐かった。
こんな時に限って、途中で階段を下りてくるロメルとすれ違った。普段荒々しい挙動をしないフェリクスの慌てた様子に彼は驚いているようだった。
「フェリクスくん、どうしたんだい。その顔。」
フェリクスは顔を背けて走りつづけた。止まってはいけない気がした。その日初めて、フェリクスは人を無視した。
*
リタが自分の競技場にたどり着いた時には、運営本部でこの日のために雇われた上級生のアルバイトがてきぱきと働き始めていた。連日報道者のみならず在校生の保護者である貴族や国家要人、他国の外交官をも招く一大イベントなのだから、その警備の厚さと言ったら普段の比ではなかった。
「パルーマ王立学園兵学部戦闘学科模擬試合トルネーオ、運営本部はこちらです!!観覧券をお持ちのお客様は一列になってお掛けになりお待ちくださいませ!!」
「お客様、お飲み物の持参はお断りさせていただいております、申し訳ございませんがこちらは私たちで預かってもよろしいでしょうか。」
「盛況ですねー。」
「だな、例年通りのバカ騒ぎだ。」
そして戦いの準備をするリタの傍らには、ここ長らく姿を消していたロベルトの姿があった。
「センパイ、今まで何してたんですか。フェリクス、うちに来た次の日からからずっと居ないんだってソワソワしてましたよ。『僕が何か粗相をしてしまったのかなぁ』って。」
「んなことはねえけど…。まぁ、いろいろあってな。」
「研究?」
「そんな感じ。」
「じゃあまたいなくなっちゃうんだ。」
「まぁ今日中には居なくなっちゃうな。」
「つまんないの。あたしの試合、見ていけばいいのに。」
「へぇ、随分自信がおありのようで。」
「ロメルとやるんだ。マルティンには一昨日、一応勝てたんだけどギリギリだった。良くて勝負は引き分けだろうけど、がっかりはさせないよ?」
「それは興味深いけどなぁ、生憎俺はそこまで暇な人間じゃなくてね。」
「ふぅん、そ。」
ロベルトは剣の手入れをするリタをじっと眺めた。薄っぺらい長身を天幕の骨に預け、物憂げにリタを観察する様は絵にはなっていたが、どこか計り知れなく暗い雰囲気を漂わせていた。いつもの皮肉っぽい感じは控えめで、まるで彼にしては珍しく何かに慎重になっているようだった。
「何かあったの?」
リタは訊いた。
「…まぁ、な。」
歯切れの悪い返事からして、何かあったのは間違いなかった。天才と名高いロベルトのことだ、研究以上に面倒臭いことに煩わされているかもしれない。
(貴族のごちゃごちゃは、わかんないや。)
リタは磨き終わった自分の剣を天幕の入り口からわずかに差し込む光で照らしてみた。学園に通う多くの貴族の同級生と違って、彼女の剣はオーダーメイドの銀剣などではない。本当にごく普通の、その辺で買った安い鉄剣である。なのに今まで数々のダンジョンと死地を共に乗り越えてきたそれの柄は、彼女の手にすっと合うのだ。女子からぬ無数の剣だこができた手は、リタにとっては何にも代えがたい努力の証で自信の源だった。
「ねえ、アタシ、頑張るよ。」
その呟きを果たしてロベルトは聞いていたのか。返事がないのを不審に思ったリタが振り向いたときには、天幕のどこにも黒髪の青年の姿はなかった。




