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パルーマの学び舎  作者: ヒカル
本編 1st Grade
32/43

第8話-1

 時は目まぐるしく通り過ぎて行った。


 入学した寒々しい春の日は既に遠く、夏が目前に迫ってきている。相変わらず、あれからロベルトの消息は分からないままだ。学内ではちらほらと長期休暇の話が出始め、貴族子女の多くは避暑のために領地に帰る準備をする。しかし長期休暇に入る前の兵学部生がこの時期に何よりも忘れてはいけないのが、トルネーオだ。

 とは言っても、ヒーラー志望であるフェリクスは戦闘学科ではあるが競技場には出ない。ずっと看護病棟で戦って負傷した生徒のヒールを行うことになっている。


「トルネーオの組み合わせが発表されたよ、フェリクス。」


 いつもの4限の実習室。ロメルがフェリクスに問いかけた。


「全く、今年も気の抜けない相手が多くて困るよ。」


「ロメルさんが気の抜けない相手ですか。」


「リタ・ジュステ嬢やソフィア・ジェペス様、アーシャ・ティル=オディール嬢も相当な手練れだと聞いている。加えて2年3年にもマルティンやセネンがいるからね。」


「5年生と6年生の方は恐れていらっしゃらないのですか?」


「まぁ、そう。長い事戦い方の癖を見て分析してあるから多分大丈夫じゃないかな。もちろんトルネーオの経験知的に侮れない部分はあるけど。」


 見上げたものだ。自分も先輩のことは歯牙にもかけないクールな男になれぬものかとフェリクスは少しむくれた。性格上どうやら無理そうである。


「ついに…ついにきてしまったか……このシーズンが…」

「……ニセタさん!?」


 カーテンの裏から生気が失われ幽霊のような顔をして現れたニセタにフェリクスは絶叫した。

 その背後からセレナも現れる。その顔は何とも言えない気まずそうな感情を如実に表していた。


「今日の内にトルネーオで必要になりそうな薬品が全部在庫あるか確認しようって話になったのだけど、今日ずっとニセタさんがこんな感じでダウナーで…。」


「そりゃそうだよ…。はは…。トルネーオと書いて地獄と読む…。ははは…。」


「え、えぇ…。」


「まぁ…。ほら、二人とも、はじめのうちは大変だろうが、試合が進むにつれて犠牲者も減るからさ。」


「だから楽になるって言うんですか…?ねえロメルさん…。楽になるわけないでしょう…?」


「あ、うっ…。」


 ゆらり、とニセタはロメルの背後に回りこみ、彼の肩越しに顔を除くとグチグチと恨み言を吹き込んだ。


「ただでさえ教育学部の魔法学科にいる治癒魔法手の手を借りても一人で3時間50人で裁いて行かないと到底陽が沈むまでに終わらない上に、どっかの誰かさんたちが光魔法やら闇魔法やらをガンガン使って滅多打ちにするせいで、ありえないほどの傷を負った患者多数。ねえロメルさん、トルネーオの最初の方の相手は普段手合わせしてるアデラさんやセネンさんみたいな特別光魔法に強くて慣れてる超人ではなく普通の属性の普通の騎士達なんですよ。よくよく考えてから使う手は決めて欲しいですよね。光魔法の傷を治す薬がいくらするか分かってるんですか?だいたいあの薬は…」


「ごめん、ごめんって!手加減するからっ…!僕が悪かったから…!!」



「…まぁまぁ、お二人方、大事なトルネーオの前に言い争いはやめましょう?今年からはわたくしたちも入る事ですし!」

「微力ながら、ニセタ先輩のお役に立つことくらいはできるかと。」


 苦笑いのフェリクスとセレナの必死のフォローにとりあえずニセタも文句を言い尽くして少し気が済んだのか、これみよがしに深々とため息をついてカーテンの裏へと帰っていった。




*




「やっと、やっと見つけた…!!」


 辺りには散乱した古本の数々。中には手に取っただけで崩壊しそうなほどボロボロに装丁の崩れた書籍もある。紙と言う紙に囲まれた、否、文字通りに埋もれた状況下で、ロベルト・セールズは高らかに笑った。濃紺交じりの黒い髪を揺らし、群青色の瞳で天を仰ぎ、いつもの露悪趣味は一切感じさせない、むしろあどけないとも言える、それはそれは会心の笑みだった。



「やっぱり、あの方々はこれを隠したかったんだ!そうだよ、俺の仮説は間違ってなかった!

 ……遥々、ここまで帰ってきてよかった。そうでなきゃこの文書にも出会えてはいなかったし。これで疑問は絞られた。残されるはこの矛盾だけ。いやしかし、なぜこの本もこの文書も、わずかに魔法の痕跡を感じるんだ…?みたところ古き時代の筆記魔法の使われた形跡でもねぇよなぁ。これはまだまだ解析のし甲斐がある。まずは…これだ。」


 薄汚れた紙をつまみ上げて彼がニィと笑ったその時、ロベルトはふと背後に人の気配を感じた。


 おかしい。この廃墟と化した田舎の図書館に、彼以外の人がいるはずがない。

 ロベルトは恐る恐る振り向くと、その端正な童顔をわかりやすく歪めた。



「…なぜ、ここに。」


「何が分かったというのだ、セールズの嫡男よ。」


「…貴殿に教える理由など。」


「神童だ賢者だと崇められるのも納得だな。君がここの出身であったならば。」


「さあ?なんのことだか。」


「ふん、若造が。まぁ話したくなければ良い。


―――今は、な。」



 次の瞬間、ロベルトはどこからともなく現れた大柄な男たちに囲まれた。とっさに転移魔法で逃げようとしたがこの廃墟に入るときに座標を設定する装置を外してしまったため発動できない。呆気なく腕を後ろ手に固定され、背中を踏みつけられ、地面に倒される。慣れない痛みに唸る事しかできないロベルトはこの時初めて、自分の非力さを悔やんだ。



「あとでゆっくり、話は聞こう。」



 ロベルトを拘束した男の一人が重そうな何かを振り上げ、それを真っ直ぐロベルトに向かって叩きつけた。




 そこでロベルトの意識は、プツリと途絶えた。

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