第7話-2
「なるほど、それで私がこの部屋に来た時皆さんいらっしゃらなかったんですね…。」
「すまない、セレナ。」
「いえ。アデラさんはリタ嬢を庇っていらしたんですものね。それはそうですよ、誰しも平民の女の子が令嬢に寄って集って責め立てられていたら庇いたくなっちゃいます。」
「それがどうやら、リタ嬢はそうではなかったようなんだけれど。」
「まぁ、リタですから…。」
フェリクスは苦笑いしながら答えた。
「そうだ、フェリクスはリタ嬢と特別仲が良かったね。」
「はい、幼いころから同じ師に剣を習いまして。」
「へえ、兄弟弟子ってことか。それはいいね。得難いものだ。」
「どの口が言うんだい。ロメル、君、自分の弟弟子のマルティンのことはこの前の手合わせで叩きのめしていたじゃないか。」
セミナリオの器具を整頓しながら、アデラが口を挟む。
「……愛のムチだよ。」
「臣下への?」
「あぁ。」
「さすが、勇者様は貴族の鑑だね。」
「貴女ほどではありませんよ、"男装の麗人" アデラ・バエズ嬢。」
「そうか、今度のトルネーオは、リタ嬢が君を負かすに300ペータ賭けよう。」
「それはそれは、どうぞお楽しみに?」
…はは、仲がいいようで何よりだ。
その時、普段は無遠慮に開けられるドアの向こうからノックが聞こえた。もしかしたら何かの気まぐれでロベルトが帰ってきたのかもしれない、と期待を込めてニセタが応答する。
「本日この部屋は特別属性魔法実習室です、どちら様でしょうか?」
重厚なドア越しに、相手からのくぐもった声が聞こえた。
それは透き通って高貴な、美しい声だった。
「アデラはいるかしら。」
声を聞いた途端、ニセタ、ロメル、そしてアデラがわかりやすく体を強張らせた。
フェリクスには相手が誰なのか皆目見当がつかないが、アデラを呼び捨てにすることができる人は少なくとも侯爵以上。限られた人しかいないはずだ。
「は、はい。いらっしゃいます。ただいま鍵を開けます。」
慌てた様子のニセタが扉を開ける。そのさきに居た人物を一目見た瞬間、フェリクスを含むその部屋にいた全ての人が瞬時に臣下の礼を取った。
コツ、とヒールを鳴らして一歩部屋に入ってきたのは。
「突然の訪問なのに入れてくださってありがとう、ミラン。皆さんどうぞ楽になさって。アデラと、ロメルも居たのね。ちょうど良かった、2人にお話があってよ。あら、そちらはファラ子爵夫妻のご子息と、フェラン伯爵令嬢かしら。
フェリクス・ファラ、セレナ・フェラン。お初にお目にかかります。わたくしはシルヴィア・ジェペスと申します。」
*
シルヴィア・ジェペス。その名から分かる通り、ソフィアの姉であり、誇り高きジェペス公爵家の長女。そして最も特筆すべきは、彼女こそが我が国の唯一の王子、ルーカス・パルーマ・エラン殿下の婚約者であるということだ。
ジェペス家は貴族派の筆頭なのに対し、バエズ家は王族派の筆頭。先王陛下が即位なさった時、両家は拮抗していたものの健全な関係にあった。そこで陛下は、バエズ家当主を宰相に、ジェペス家をリューエット公にすることで両家のすみ分けを規定した。リューエットは海上貿易で栄える我が国にとっては欠かすことのできない主要貿易地。こうして勢力の均衡は保たれていたのだ。
現王の代にもそれは引き継がれたのだが、あいにく現王は政治に関心がなかった。女と音楽に現を抜かした現王に統率力があるはずもなく、絶対的権力者を失った貴族は王族派と貴族派、そして中立派に分断された。特に経済を把握したジェペスと政治を把握したバエズの争いは激化し、やがてそれは王族派貴族と貴族派貴族の内紛にまで発展した。現在に至ってもなお、水面下での領地間争いは絶えない。
そこで一石を投じたのが、シルヴィアとルーカスの婚約だった。ルーカスは優秀でしかも唯一の王子。その妻に娘がなれば、政治の実権もジェペスが握ることになるのも時間の問題となる。しかもそれだけではない。王族を尊ぶことをモットーとしている王族派は、将来王族となる人に楯突くことができないという弱点があるのだ。
アデラ・バエズにとって、シルヴィア・ジェペスとは自分の家だけでなく自分の派閥へのトドメとなるまさに宿敵なのだ。
「……シルヴィア様。お呼びとあらば、ご足労頂かずともみずから参りましたものを。」
「いいのよ、わたくしが貴方達と話したくて来たの。」
「こちらの部屋は限られた生徒しか使用を許されておりません。よろしければ、中庭にて…。」
「急を要することよ。」
「…どうぞ、お座りくださいませ。皆、今日のセミナリオは中止だ。ロメル以外は各自寮に帰ってくれ。」
なんとかしてセミナリオでの面倒事を避けようとするアデラと、それをピシャリと叩き切るシルヴィア。フェリクス達がアデラ・バエズの退出を促す言葉に従わないはずがなかった。




