第3話
そもそも学園は、筆記試験に至るまでの過程さえも厳しい。
この国に戸籍を持つ子供は10歳の時に全員検査を受け、先天的に持って生まれたMP、後天的に伸ばしたMP、身体能力、魔術習熟度、属性を調べられる。学園は願書に載せられたその情報をもとに選考し、入学試験を受験するに値すると判断した受験生にのみ、筆記試験及び実技試験の受験番号と受験日時の載った手紙を発送するのだ。
筆記試験からは志望学部によって分けられてより詳しく選考される。受験生は各々自分が志望する学部学科が用意した問題に、その教室で臨むことになる。
フェリクスが志望する兵学部の筆記試験は、数学・言語・魔術理論・哲学・兵学の5教科、500点満点とされ、どの教科も一般の国内の学校における15~18歳が学ぶ内容を完全に習熟していることが求められる。それは現段階でまだ12歳になったばかりのフェリクスには簡単なことではなかった。しかしそれは他の受験生に対しても同じで、噂によると合格するには全教科75点は必要であるのにも関わらず、毎年受験生平均点は30点にも満たないらしかった。まして全教科満点なんていうのは学園の900年以上ある長い歴史上にも3人しかいない。
加えて最悪なことに、学科ごとの細かい適性を見る午後の実技試験の内容は毎年変わっておりその実情は完全に門外不出。つまり実技試験に関して、フェリクス達は特に対策をとることができないでいた。
フェリクスは午後の実技試験への恐怖を抱えながらも筆記試験に臨んだ。
数学はフェリクスの得意な教科だが、彼は言語に関しては苦手意識があった。学園の言語の問題は、その場で未知の言語で書かれた文章を読んで文法を類推し与えられたパルーマ語をその言語に訳して解答したり、その逆を行ったり、果てにはその言語で文章を読解し問いに答えなくてはならなかったりした。どうして好きになれるだろう、と今なおフェリクスは思っている。
魔術理論とは魔術の構造や魔術がどのようにして魔法を模倣し発展していったかを問う問題である。覚えればいいだけの教科なのでここは点を落とすわけにはいかない。
そして哲学。これは限られた時間の中で隣人と意見を交わし(この時間内だけ試験中の私語が肯定される)、問われた哲学的問いについていかに深く考えを巡らせ、自分らしい答えを述べられるかが問われる。参考にした先人がいることや論理的でありながら抽象的になりすぎない表現力が必要で、知識、思考力ともに高いレベルが求められた。
最後に兵学の試験があるが、これは実地的な経験から得られる知識がものを言う。子爵の跡取り息子でありながら親の目を盗んではリタの家が営む冒険者ギルドで昼の間ずっと遊んでいたフェリクスにとって、武器の扱いやら各種魔獣の急所、身のこなしなどの理論は一通り頭に入っている。ただ試験時間が足らず、比較的苦手とする戦略分野で迅速な選択肢判断が求められるのがフェリクスを苦しませた。
そんなわけで、フェリクスは筆記試験を終えて昼ごはんのために試験教室を出た時にはもう既に疲労困憊であった。
遠く視線の先ではリタが彼女の昼ごはんを片手に手を振っていたが到底駆け寄る気にもなれずフェリクスはよたよたとだだっ広い兵学部校舎の中庭を横切って行った。
「フェリクス、満身創痍じゃん~。ウケる~。」
「からかうなよ、もう知恵熱でおかしくなりそうだった。」
「哲学、誰かと話した?」
「えーっと、そういえば一人だけ隣の女の子と話したな。アーシャ?って言ったはず。リタは?」
「誰とも。めんどくさかったんだもん。」
「まあ書けたなら大丈夫だろ。」
「書けてるといいなあ。」
ぼんやりとリタは呟いて手元のサンドイッチにかじりついた。
「次は実技試験でしょ?何やるのかな。」
「僕達は戦闘学科だし、戦うのかもな。」
「え、まじ?このガチガチの体で?終わった。」
「だから僕はやめとけって言ったんだろ。自業自得。」
「詰んだかも。いざというときは助けて。」
「無理。僕治癒属性しかないし。リタに助けはいらないだろ。」
「そうはいってもフェリクスだって魔術レベルは150あるでしょ!」
「僕はっ、僕のことでっ、精いっぱいなんだ!」
ケチー!と叫ぶリタを無視して、フェリクスは弁当を開いた。
その時、学園の中庭に通信魔術をつかった館内放送がかかった。