第6話-2
この国の民なら誰もが知っている民話がある。
星の力を手に入れた少年の話だ。
ずっと昔。
国も、戦も、王様も、魔法もない時代。
人々がバラバラに暮らしていた時代。
人々は自由で、村は平和であった時代。
ある村には、星の降る夜に家を出てはならないという掟があった。
寒い夜に降る星は、闇を連れてくるから。
闇は魔物を誘う。
魔物は人を喰らう。
だから家から出てはならないと。
しかし、この村に住むある羊飼いの少年は、たとえ掟を破ることになったとしても、どうしても星が降るのを見たかった。
少年はこっそりと家を抜け出して、羊舎の天井に登って空を見ていた。
普段は遠く空に張り付いている星が、一つ、また一つと剥がれ落ちて、尾を引いて空を滑り、いつの間にか溶けるように消えていく。
少年は、まるで自分が宇宙の中に一人ぼっちであるようだと思った。
その刹那、滑り落ちた星の一つが、少年をめがけてまっすぐに落ちた。
だんだん近づいてくる眩しい光に少年は驚いた。
のけぞった彼の腹の上に、ころりと光り輝く宝石が落ちた。
『ぼくになまえをちょうだい』
宝石は少年に語りかけた。
『ぼくになまえをくれれば、ぼくはきみのものになる。ぼくはきみのちからになる。』
少年は、自分は星を拾ったのだと悟った。
『なんてことだ、俺は星を受け止めたのか。』
『ぼくになまえをちょうだい』
少年は星をじっと見つめた。
夜闇にもわかるほど強く白色の光を放つ美しい石にふさわしい名前など、少年には分からなかった。
『パルーマ、パルーマだ。君の色は羊にも山羊にも似つかない。丘に住む真っ白なパルーマだ。』
星は嬉しそうに繰り返した。
『パルーマ。僕はパルーマ。名付けてくれてありがとう。』
その言葉を残して、宝石は少年の手の中に溶けて消えた。
少年はなんだか星には満足してしまって、家に帰って寝た。
少年が異変に気づいたのは、翌朝目覚めた時だった。
緑色の目も焦げ茶色の髪も、一夜にしてまばゆいほどの金色へと変色していたのだ。
この突然の変貌には少年だけでなく村の人々も驚いたが、少年から昨夜の話を聞いてその態度は変わった。
異変はそれだけではなかった。
彼は魔法が使えるようになったのだ。
喉が渇けば目の前から水が湧き出て、苗木に手を当てればみるみるうちに大樹と育ち、暑いと思えば涼やかな風が吹く。料理がしたければ火がごうごうと勢いを増し、土を耕しただけで畑に成る芋の量が増えた。
少年は育つにつれて、自分の能力によって村を栄えさせた。
海を広げ、森を茂らせ、風で船を導き、火事を鎮めて、土地を肥やした。
村には人が集い、大きな街になり、皆幸せに歌い踊って暮らした。
こうして、いつしか少年は、"星に愛された子"と呼ばれるようになった。
「この話における村とは現在のリューエット地方だと言われている。今もなお我が国を代表する港町で、言わずもがな、誰もが知る大都市だ。しかしここで重要なのはそれだけではない。この少年のそれからも、また重要なのである。さあ、ここからは一切、門外不出の内容だ。この学園でのみ教えることが許されている、この伝説の続きをお教えしよう。気を付けて欲しいのは、これは国の機密事項にもかかわるものだということだ。十分、話す相手には気をつけてくれたまえ。」
教育学部長の話を、1年生は微動だにせず聞いていた。
「この伝説の通り、少年は星の力と共に名声を手に入れた。街の長にまで成りあがった。しかし少年に星の力はやや手に余るものだったらしい。彼は自らの力に溺れるようになった。星が彼に与える圧倒的万能感によって、少年は自らを神にでも錯覚してしまったようだ。
少年は、青年になるころにはついに、王まで成りあがった。彼こそがわが国パルーマの初代王、フェルナンデス・エランである。超常的力を身に着けた彼を、誰もが無敵であると信じて疑わなかったし、青年自身も何の障害もない人生に飽き飽きしていた。そこで彼は傲慢にも勝手に民を集めて軍を成し、隣国を攻め落とそうと画策した。もちろん、戦もすべてが思い通りに行って、青年は2国の王になることが眼前に見えていたことだろう。しかし、これは彼のおごりへの天罰か。ある黒づくめの兵士が青年を背後から襲い、剣で叩き斬った。兵士の正体は分かっていないが、真っ黒な髪に真っ黒な目、鎧までも黒かったらしい。その後、国中がその黒尽くめの兵士の行方を追ったらしいが、ついに見つけることはなかった。
さて、青年フェルナンデスが殺された後、不可解なことが起きたそうだ。彼が殺されたのは戦場の後方に位置する陣営の中であったが、そこに居合わせた兵たちにフェルナンデスと似た力が宿り始めたのだ。しかし使える力はそれぞれ1種類しかなかった。あるものは水が操れるようになり、またあるものは火が操れるようになった。だが誰も、失われた金髪金目の青年王同様万能にはなれなかった。宿る場所を失った星が、我らが二度とおごらぬよう能力を分散して分け与えたのかもしれない、というのが現在の言説だ。」
演技めいた学部長の講義を聞いて、在る生徒が手を挙げた。タイの紫色からして、神学部生だろう。
「現在のパルーマにおいて、魔法を使えるものは主に貴族に偏っています。その『居合わせた兵』というのが、現在の貴族の祖先だということですか?」
「そう考えるのが妥当だと思うが、まだ証拠は見つかっていない。それに魔法を使える平民もいるが、彼らの祖先を辿ればそこに行き着くのやも知れない。」
フェリクスはこの質問に急に既視感を覚えた。不意に横切ったのは、最後にギルドの食堂で見たロベルトの物憂げな横顔。
(いや、まさか、ね。)
嫌な違和感をフェリクスは首を振って薙ぎ払った。




