第5話-4
「皆さんにご協力いただきたいのは、今の王政に関してです。もっとこうなればいいのに、とかどんな愚痴でも不満でもいいです。教えていただけませんか。欲を言いますと、理想論で構わないので、こうであって欲しいという希望を聞かせていただきたいのです。」
冒険者たちは皆黙り込んだ。
「……ねえよ。兄ちゃんみたいなお貴族様がこんな下々からの意見を参考にして政治するってか?」
「あたし、クロッカス侯爵の戦争で親を亡くした。あの人たちは騎士でも何でもない、ただの市民だったのに殺されたんだ。貴族なんて、そんなもんだろ。」
「そうだよ、貴族の喧嘩で命を落とすのはいつだって平民だ。おれ達は何もしてねえっつうのに。」
ロベルトはそんな冒険者たちの声を聞いてなお言葉を継いだ。
「海を隔てた先、ハークには市民が市民のために運営する街があります。そんな街があれば、そこに住みたいと思われますか。」
「さぁね。もしそこまで貴族の力が及んでしまえばどんなご立派な街だってパァだ。」
「クロッカス侯爵の始めた戦争だって、元はと言えば好色の現王が浮気をしたからって話じゃないか。そういうゴシップ始まりの戦争が一番しょうもない。」
「オレたちにはどうしようもない次元の話だもんな。」
「…なるほど。お話はわかりました。」
ロベルトは独りごとのように呟くと、黙り込んでしまった。
先ほどまでの呑んで笑っての大騒ぎが噓のようである。
こういう重い雰囲気が一番苦手なユーゴが努めて明るく声を張った。
「まあまあ、辛気臭い話はやめにしましょうよ!俺、お嬢の学園生活聞きたいっす。さっきの手合わせもなかなかやりこんだ風だったし、一杯食わされましたし!」
「あたしの?別に大したことはしていないよ。…でもあたしくらい強い人たちにたくさん出会ったかな。」
「「お嬢/リタくらい!?」」
フェリクスもこの言葉には驚いた。幼い頃から積み上げた圧倒的経験値でリタに戦闘で勝てる人間などそうはいないだろうに。しかもそれが”たくさん”とは。
「あたしに教えてる人、サルマって先輩なんだけど。軽そうに見えて結構打撃は重いし隙は突くんだ。その代わり防御があんまりなところはあるんだけどね。」
「へぇ、リタの隙…。」
ギルドの中に、戦っている間にリタの隙を突ける剣士なんてギルドマスターとエスクード以外に居ない。
ああ、エスクードといえば。
「ねえリタ、エスクードさんを見ないけど。どこへ行ったか知ってる?」
「え?あれ、確かにいないね。今日帰るって伝えたんだけどな。」
リタがそう言い終わるか言い終わらないか。食堂の扉を開けて魔獣の死骸を背に担いだ茶白髪の青年が現れた。伸びた前髪をうっとうし気に掻き揚げると、髪の隙間から空を思わせる青い瞳がのぞく。その流れで青年は戦利品と思しきものを食堂の床にドサッと置き、次いでに剣も脱ぎ捨てて無造作に空きテーブルの上へと放り投げた。そしてこちらに目を合わせると、先ほどまでのがさつで殺気立った雰囲気はどこへやら、飼い主を見つけた大型犬のように顔をキラキラさせてこちらへ駆け寄ってきた。
「お嬢にフェリクス!帰ってきたなら言ってくださいよ、弟子との感動の再会のためならもっと馬を早く走らせたのに!」
「ちょっとエスクード、俺は?」
「もちろんユーゴも大切な弟子ですが!毎日会っているのと週に一回しか会えないのはわけが違うでしょう!ああ全く惜しいことをしました、来週からは週末にダンジョンはいきません!」
「駄目です、仕事はしてください。」
そう、やけに犬味の強くユーゴには冷淡に扱われているこの青年こそ、リタやフェリクス、ユーゴの師であり現在この国で最もやり手の若年S級冒険者、エスクード・ラモスだ。
…とてもそうは見えないのは相変わらず。
突然のエスクードの帰還に他に食堂にいた冒険者たちも一気に騒ぎ出した。
「エスクード!遅かったじゃねえか、今お嬢の学校生活のお話を聞いてるところだ。」
「ええ!それはぜひ聞きたい!」
「いいよ!…っていってもあんまりおもしろい話はないけど。みんなあたしが思ってたより強くてびっくりしてるってだけ。」
「へぇ、男女問わずですか。」
「男女問わず。…アーシャって女の子がいてね、すごく頭がいいんだ。力では圧倒的に勝てるはずなのになぜか勝ちきれない。見透かされているみたいでやりにくい。」
リタが徐に語りだした少女の名前にフェリクスはハッとした。アーシャ・ティル=オディール。フェリクス自身も学園の入試を受ける中でその名に恐怖した。
『私は、言語能力、創作力、協調性は考え付いたのだけど、他に意見はあるかしら?』
『失礼いたします、オディール辺境伯家が長女、アーシャ・ティル=オディールと申します。本日はよろしくお願いいたします。』
特別すごいことをしているわけではない。だけど同い年とは思えないほど洗練されていて、大人っぽくて、抜け目なくて如才ない。時折無邪気にはしゃぐのに、はしゃぎすぎたりもしない。ポジティブな評価を与えずともネガティブな評価の付け所がない。出しゃばりすぎないのに臆病にも卑屈にも見えない。
リタの話を要約するとこうだった。そして、確かにそんな令嬢だったとフェリクスも記憶している。
エスクードは助言するわけでも激励するわけでもなくリタの話を淡々と聞いていた。リタがあらかた話し終えたのを確認すると、エスクードはゆっくりと言葉を選びながらこう告げた。
「お嬢は、ライバルに出会ったのかもしれませんね。身分も性別も気にせず戦える相手は希少なものです。女性だから、男性だから、平民だから、貴族だから、と戦いにおける強さを杓子定規で測る輩もいますが、そういう固定観念こそ死線で最も命取りになるんですよ。」
エスクードがそう言いながら食堂を目だけで見まわすと、気まずそうに目を逸らすものがいる。
先ほどロベルトの質問に貴族は、平民は、と言っていた負い目だろうか。
「でも、そうですねえ。そうはいっても僕は、願はくは高いMPをもって生まれたかったと思わずにはいられません。そういう点において、無意識に、貴族が羨ましい、貴族に生まれていれば、と言ってしまうのでしょう。」
エスクードはとうに酔いつぶれて寝ている隣席の冒険者の手から酒瓶を取り上げるとそれを勢いよく呷った。一息で空にしたそれを見て、彼は苦笑した。
「酒を飲んだら飲んだだけ、MPと属性が増えるなんて夢まで見たりしてね。」
酒好きな俺らしいでしょ?とエスクードは肩を竦めてから空き瓶をテーブルに置くと、持ってきた魔獣の死骸を引きずってギルドのフロントの方へと歩いて行く。
フェリクスの隣で質問をして以来沈黙を貫いていたロベルトは、影すら見えなくなるまでじっとエスクードの背中を眺めていた。




