第5話-3
ユーゴとリタとの手合わせを終え、ロベルトの向かいに行ったリタを見送ってなんとなく食堂の席に着いたフェリクスの目の前に、とある先輩冒険者はゴトっと音を立ててジョッキをおろした。よほど休日の昼酒は身に沁みるのか、声にならない歓声を上げて酒の味を噛み締めている。
フェリクスの後に来たユーゴは、仮にも貴族子息であるフェリクスに酔っぱらった冒険者がこれ以上粗相を働かないよう間に割り込むように座ってくれた。
「先輩、そろそろ吞みすぎですよ。もう水にしましょ、次の瓶は夜になってから開けましょう。」
「あぁ゛?俺にとっちゃあ酒も水だ!」
「うわぁ、さすがですー。お酒強いっすねぇー。」
さらりと涼しい顔で受け流しながらジョッキを酒入りのものから水の入ったものに挿げ替えるところ、それこそギルドの期待の新人たる所以というべきか。いや、こんなところで誇るのもまた違う気がするけれど。フェリクスもユーゴが差し出した水のジョッキに酔い止めの治癒魔法をかけておく。幾分かこの冒険者の明日の支えになるだろう。
しばらくするとリタが食堂に下りてきてフェリクスに耳打ちした。
「ロベルト話し終わったみたいだけど、ここ連れてこよっか?」
「は?ここに!?だめだよ、仮にも侯爵子息だぞ!」
「でも。是非冒険者の話が聞きたいって。」
「僕らの話だけでいいじゃないか。」
「そうもいかないじゃん、経験則で言ったら悔しいけど皆の方が多いし。ま、私の方が強いけど。」
「…リタが、そこまで言うなら。僕は知らないからな。」
「わかった。連れてくる。」
リタはまた奥に引っ込むと、髪も目元も何も隠していないロベルトさんを引き連れて現れた。
ギルドの一瞬たりとて人の声が絶えることの無かった食堂に異様な静寂が落ちる。
僕は内心絶叫した。
(リタのバカ!!バカバカ!先輩の髪色見ろよ髪色!目も!真っ黒だろうが!どうすんだよ、ここにいるのはダルがらみ三昧の酔っ払いだぞ。”自分は一昔前まで悪魔と呼ばれていたあの闇属性魔法の使い手です”って言ってるようなものじゃないか!)
しかし隣でべろべろに酔っていた先輩はこう言った。
「あぁ、兄ちゃんがお嬢のとこの学園の子か。きれーな青色の髪と目だな。水属性か?」
ロベルトさんも屈託ない笑顔で「はい、水属性です。」と答えた。
「やっぱり純粋な水属性は髪もそういう青になるんだなぁ、羨ましいぜ。オレなんかちょっと緑がかっててサビた剣みたいだろ?」
「味があっていいではありませんか。青銅色は伝統あるものの色ですよ。」
「へへっ、それらしくおだてたって無駄だぜ坊ちゃん。」
「心外な。心から好ましく思っておりますよ。」
(誰だよこの人)
何食わぬ顔で会話を続けるロベルトを胡散臭く横目に見ながら、フェリクスはリタを至急呼び寄せた。
「どういうこと、ロベルトさんは純粋な水属性の青なんかじゃ…。」
「幻覚魔法っていうんだって。闇魔法の一種で高度だけど汎用性は抜群、って言ってた。」
ユーゴも会話に参加してくる。
「本来あの人の髪色はなんだ?頭部からとてつもない魔法の残滓を感じるんだが。」
「闇属性なんだ、あの人。闇魔法で髪色と目の色を隠しているらしい。」
「闇属性!?あの”黒の悪魔”なのか!?」
「今時古いよユーゴ。君も知っているだろう、バエズ家の嫁入り以来、貴族社会でそれを言う人は格段に減っているってことぐらい。」
「そうだよユーゴ君。現に俺は何もしていないのだから許してほしいな。」
「ロベルト!」
リタが軽々と呼び捨てにしたのも気にならぬほどの状況にフェリクスは椅子からずり落ちるかと思った。
「ろ、ロベルトさん…」
「ん?」
「この一瞬で何でそんなに仲良くなってるんですか…?」
フェリクスの疑問も無理はない。ロベルトはある冒険者と肩を組んで現れたが、その腕には皆にもらったのだろう、チーズやら葡萄やらが袋に入れた状態で下げ、広い背中にはダンジョンで得られたものであろう獣の皮まで羽織る始末だ。
おかしい。どんなコミュ力だ。
「そんな、俺達今意気投合したんだって。ですよねー?」
「おう!兄ちゃんお前良い奴だなぁ!」
「ちょ、頭撫でんのやめましょ、ハゲちゃう!」
「禿げねぇよ!」
溶け込んでいる。
圧倒的に、平民に溶け込んでいる。
あと多分ハゲるってあれだろうな、魔法の話だろうな。
「そうだ皆さん、聞いてくださいよ!俺、今学園で調べなきゃいけねえ事があって。ここにたっくさんいる人生の先輩方に教えを乞いたいんっすよ。もう、話してくれるだけでいいんで、どうですか?愚痴でもなんでも聞くんで!ほんのちょっと休日の世間話程度に、ね?」
「俺達むずかしいことは分かんねえぜ!」
「だからちょっとした世間話ですって!お話聞かせてくださいよ!」
「まぁ、兄ちゃんが言うならな。」
「どうせ暇だし聞いてやるよ。言ってみな。」
「わぁ、ありがとうございます!」
(ほんとに誰だこの人。僕の知ってるロベルトさんじゃない。)
ロベルトはフェリクスの見たことの無い満面の笑みを浮かべた。




