第4話-2
「フェリクスくんとセレナちゃんはこっち!早く早く!」
この辺りに広がった白と黒は光と闇なのか。ニセタの声のする方へフェリクスは走ったつもりだが、なにせ周りがチカチカしすぎていて自分が正しく進めているのか分からない。千鳥足を踏みながらなんとか前に進んでいくと、誰かに抱きとめられる感覚がした。
「よっし、これでフェリクス君もセレナちゃんも確保!2人とも、辛かったら目を閉じてね。……そう、そして周りの魔法の気配が薄れたと思ったらゆっくり開いてみて。」
魔法の気配…?あたりは相変わらずやかましい白と黒に塗りつぶされていて微かな魔法の気配なんて感知できそうにない。
でも、確かに、わずかに感じられる。まぶた越しの昏い光。世界が回転しながら速く動いているかのような、浮遊しているような感覚。それらが少しずつその威力を落としている気がするのだ。一瞬のようで永遠のような時間が流れている。深く眠っているときにも似ているかもしれない。
「うん、もう大丈夫だよ、目を開いて。」
ニセタのその声に安心して目を開くと、フェリクスは真っ白な仄暗い部屋の中にいた。足元には草木が生え、どこからか小川のせせらぎが聞こえる。柔らかな風が吹き、まだ春の初めだと言うのに夏のそれのような日光が燦々と降り注いでいた。
………小川?風?日光?そんなはずがない。
自分は本棟の部屋の中にいるはずだ。確かに壁に囲われた仄暗い部屋の中にいるのだ。太陽が照っているはずがない、だとしたらもっと明るいはず。風が吹くなんておかしいし、川の音が聞こえるのも異常だ。
一体、何が起きているんだ。
「光魔法も闇魔法も瞬間移動ができる。ロメルさんとセネンさん達が一緒に同じ場所に転移しようとするとお互いの属性が喧嘩してこういうカオス空間ができるんだよ。」
「そういう、ものなんですか…。」
「詳しい仕組み僕もよく分からないけど。ロベルトさんの専門だから彼に聞くともっと分かりやすいよ。」
ニセタはそう言いながら手に持っていたカバンを床(地面?)に置いた。彼女ががま口を開くとまるで閉じ込められた鳥が解き放たれたかのように勢いよく木の板が飛んでいき、ニセタの目の前に1枚ずつ平行に並んだ。続いてカバンから飛んで出た薬瓶がその板の上に並び、瞬く間にまるで医務室の薬棚のようなものが出来上がる。
「どう?学校の備品の中でも僕の一番のお気に入り。持ち運べる薬棚。」
「すっごい…。」
「セレナちゃんが酔って気失っちゃってるからさ……。」
そういえば、とフェリクスが背後を返り見ると確かに横たわって眠っているようなセレナが見える。顔も蒼白でいかにも病人という風だ。
部屋の奥からアデラとセネン、ロメルが近づいて来た。
「部屋に異常はないからすぐに始められるが…、やはりセレナ嬢には少し刺激が強かったか。」
「初めてなら酔うのも仕方がないだろう。フェリクスくんも気分が悪かったら遠慮せずニセタに言うと良いよ。」
「ニセタも去年は大変だったからな、酔いに酔って2時間微動だにできなかった。」
「あぁっ!やめてくださいよ先輩方…!」
笑い声を上げるロメル・アデラ4年生2人とは対照的に、セネンは何も言わずにじっとフェリクスを見つめている。何かを言いたげなのかどうかはよく分からないが、とりあえず見つめられているので見つめ返してみる。いざ真顔を突き合わせているとやっぱり幼くて甘い顔立ちをしていることに驚かされる。実は年齢詐称してる年下なんじゃないだろうか。
「何を見つめ合ってるんだい、セネン。フェリクスに伝令魔法は届かないから声に出さなくてはいけないよ。」
セネンは、今度はアデラの方を向いて相変わらずの無表情で何かを訴えるような眼差しをした。
「…………。」
「…代わりに言えというのかい?」
「……。」
「……全く、なんなんだ、君は。」
「……ええと…?」
「何でもない、気にするな。」
アデラは肩をすくめて言った。セネンは抗議するようにアデラを見たが、闇属性同士何らかで通じ合ったのだろう、諦めたようにムスッとした。あからさまに顔に出ているわけではないのだが少し不機嫌になったらしいのは分かる。絶妙な自己開示具合、あっぱれである。
「セレナが回復するまでの間に何をするか伝えよう。こっちへおいで。」
セレナにつきっきりのニセタと未だ若干拗ねているセネンを置いて、フェリクスはアデラとロメルに連れられて部屋の奥へと進んだ。しばらく歩くと小川が現れた。川の周りに生い茂った草を様々な小動物が食べている。
「俺の光魔法によって、生き物は皆幾分早く育つんだ。」
そう言いながらロメルはアデラに目配せをすると、アデラはその草を食んでいた兎の首を掴んで持ち上げた。同時にアデラの手から黒い靄が広がり、兎が脱力してしまう。アデラは何の気兼ねもなく脱力した兎を地面に寝かせ、もう一匹に手をかけた。急に始まった無惨な光景に、フェリクスは戸惑いを隠せない。
「え、えっと、何をされ、て…まさか死んで…!?い、急いで治癒を…!」
「心配には及ばない。この兎たちは私たちの訓練のために育てられているから、わずかな負荷であれば死なないよ。」
「訓練…?」
「あぁ、あと君がやってしまっては意味がない。ロメルのための訓練だからね。」
アデラは兎から手を離さずに目だけで同輩を追った。視線の先で、ロメルは気絶した兎を両手ですくい上げるように持ち上げると何かを呟いた。眩い光が彼の手から放たれ、その光が収まるや否や兎は彼の手から何事もなかったかのように飛び跳ねていった。
「ロメルさんは治癒ができるのですか…?」
「恥ずかしながら、ニセタ嬢やセレナ嬢、フェリクスくんほどの手練ではないよ。繊細さもないし、強いて言うなら治すというより彼ら自身の回復を早めているだけで負担を強いていることには変わりない。……治癒魔法には、到底及ばない。」
「なに卑屈になっているんだい。だからフェリクス達の力を借りるのだろう?」
アデラは3匹目となる兎から手を離し、腕を組んで言った。未だ何が起こっているのかよく分からないままポカンとしているフェリクスに彼女はゆっくりと説明した。
「光魔法は闇魔法を除いたその他全魔法の根源。フェリクスも近いうちに授業で習うことになるだろうが、これは国の正史に記された事実だ。そしてこの部屋、もといこの先4限でボク達はロメルの弱点である闇魔法と治癒魔法の訓練の強化を手伝うことになっている。君も近衛を目指していると聞いたけれど、将来ロメルと共に戦うなら一番知っておくべきはヒーラーたる君たちだろう?そしてボクとロベルトとセネンはロメルに特に唯一辛く効く闇魔法の使い手として集められているというわけだ。」
「今までの勇者も、このようにして弱点を鍛えてきたということですか…?」
「現存する資料を見る限り、どの勇者も弱点は闇魔法で苦手は治癒魔法だったらしい。そして勇者崇拝の裏には必ず数限られた闇魔法手やヒーラーによる下支えがあったようだ。あの部屋が何世紀にもわたって在ることからもこの説明はつく。先例には倣うのが妥当だろう。」
アデラは視線を遠くにやった。追いかけるようにその視線を辿ると、奥からニセタとセネンに連れ立ってセレナが歩いてくるのが見えた。




