第2話
空から見た学園の敷地は広く、王都の限られた世界しか知らない12歳のフェリクスには到底信じられない規模であった。地に降り立って改めて見てみると、雪の積もったレンガ造りの校舎がやたらとそびえたって感じられる。見上げると首が痛いほどだ。
王立パルーマ学園、通称『学園』。知らない人はいないパルーマ王国が世界に誇る最高峰の教育機関であり、生まれの貴賤に関わらず全ての英才に開かれたキャンパスである。文学、神学、経済学、理工学、数学など様々な学部・学科に専攻して18歳までの6年間至高の教育が受けられ、どの学科でもここからの卒業生にはほぼ確実に将来が確約されている。歴代の偉人も多くがこの学園からの卒業生だった。
中でも、フェリクスとリタが挑む兵学部は学園のなかでも1番難しいとされる学部だった。近衛兵になるためにはほぼ必須とされるこの学部は倍率45、偏差値80と推定される超難関なのだ。しかし、近衛兵を目指すフェリクスにとって、これは避けては通りがたい特大チャンス、落ちるわけにはいかなかった。
さて、ここまでの状況はあらかた同じであろうフェリクスの隣の幼馴染の少女ときたら、呑気そうにこうのたまった。
「私さぁ、夕べつい興が乗ってダンジョン行っちゃって、実は今日割と筋肉痛なんだよね。」
「お、ま、え、さぁ~~~~~~!?なんで!?言ったよね、『明日は受験日だから今日はもう絶対体動かさずに筆記試験の勉強だけして早く寝ろ』って!!言ったよね!?」
「………言ってたっけ?」
「言ったよ!!」
「だってエスクードも居たし…ユーゴがそれについて行くとか言ってたから…」
「ユーゴは別に今日テストじゃないからいいんだよ!僕らは今日!将来が決まるの!!」
「そぉんな怒んなくたっていいじゃーん、痛いのは私だけだし。…てかさ、せっかくならユーゴも学園受ければいいのにね。」
「まぁ、ユーゴは、その。いないから、学費を払う親が。」
「そうだねぇ…。」
学園の学費は決して高くはないのだが、やはり武具代や教科書代は払わなくてはならない。つまり保護者は必要なのだ。二人の友達でありジュステ冒険者ギルドで活躍するB級冒険者のユーゴは、両親がいないことだけが学園に志願できない唯一にして最大の弱点だった。虚しいこともあるものである。
学園の前ではたくさんの大人が溢れかえる受験生たちを受験番号ごとに分けていた。
フェリクスは32869番。リタは41378番。
「あ、フェリクス分かれちゃったね。」
「まぁ、また午後の実技試験前中庭で会おう。お昼食べに。」
「ん、じゃあまたね。」
リタは手を振ると軽快に大階段へ向かっていった。
すると、すぐ隣で教室の割り振りの張り紙を見ていたすごく派手な髪形をした女の子がツカツカと教員に詰め寄って行った。
一体何をする気だろう、教室の場所がわからないのかな、とフェリクスが声を掛けようとしたとき。
「このわたくしをこの汚らしい平民と同じ教室に入れさせるなんて正気!?」
キンキンとした高い声がその場を切り裂いた。
その通る声が張り紙がされている正面入り口から広間中に響いて、大階段を半ば登っていたリタもとっさに振り向いた。
「わたくし、カミラ・オーウェンですのよ!オーウェン男爵家でしてよ!お父様に言いつければなんておっしゃるかしら!」
ああでたでた、また勘違いした井の中の蛙か、とフェリクスはため息を漏らした。
オーウェン男爵家は国の建国時からある伝統的な貴族主義派の家で代々優秀な文官を生み出す名家だが、評価を改めなくてはならないかもしれない。
この国の貴族にも大きく分けて三種類ある。貴族主義の家と王族主義の二派とその中立だ。貴族主義者は貴族こそが平民の意見を最も理解していると主張し、貴族が政を行う枢密院を立ち上げては王族の決定を審査している。なのに平民を忌み嫌う素振りが多いのはこちらの派閥だ。何とも皮肉なことに見えるが、所詮彼らにとって平民とは道具や口実程度なのだろう。対して王族主義者は王族のみを絶対不可侵としておりその派閥に生まれた貴族は全員王族への忠誠心と服従を誓っている。裏を返せば貴族も平民も立場の違いはあれど臣民として同じにあると考えており、貴族として平民への保護義務は感じていながらもさして差別意識は持っていなかった。
この二者は見ての通り相反しており決して交わることがない。フェリクスの家、ファラ子爵家はずっと王族主義を掲げているため貴族主義派のこのような言動には正直かなりの嫌悪感をもって育った。次期ギルドマスターとはいえ平民のリタと仲がいいのもそういう考え方が根底にあるからなのかもしれない。
そうだ、リタは変に思っていないだろうか。いつもギルドで遊んでいるときにこういった考えの貴族もいるとは言っていなかった、気分を害してはいないだろうか。そう思ったフェリクスは大階段を上って行ったはずのリタの行く先を振り返り見たが、リタの姿はもうそこにはなかった。
どうやらさほど気にしてはないらしい。彼女のことだ、きっと筋肉痛が酷すぎて早く教室の椅子に座りたかったとかいうオチだろう。
そう思って安心したフェリクスは、喚き続けるオーウェン男爵令嬢を尻目に静かに大広間を後にした。