第3話-2❀
「……ラ…?ファラくん?………フェリクス・ファラ!!」
「…あ、はい!?」
「あぁよかった、全然返事をしないからどうしたのかと思ったわ。」
ハッと目を開けたことでひらけたフェリクスの視界に茶色の髪が揺れる。噂話を聞くまいと俯いていたらいつの間にか眠ってしまっていたようだ。我ながら強かなものである。頬杖をついて俯いていた顔を上げ、フェリクスは髪の先を追った。赤色の目、きりっと引き締まった顔。見間違えようもない。まさしく、あの日セレナとフェリクスが治癒を掛けた公爵令嬢、ソフィア・ジェペスであった。
「あ、ああ。ソフィア様。大変失礼致しました。覚えていただいて光栄です。」
「いいのよ。もうボーっとしないことね。」
ソフィアはツン、と顔を背けた。機嫌を損ねてしまったかとフェリクスがおろおろ様子を窺っていると、彼女の背後から急に男性がひょこっと顔を表した。ひょうきんな雰囲気の男性は襟に着いたバッジによると2年生。どちらかというと女顔で、稀に見る端正な顔立ちをしている。ところどころ水色に染まった髪の毛束は天然のものだろうか。軽そうな男だ。
「あ、君がフェリクス・ファラくん?」
「あっはい。」
「じゃあこれで全員か。次から点呼には答えろよ。でも来るのが早くて助かるよ、俺の周りの学年はほんとに遅刻魔もサボり魔も多くて困ってるんだよね。」
さて全員揃ったところで、と彼は仕切るように言った。どうやらフェリクスのグループのリーダーはこの二年生らしい。
「オレはマルティン・マーレ。皆好きなように呼んで、年齢とか気にしないタイプだからさ。」
「マルティン先輩。」
「あ、そうそう。そういうのでいいよ。」
えーと、と呟きながらマルティンは手に持っていたファイルをペラペラとめくった。マーレということはあのオリバー家に仕えるマーレ子爵家の子息だろう。つまりロメル様の臣下に当たる人。しかもマーレ家は一人っ子だと聞いているから彼が嫡男。なるほどそれは人気なはずだ、将来の勇者側近など優良物件中の優良物件。羨ましい限りだ。しかも見れば見るほど、ユーゴに張る色男である。同性の自分から見てそう思うのだから女子なんて大変なことになっているんじゃないか、とフェリクスが周りを見渡すと案の定講義室の中にいる女子たちはそれぞれのグループの2年生の話を聞いている風を装いながらちらちらとこちらに視線を送っている。
…一応、フェリクスも子爵家の嫡男なのだが。くそ、やっぱり見た目と後ろ盾か。
「それじゃあ授業開始ってことで。この1、2年の間はただひたすらに戦いまくるってことはみんな知ってるね?でも正直皆入試突破してここに来ているわけだし、基礎的なことに時間を費やしてる場合でもないと思うんで、かくなるうえは!」
ババン!とマルティンは持っていたファイルを見せてその紙面を叩いた。なかなかの速さでしゃべっているが舌を噛んだりしないんだろうか。
「ひたっすら魔獣と闘いまくります!はいその心は何でしょう、さっきオレを無視したファラ君!」
「は!?ぇえっと…近衛騎士団は他国との交戦状態にあるとき以外は任務のほとんどが魔獣の討伐か魔獣から国民を保護することだから…ですか?」
「ハイ見事な模範解答!でもここで重要なのは、入試みたいに倒せた数で成績が付くんじゃないっていうこと。如何に効率的に、つまり最小の労力で最大の成果が挙げられるかを重視する。でもだからってリスクをとれって言っているんじゃない。完璧にスマートにそして速やかに討伐をすることが最優先。まぁここでダラダラ話しててもしょうがないんで、とりあえずやってみよっ!」
その掛け声を合図に急に周りに空間魔術が組み上げられていく。魔術特有の迫りくる圧力にソフィアと他数名の班員が甲高い悲鳴を上げた。フェリクスも頭では空間魔術とは異空間に転移する闇属性転移魔法を魔術化したものだと分かってはいるが、空間魔術自体ほとんど経験がないので心の準備ができていない。そもそもこれだけの人数を空間魔術で無事に運ぶためにはかなりの力量が要求される。この先輩はそれを無詠唱で出来るというのか?
「今日倒すのは…クレブラだな!デカいだけで魔力なし。うん、初日にはピッタリ!じゃあここから先はオレは最低限のことしか言わないから頑張って!」
…無詠唱どころの騒ぎではなかった。術式を組み立てながらしゃべる余裕があるらしい。圧巻である。
*
「なっにが、大きいだけ、だって…?」
「情けなくてよ、戦闘学科、なのだから。」
「貴女だって、息が上がっているではありませんか、セニョリータ・ジェペス。」
(くそ、これがリタならきっとものの10分で仕留めるだろうに……!)
ソフィアとフェリクスはどちらも肩で息をしながら互いを煽り合い、クレブラに対峙していた。双方、煽りながらでもなくば心が折れそうなのである。クレブラはいわば大きいヘビやコブラと説明できるだろうか。この種は動きが緩慢で持続的なので剣では狙いにくい。極めつけはその大きさ。体長はフェリクスの身長の10倍はあろうか、しかも胴体はまるで樹齢500年を超える木の幹のように太い。ギルドではクレブラのダンジョンに行くときは罠を持っていくのが定石だが、この授業は剣で仕留めるのが目的なので罠は使えない。確かに実際の戦場で常に最適の罠を持っているとは限らないので訓練にはなる。
とは言えこれはあまりにひどすぎる。あれから休みなく飛んで走り回って2時間は経とうとしているのだ。得られた成果は、どうやらこのクレブラの急所は鱗の裏の肉であるという情報だけ。フェリクスとソフィア以外のメンバーはクレブラの尾に払われて失神し遠くの方に避けられている。後で治すから、今はごめん、とフェリクスはヒーラーとして心のなかで謝った。まずは敵を討伐しないと身の安全が保たれない。しかも頼りのはずのマルティン先輩は本当に最低限のことしか教えてくれない。
「ああ゛もう!!猫かぶるのやめた!わたしだって精一杯なのよ!!」
苛立ちが最高潮に達したのか、突然ソフィア嬢が暴れ始めた。おおよそ公爵令嬢らしからぬように聞こえたが、確かに彼女の口から発せられた声である。
「ファラ!クレブラの4時方向から鱗に向かって垂直にぶっ刺して!わたしは8時方向鉛直から脳天を目指す!」
「わ、わかりました!」
(ぶ、ぶっ刺す……!?)
4時方向とは恐らく今のクレブラ進んでいる方向を12時とした時のこと。
つまり狙うべきはクレブラの目のすぐ後ろの鱗が立った瞬間…!
フェリクスの剣とソフィアの剣が同時にクレブラの急所に突き刺さる。二人の剣の突き刺さった部分から得体のしれない液体が流れ出てそれぞれの足元を濡らした。クレブラはその太い胴体を捩らせてもがいたが、しばらくすると動かなくなった。
「ん、おつかれぃ!ソフィア・ジェペスと、フェリクス・ファラ、ね。成績につけておくよ。怪我人は空間魔術で医務室に送っておくから気にせずにご飯に行きな!……そらよっと!」
マルティンの掛け声によってソフィアとフェリクスはいとも簡単に元の講義室に返された。辺りに他のメンバーやマルティンの姿はない。恐らく医務室にいるのだろう。マルティンは本当に空間魔術が自在な人のようだ。
*
「はぁ、お昼を食べる気に全然なれない……」
「ねぇファラ。」
「あ、ソフィア様。あの、先ほどは的確なご指示をありがとうござい…」
「わたくしの乱れた言葉遣いなんて聞いてないわよね?」
「…え?」
「だから、わたくしは、完璧な言葉遣いだったわよね??」
にっっっこり。と言う音が聞こえた。令嬢スマイルを超越している。
「ア、ハイ。」
「ふふ、そうよね。」
ソフィアは素晴らしい笑顔を残して颯爽と帰っていった。なんだかどっと疲れたフェリクスは疲れで重い体を引きずって別棟から出ていった。




