第2話-1
フェリクスはどうやって寮へ帰ったのか覚えていない。自室の二段ベッドの下の段にダイブして彼は両手で目を覆った。幸いジョヴァンニはどこかに行っていて居ないためどんな無様な格好していてもそれを咎める人は居ない。心臓は速く拍を打って高鳴り、前後不覚になるほどの目眩がして、脳を直接中から叩かれているかのようだ。自分が興奮状態にあることはフェリクス自身よく分かっていた。
フェリクスは自分を落ち着かせるように息を吐いた。
「よし、整理するんだ僕。つまりだ、あの部屋に迂闊に入るとロメル・オリバーか、アデラ・バエズか、ロベルト・セールズか、セネン・アナジャか、ニセタ・ミランなどなどの誰かがいると。」
息をまた大きく吸って吐き出す。
「いやいや、にわかには信じがたい。錚々たる顔ぶれすぎる…。」
フェリクスは先輩たちにもらった名刺をボーっと眺めた。
ロメル・オリバー侯爵子息。4年生、家は中立派。百年に一度しか現れないと言われる光属性の持ち主。その才覚とたゆまぬ努力によって貴族内でも不動の地位を築き上げ、勇者の称号を授与されるまでも秒読みと言われるまさに時の人。
アデラ・バエズ侯爵令嬢。4年生、王族派。今上国王の宰相を務める父を持ち、社交界での影響力は絶大。侯爵令嬢でありながら男装することで非難を集めたこともあったが、その見た目の麗しさから許されるどころか、王族派・中立派の令嬢にはダンスを申し込まれるほど人気である。実際若干15歳でありながら政治の場でも凛々しくその英才を発揮しているとか。
ロベルト・セールズ侯爵子息。3年生、中立派。誰もが知るこの国の神童。学園の入学筆記試験を満点で通過し、在学した二年間で書いた論文は5個全て世界中に発表される傑作ばかり。今年発表された「高度木属性魔法の還元法則を用いた魔術化」の論文もこの人の著作だ。
セネン・アナジャ。3年生、アナジャ商業ギルドの現ギルドマスターの三男で末っ子。ロベルト同様闇属性で、前年の学園兵学部模擬試合トーナメントではTop5に入る腕前で既に近衛騎士からオファーが来ている。
ニセタ・ミラン伯爵令嬢。2年生、穏健な貴族派。ミラン伯爵といえばジェペス公爵の傘下の一人でありながら穏やかで平民差別もあまりしないイメージだったし、ご令嬢もそうであるようで安心した。リタに引き合わせても問題ないだろう。
後者二人はまだいい。だがオリバー様、バエズ嬢、ロベルト…さん(まだ呼び捨てにする勇気はない)、は、かなりの家格だし実績もあるしで緊張して仕方ない。渡された時間割を見るに平日は毎日一時間はあの部屋にいなければならないようで、いつか自分が粗相をしてしまうのではないかと不安だ。
フェリクスは二段ベッドの上の段を見上げてため息をついた。
「お、帰ってたのか。おかえり、フェリクス君。」
ちょうど部屋に帰ってきたジョヴァンニにフェリクスは顔だけそちらに向けて答えた。
「ああ、ジョヴァンニか。」
「何か言われたのか?」
「別に何も。」
「教えてくれよ。」
「別に隠していないけど。」
フェリクスはゆっくりと体を起こした。
「それより、ジョヴァン二は今まで何してたんだよ?」
「俺?俺はマーレ先輩がやってた校内ツアーに行ってた。なぁ、フェリクス君は本棟に行ったか?あの城みたいなやつ!すごいんだよ、螺旋階段でー」
「段を上がるごとに部屋が現れるんだろ?すごいよな。何十段もあった。」
「そう!あれを教材を抱えて登るかと思うと結構キツそうだよな…。」
「上の方の階で授業だったら特にな。リタを遅刻させないようにしなくちゃ…」
「なぁ。それ、さっきから思ってたのだけど、いや、憚られるなら答えてくれなくても構わないんだけど、」
「なんだよ、言ってみろって。」
「いや、なぜそんなにリタ嬢の世話を君が焼いているのかと不思議になって。」
まあ確かにもっともな指摘だ、とフェリクスは顎に手を当てた。彼自身、なぜこんなにも自分がリタを気にかけているのかはよく分かっていない。
「なんというか、こう話すのも変ではあるが、立場的には逆だと思うのだよ。リタ嬢は平民で、君は下位ではあるけど貴族で。」
「寮の部屋のランクで言うとリタと変わらないけどな。」
「変わらなくても!変わらなくても、でも気の持ちようは違うだろ?貴族派の中には男爵でも平民に威張る奴だっているのに。」
フェリクスは自分はいつからリタをこんなに気にするようになったのだろうと考えた。
心当たりはないでもない。ただずっと昔にさかのぼるだけだ。過去の記憶を反芻しながら、彼はジョヴァンニに語った。




