第1話-4
フェリクスはロベルトに連れられて石造りの城のような校舎を歩いた。城は不思議な作りをしていた。フェリクスたちが試験を受けた別棟の垂直でシンプルな造りとは違い、この城の中には大きくてゆるやかな螺旋階段しかない。階段の一段一段を登るごとに階段の外周に沿ったレンガの壁から重厚な鉄の扉が現れ、生徒はおのおの目当ての扉を軽々と開けて壁の中へと消えていく。フェリクスは目の前を黙々と歩くロベルトに尋ねた。
「あの、いったいどこに向かっているんですか…?」
「目的の部屋はもうちょい先だな。階段キツかったんならすまねえ。転移魔法で連れてきてもいいんだけど、やったことないだろ?酔わせると後々面倒だから案内がてら歩きで連れて行こうと思って。」
「このあたりは、何の部屋なんですか?扉とかに名前が出ていないんですけど…」
「このあたりは講義室。座学を習うところでいろんなセミナリオが開かれてるんだけど、教室はほぼ日替わりだからいちいちサインを掲げたりしねえんだよ。」
「なんで、日替わりなんですか。」
「んー、防犯?」
「…、防犯。」
「そ。曲がりなりにも名家の子女を集めた学校やってるからにはな。」
フェリクスは次々と教室に吸い込まれている先輩を見ながら訊いた。
「でも、学園って敷地を覆うように大規模な防御魔術が張られていると聞いたんですが。」
ロベルトはその質問には答えなかった。代わりに突然ある扉の前で立ち止まると肩越しにフェリクスに振り返って言った。
「いいか、ここから先にいるのはクソおっかねえお堅い茶髪と緑頭の変人だから覚悟しとけよ?まじで下手したら学園長よりこわ」
「遅いぞロベルト。早く入れ。」
ロベルトが言い切らぬうちに急に扉が開き、中から茶髪の髪を切りそろえて男性の制服を着た令嬢が顔を出した。彼女は感情を読み取らせない真顔でロベルトを押しのけるとフェリクスを部屋の中に招き入れた。
真っ白で広く、開放的な部屋だった。どこからか仄かに薬品の匂いが漂い、全体を2つに区切るように張り巡らされたカーテンの奥を垣間見ることはできない。静けさの漂う厳かな雰囲気にフェリクスは圧倒された。が、ロベルトの声によってその感動は吹き飛ばされた。
「だーもー俺が案内に行くって決めたのお前だろうがよ!最後までやらせろ!」
「無駄に先輩面しているお前はなんだか背筋がゾクゾクする。もう十分だ。」
「必要なことしかしてねえし役目も果たしただろ!」
「ほう?ボクはちゃんとした指導も頼んだはずだぞ、蛮族。あれはちゃんとした説明とはかけ離れているな。なぜ本棟の解説があんなにずさんなんだ?」
「てめえが急かすからだろうがぁ!!」
先ほどの茶髪の男装令嬢に食って掛かるロベルト、という確実に頭一つ分は隔てた身長差で始まった諍いを目の前に、フェリクスはどうしたものかと呆れた。それにしてもあの男装令嬢は見たことがあるな、と考えていると、言い争う2人の奥からくすんだ黄緑の髪を2つに束ねた別の令嬢が重そうなファイルを抱えて現れた。ロベルトの言うところの"緑頭の変人"が彼女なのだろう。
「ロベルトさん、静かにしてくだい。ここは言い争う場ではないです。うるさいです。」
「はぁ!?別に今患者はいないんだからいいだろ!」
「その態度を理由にこの部屋を出禁にしたいくらいですね。」
「おーおーやれるもんならやってみな?俺のほうが先輩だし。つーか、お前が忙しいとかいうから、俺が直々に可愛い可愛い新入生ちゃんを連れてきてやったんだろーが。俺だって暇じゃねえんだよ、感謝しな。」
「ハイハイ、ありがとうございます。セレナちゃんも奥で待っていることですし先輩方も早く来てください。」
緑髪の先輩は手に持っているファイルをペラペラとめくりながらすぐにカーテンの向こうに消えていった。続いて茶髪の男装令嬢とロベルトも中に消えていくので、フェリクスも慌てて2人の後を追った。
カーテンの向こうにあったのは想像していたベッドの列ではなかった。むしろ実験室というべきなのだろうか。カーテンで囲まれた空間の中央には大きなテーブルがあり、無数のシリンダーが立て並べられている。椅子はたくさんあるようだが、ほとんどに緑髪の先輩はが持っているファイルような厚さの本が積み上げられているから、椅子として機能しそうなのはせいぜい4、5脚のようだ。開放的な雰囲気で換気性も良い。
そしてテーブルの奥には、よく梳かれた銀髪を片側の肩に流した少女ーセレナが座っていた。
「セレナ!君も入学していたんだね!」
フェリクスは嬉しさを隠さずに言った。
「フェリクス!あなたも来ていたのね。久しぶり。あの時はどうもありがとう。」
「こちらこそ、セレナのお陰で入試を通れたようなものだよ。本当にありがとう。」
「感動の再会は大概にしてくれ。ここで話すべきことが山程あんだよ。」
ロベルトのピシャリとした無感動な声で我に返った2人はいつの間にか空いている椅子に座っていたロベルトへ振り返った。すると緑髪の先輩がその後ろに仁王立ちして、持っていたファイルでロベルトの頭を叩いた。
「いってえな、俺一応お前の先輩だぞ…」
「なんであなたが偉そうなんですか。この子たちの相手は僕と決まってます。」
「じゃあニセタが早く話せよ。」
「今そうしようとしてたのですけど。」
緑髪の先輩はニセタというのか。茶髪の以下略先輩と同様一人称は「ぼく」らしい。ニセタはロベルトにグチグチと嫌味をぶつけながら収納魔術を起動させた。恐らく中にしまっておいたのだろう、自分の持っているファイルと同じものを2冊取り出すと、さっきとは打って変わったにこやかな笑顔でフェリクスとセレナに手渡した。ロベルトに対して以外は朗らかに接する人のようだ。
「気を取り直して。2年生でヒーラー研修生のニセタ・ミランと言います、学園のヒーラー研修コースへようこそ!」
「フェリクス・ファラです、お世話になります。
…えっと、ヒーラー研修コースというのは…?」
ニセタは茶髪の以下略先輩から紙を2枚受け取るとフェリクス達の前に広げた。
「志望理由書…?」
「そう。ここに『治癒属性を生かしてヒーラーになりたい』って書いた人の中で入試通過者はこのコースに自動的に配属されて学科を問わずその専門のセミナリオを受けることができるわけ!」
「あの…。」
隣でセレナがおずおずと手を挙げた。
「では、その、ミラン先輩の他のお二人もヒーラー志望の方なんですか?」
ミラン先輩は冴えた目で隣のロベルトを指さすと「この人が?あり得ない。」と真顔で言い放った。
「そもそもこの特別属性魔法実習室への出入りは治癒属性と闇属性と光属性だけの特権だよ。」
ロベルトも続けて、
「ロメルは今日に限って風邪引いたしセネンは今朝から逃走中で見つけるのだるいから今ここにいるのは俺ら二人だけだけどな。」
と話す。
「え、それってつまり……。」
フェリクスは自分の首がぎりぎりと軋む音を聞きながら茶髪の先輩を見た。
「ああ、名乗り遅れて申し訳ない。アデラ・バエズだ。よろしく。」
フェリクスは自分の意識が遠のくのを感じた。アデラ・バエズ…?アデラ・バエズってあのバエズ…?
(もう決めた、この学園で起こることにもう二度と驚いてやるもんか)
決意を新たにしたフェリクスであった。




