第1話-3
リタはステージの真ん中に立つと、手を後ろに組んでそわそわと目を泳がせて講堂をみまわした。
怖いくらい真顔だがおそらく緊張しているのだろう。意を決したのか、ゆっくりと口を開いた。
「ええっと。この年から晴れてこの学園に入学した、リタ・ジュステと申します。……たくさんの優秀な先輩が在籍するこの学び舎に入ることができて、うれしく思います。…あ、はい。終わります。」
……おい、短えな。
おっと、ついギルドで馴染んでしまった悪い言葉が。
「あ、えっと、ありがとうございました。これにて王立パルーマ学園の入学式を終了いたします。」
あ、終わりなの??
まさに同じことをこの講堂にいるすべての入学生が思ったことだろう。異例の新入生代表挨拶にざわつく観客のなか、なんだか拍子抜けしたような驚きすぎたような、よくわからない複雑な感情を抱えてフェリクスはジョヴァンニと共に講堂を出た。周りのどこを見回しても、すでに壇上からは降りたはずの幼馴染の姿は無かった。
*
寮までの道中、最初に気まずい沈黙を破ったのはジョヴァンニだった。
「まぁ、何ていうんだ?リタ嬢は、その、さっぱりした人なんだな。」
「気を遣うなよ。」
「式に不似合いな挨拶で面白かった。」
「君とは気が合いそうだ。」
「それは良かった。」
フェリクスとジョヴァンニは顔を見合わせて、そのタイミングが妙に合っていたのがお互いに面白くて吹き出した。なんだかジョヴァンニとはテンポが合う。いい友を作ったものだ。
まさかリタが、あのお転婆じゃじゃ馬娘が、新入生代表だなんて。
今朝校長室に呼ばれていたのもそういうことだろう、とフェリクスは勝手に自己完結した。とにかく、自分の馴染みのあるリタで安心したのである。
フェリクスとジョヴァンニが、連れ立って女子寮との別れ道を曲がって男子寮の庭に入った、その時だった。
「ん゛んっ、えーー、新入生のフェリクス〜ファラくん〜、3年生様がぁお呼びでございまぁす。直ちに頭上を見てくださぁい。」
急に天から降ってきた声にフェリクスは反射的に指示された通り頭上を見上げた。彼の真上には庭の遊歩道にせり出した街路樹の枝葉しかない、はずだった。しかし信じがたいことに、その街路樹の枝から180cmはあろう長身の男が逆さまにぶら下がって、こちらを見下ろしているではないか。
「わぁあああ!?!?」
「おぉーいい反応。」
「一体そこで何をしているんですか!?」
「お、フェルナンデス子爵家のジョヴァンニ君じゃあねえか。デビュートで会ったっきりだよな?久しぶり。」
「あ、え、はい…?」
「ちょっと待っててくれよ、ここで長話すんのはさすがに頭に血が上っちまうからな。
……ぃよっと。」
男は困惑するジョヴァンニを余所にぶら下がったまま指を鳴らすと、今度はフェリクス達の正面に現れてその細長い体を腰で折って上から覗き込んできた。いつの間に木を降りてきたんだ、と思う間もなくフェリクスは気づいた。先ほどは木陰の暗がりで姿形はよく見えなかったけれど、こうして落ち着いて上下を正しくみると男の髪はところどころに青が混じった黒地で、瞳はセネンによく似た吸い込まれる黒色をしていた。紛れもなく、彼も闇魔法手だ。現に今木から降りるにも転移魔法を使ったのだろう、見覚えのある黒い魔法の痕跡が微かに空中を漂って消えた。
デビュートのことを知っているのを聞く限り貴族。なのにこの口調の荒さから見える破天荒で、この学園の3年生で、しかも闇魔法手。そんな人物は1人しかいない。
「あなたが、あのロベルト・セールズ…」
「おん、せいかーい。」
「ロベルト・セールズ!?!?」
ジョヴァンニが悲鳴のような声を上げた。
「あは、呼び捨てかよ!まあいいけど!」
「あっいえそんな、滅相もない…!お目にかかれて光栄です。セールズ様においてはご機嫌麗しく…」
「いいっていいって。そういうの俺、あんまり好きじゃねえんだ。お互いにお互いのこと知ってんだからさ、自己紹介の手間も省けてラッキーって思っとこうぜ。」
男、ロベルトはスラックスについた枝の切れ端を雑に払うとバキバキと首を鳴らした。想像していたより気さくな雰囲気に安心したフェリクスは彼がここで何をしていたか気になった。
「あの、ここでセールズ様は、」
「ロベルトな。」
「…ロベルト様は、」
「ロベルト。」
「ろっ、ロベルトはっ!!なにをしていたんですか!!」
……恐れ多すぎる。子爵が侯爵を呼び捨てなんて相手がこんなじゃなかったら一生社交界に出られないくらいだというのに。
これに慣れちゃいけない、絶対に親の前で口走ったら殺される。いや殺されるどころの騒ぎじゃない、末代まで語り継がれる。むしろ末代が僕かも。
「ん〜、知りたい?」
「あ、いえ、機密事項なら僕は別に…。」
「木にぶら下がってる機密事項なんていくらこの学園がイカれててもねえって。」
「え、でも『知りたい?』って訊いたじゃないですか。」
「知りてえのかな?って確認したんじゃん。」
「……。」
調子狂う、変な人だな。あとしつこい。
「なに、どっちなの?」
「知りたいです。ここで何をしていらしたんですか?」
「なぁんか、敬語なのが気に食わねえけど。まぁたまには悪ぃ気しねえし、催促もうるせえから教えたげる。」
ロベルトはそう言うと、不敵に笑ってフェリクスに向かって真っ直ぐに手を差し伸べた。
「ようこそ学園へ、っつーことで、今日は白昼堂々、君を拉致しに来ました。」
「へ…?」
フェリクスの口から間の抜けた音が出た。




