第1話-2
「結局全く荷解きが手につかなかった。寮の間取りも全く把握できていないしそれもこれも散々リタを探し回って疲れたせいだ。本っっっ当に何したんだよ、ああエスクードさんになんて言われるか。このことは恨んでやるからな…。」
「なぁ、そのリタっていう子は何者なんだ?デビュートで見た記憶はないんだけれど。」
フェリクスが寮の部屋の大鏡の前でグチグチネチネチとぼやきながらタイを結んでいると、ルームメイトのジョヴァンニが怪訝そうな顔で後ろから鏡を覗き込んだ。話そうか話すまいか、フェリクスは鏡越しに流し目でジョヴァンニの目を見据えた。
寮は1年生から3年生までは全員が入らなくてはならないので、このジョヴァンニという男とは向こう三年間否が応でも毎日顔を合わせることになる。
(今隠してもいずれバレるのだから話してしまっても良いだろう。……でも直接的に話すのはな。よし、明言はせずに仄めかそう。)
「何者も何も。僕の幼馴染さ。」
「フェリクス君はファラ子爵家の嫡子だろ?リタ嬢の爵位はどこなんだ?」
「ないよ。騎士階級だから、大枠で言えば平民だな。」
「でも騎士階級なら陛下にお目通りすることもあるだろう、そんなに心配するほど礼儀の無い行動をするのかい?」
「騎士階級の中でもまぁ、特殊な一家だからな。多分最後に陛下へ謁見したのは何代も前だろう。」
「…まさか、それって―」
「あまり言いふらしてくれるなよ。」
ジョヴァンニは、はぁっと息をつき、呆れたように目を上向かせた。
「そこまで言ったら言い切ったも同然だろ。そんな特殊な騎士階級の家なんて一つしかないじゃないか。」
「でもあの家がああなおかげで僕は治癒魔法の練習ができたんだよ。」
「まぁ、わかる。俺入試でしくじったからさ、もし学園に落ちたら家は兄に任せてあそこで冒険者になろうと思っていたんだよ。…覚えてる?俺、実技試験の時にフェリクス君に助けてもらってさ。」
「…ごめん、全然覚えてない。」
「そうか、それは残念だ。」
「必死だったんだよ僕も。ひとりひとりの顔を認識する余裕はなかった。」
「フェリクス君とルームメイトだってわかった時、俺はすぐにピンと来た。嬉しかったよ。」
「あー…やめろよ、小っ恥ずかしい。」
そろそろ式だ、急ぐぞ、と強引に話を切り上げてフェリクスは制服のジャケットを羽織ると同時にさりげなくジョヴァンニの片腹を肘で突いた。ジョヴァンニは朗らかな人好きにする笑顔で悪びれずに笑いをこぼした。
*
「えー、本日は新入生諸君、入学おめでとう。…出自は様々だと思うがこの学園で学びたいことに専念して学び、輝かしい未来に向かって進んでいってほしい。あー……、そもそもこの王立パルーマ学園というのは王国歴前745年春の23日に初代学園長のー……」
「…なあ、フェリクス君。」
真っ白な髭を胸元まで伸ばし教会の長老のような見た目をした学園長の長くなりそうな話が始まった途端、隣に座っていたジョヴァンニがフェリクスに小声で話しかけた。
「なんだよ。話聞けって。」
「一度、舞台袖を見たまえよ。」
ジョヴァンニが顎で示した先、舞台袖の暗がりの中に鮮烈な赤髪を見止めたフェリクスは目を見開いた。
「やっぱり?あの子、君の…。」
「そうだ。あそこで、何を。」
「さあ?新入生代表なんじゃないか?」
フェリクスはその言葉に息をのんだ。どうにか頬を持ち上げて笑顔を作ろうとしたが、口から漏れ出た声は情けないほど掠れていた。
「ま、まさか。そんなわけ…。」
「でも、ありうるだろう?今顔を見てやっと思い出した。あの赤髪の子、実技試験ですごかったんだ。競技場、俺の方が先にいたのに後から入ってきたかと思えばあっという間にB級の魔物を立て続けに3体も仕留めて。そのあと誰かと通信魔術で話していたかと思ったら急に火魔法で周りにいたD級の魔物も全部一気に倒しちゃったんだよ。ああこの子は受かるんだろうって思わされた。」
無論、フェリクスはリタの実力を分かってはいた。10歳の時点で剣術Lv87、フィジカルLv90という大人顔負けの結果を叩き出し、ギルドマスターやエスクードに期待を掛けられて育つのを見てきたから。しかし彼が最後にリタの戦う様子を目の当たりにしたのは二人が9歳、フェリクスが治癒属性を発現するまでで、それからはまるっきり後方支援に当たっていたのだ。
もしかしたら、リタは自分の知らないところで成長していて、自分が思っているよりずっと強くて、勇敢で、頼もしいのかもしれない。面倒を見なくてはいけない天然な幼馴染はもういなくなりつつあるのかもしれない。
――いや、そんなまさか。だってアレは引っ越しの時に手ぶらで来るような奴だ。
フェリクスはこみあげてきた不安を打ち消すように自分へ言い聞かせた。
客席から徐に起こった拍手の音でフェリクスはハッと現実の世界に帰った。慌てて目立たない程度に頭をゆるゆると振って思考を追い払い、さも真面目に話を聞いていたかのように姿勢を正して手を叩く。
拍手が鳴りやむと、司会が口を開いた。
「続きまして、新入生代表からの挨拶です。兵学部主席入学、リタ・ジュステ。」
「はい。」
信じられない、信じたくないことだった。




