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4. ヒロ先輩 (前編)

 出会いは突然に。なんて、今時歌詞にもならないフレーズだけど、わたしとヒロ先輩の出会いは本当に偶然で運命的なものだと、勝手に思っている。

 ヒロ先輩の名前は、英紘之(はなぶさひろゆき)と言い、名前の一字を採って、「ヒロ先輩」と皆から呼ばれている。ちょっと目元が妹の有里香にそっくりなヒロ先輩は、後輩のわたしにも優しくしてくれる。同じ男子でも、がさつなところのある数馬とは大違い。物腰は穏やかだし、いつも笑顔を絶やさない先輩は、とってもカッコいい。

 でも、本当のことを言うと、先輩の第一印象は最悪だった。むしろ、大嫌い。女の敵、社会の悪、と思いつく限りの悪態を並べたくなるよう存在だった。思い起こせば、それが一ヶ月もたたないうちに、恋心に変わっていたのだから、人間関係って難しいと思う。

 ファーストコンタクトは、わたしが高校に入学して間もないころ……。ちょうど、新聞の片隅に「未知の流星」の記事が乗せられた日の、四ヶ月前のコトだ。わたしたちの出会いにタイトルをつけるとしたら、「チカン冤罪事件」と言ったところだろうか。

 その日は午後から、二時限ぶち抜きで体育の授業があって、わたしは鈍い疲れを引きずりながら、更衣室で着替えと帰り支度をしていた。少し汗のにおいを気にしながら、制服を着て、ふと窓辺に視線をやると、ちょうど三センチに満たない隙間があり、目じりの垂れ下がったいやらしい瞳がいくつか覗いていた。

「覗きだ!」とすぐに、わたしの頭の中で警報が鳴る。だけど、まだ着替えを済ませていない下着姿のクラスメイトもいるのに、「誰よっ!?」なんて大声を上げて窓を開き、チカンを撃退するわけにはいかない。幸い、覗きに気付いているのはわたし一人で、皆が気付いて大騒ぎになる前に、チカンの正体を突き止める手段を思いついたわたしは、そっと部屋の隅の掃除用具入れから長柄の箒を取り出した。

 十分凶器になりうる。と確信を胸に、わたしは弟が観ていたカンフー映画の主人公みたいに、棍を構えて、窓の隙間を一突きした。ガツンっとチカンの顔に当たる感触と、やや遅れて「ぎゃあっ」というチカンの悲鳴が聞こえた。

 その悲鳴に、更衣室が騒然となる。まだ下着姿の子はすぐにバスタオルを纏って身をかがめる。やがて、更衣室中に、絹を裂くような悲鳴が轟いた。まるで、悲鳴から悲鳴に連鎖するように、窓の外でいくつかの逃げ足が聞こえてくる。どうやら、チカンは一人じゃなかったみたいだ。

「逃げるな、チカンっ!!」と、勇猛なクラスメイトが窓を開けて、チカンに怒鳴った。わたしも窓枠から身を乗り出して、チカンの正体を突き止めようとする。すると、窓の前に一人の男の子が……。それが、ヒロ先輩だった。

「やっ、俺は違うぞっ!」

 取り乱しながら、弁明を試みる先輩だったけど、女子の怒りは頂点を極め、だれも彼の弁解を許したりなんかしなかった。勿論、わたしも。わたしは服を着ていたからいいようなものの、まだ下着姿の子なんて、怯えて震えている。女の子にとって、覗き被害は思うよりも、トラウマになりやすいのだ。そうして、高校生活の三年間を暗黒のオーラを背負って送らなければ鳴らなくなってしまう。それくらい重い罪を犯した、不埒な男を野放しになんてするもんか。チカンを許せるほど、わたしの心は寛大じゃない。

 わたしは、手に持った箒を振り上げながら窓枠から飛び出すと、先輩目掛けて怒涛の一撃をお見舞いしてやった。怒りを込めた正義の鉄槌は、ストレートに先輩の脳天を直撃して、先輩を一刀の下にやっつけた。

 それを見計らったように、クラスメイトたちが雪崩を打って、窓から飛び出して、「この変態っ!」「先生に突き出してやるっ!」と口々に叫びながら、先輩を捕まえる。

「ううーん」と唸り声を上げる先輩は、騒ぎを聞きつけて駆けつけた先生たちによって、あえなく逮捕された。

 ところが、翌日になって、先輩の容疑はこともなく晴れたのだ。勿論、被害にあったわたしたちは納得なんか出来ない。ことと次第によっちゃ、先生だって張り倒す、位の勢いで職員室に殴りこむと、そこには顔にひどいあざを残した男子生徒がいて、体育教師に拳骨をお見舞いされている真っ最中だった。まるで、落雷のような派手な音ともに、男子生徒が「ぎゃあっ」と悲鳴を上げる。

 わたしは、はっとなった。その声には聞き覚えがある。箒で突いたとき窓の外で聞いた、チカンの声だ。すると、彼の青あざは、わたしがつけたものと言うことになる。

「話はこいつから聞いた。覗きをしてたのは、こいつと仲のいいグループで、英はそれを見咎めて、注意しようとしたそうだ」

 と、拳骨の体育教師がわたしたちに説明する。事態を大きくしたくない先生たちは、覗きをした生徒たちを向こう三ヶ月の自宅謹慎とし、女子更衣室の窓を羽目殺しにして、再発防止に努めるという妥協案を提示した。もっとも、わたしたちも、高校受験を乗り越えて入学したばかりで、問題を膨らませたくはない。納得できないと言う子もいたけれど、結局先生たちの謝罪で、事件はこれまたあえなく幕を下ろすこととなった。

 だけど、わたしの「チカン事件」はそれで終わりを告げなかった。なにせ、わたしはチカンたちを捕まえようとしてくれた、先輩を箒で叩き倒したのだ。そのことについて、わたしは謝罪しなければならないのだが、気まずくて、簡単にはいきそうにもない。

 何度か、ごめんなさいの五文字のために、先輩のいる二年生の教室まで足を運んだ。だけど、階段を上がったところで、踵を返してしまうのだ。わたしの先輩に対する第一印象が悪かったように、箒の一撃をお見舞いしたわたしの印象も最悪だろう。そう思うと、怖くて先輩のところまで行く勇気がなかった。

 妙なところで、臆病者のわたしを笑うがいいさっ!

 そうして、一ヶ月がだらだらと過ぎていった。クラスでは、あのチカン事件は早くも過去の出来事になり、覗き学生どもは停学処分に処され、女子更衣室の窓は先生たちの約束どおり改装されて、事件のすべては終結を迎え、わたしだけが、先輩に謝罪できていないと、胸の奥でもやもやを抱えたままだった。

 そんな折、「入部希望届け」のプリントがわたしたち一年生に配られた。すでに部活を選んでいるクラスメイトもいる。数馬もそんな中の一人で、何故か中学まで一筋だった剣道をきっぱり捨てて、天文部を選んでいた。

「何でよりにもよって、あんたに一番似合わない、天文部なのよ?」

 わたしが数馬に問いかけると、数馬は「ロマンを追いかけたくなったんだよ」と、わけの分からない返答を返してきた。ロマンだなんて、科白も数馬には似合わないと思う。どちらかと言えば、数馬はスポーツマンで、ウチの弟と同じく、汗を流すのが好きなタイプだと思っていただけに、幼馴染の返答と行動に戸惑った。

 さて、他人のことはいいから、わたしはどうしよう……。

 中学では半帰宅部だった、美術部に在籍していた。部員数も少なく、ほとんど活動は年に二、三回しかない。自由気ままで楽なことこの上なく、その代わり友達の在籍する部活に顔を出しては、時には助っ人として、時にはお邪魔虫として、八面六臂の活躍(?)を見せ付けていた。言ってみれば、美術部が本籍で、その他の部活が住所とするなら、わたしは引越ししまくりの中学生活だった。

 しかし、高校の美術部は毎年の展覧会やコンテストへの出品や、文化祭への課題など、暇をもて余す余裕なんてありそうもない。人生に一度しかない高校生活において、部活の占めるウェイトは大きい。それなりの目的を持って選ばなければ、部活で高校生活が暗くも明るくもなるのだ。

 どうしよう……。先輩のことと、部活のことのどちらも、答えを出せないまま、入部届けの提出日はどんどん迫ってくるし、数馬からは「優柔不断だな。どうせなら、全部の部活の名前を書いたら、どうよ?」と、からかわれる始末。

 そんなある日。高校生活の出鼻をくじかれたような気分になって、落ち込んでいるわたしの前に、多分その時一番会いたくない人物が現れた。ちょうど、お昼休み。気分転換に出てみた中庭。昼下がりのまったりとした空気に、わたしはうとうとしながら、植え込みの傍にあるベンチでウトウトしかけていた。

「あ、君は……」

 唐突に声をかけられたわたしは、眠りの世界に突っ込んでいた片足をひっこめて、跳ね起きた。少しばかりぼやけた視界の先には、ヒロ先輩がいて、驚きと笑顔を混在させたような顔でわたしを見ている。一気にわたしの心拍数が急上昇し、わたしは逃げ出したい気持ちになった。

 だけど、先輩はうろたえるわたしなんか気にもしないで、「隣、座ってもいい?」なんて笑顔で言って、ベンチに腰掛けるものだから、わたしは逃げ出す機会を逸してしまった。

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