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31. 世界の終わり (後編)

「気をつけて行って来るのよ」

 玄関口でわたしと弟を見送る母は涙ぐんだ。流星が地球に衝突すれば、これが最後の別れとなる。母としては、わたしたちを星見会なんかに行かせたくないはずだ。世界が終わるその一瞬まで、家族四人そろって過ごしたいはずだ。その気持ちは痛いくらい分かる。

 母の隣で父は泣くまいと、こらえていた。朝とは打って変わって、悲しそうな父の顔にわたしの心はチクリとする。

「タケル、お姉ちゃんや天文部の皆さんに迷惑かけちゃダメよ」

 母がタケルに言うと、タケルは少しだけうざったいような顔をして、

「大丈夫だよ。ちびっこじゃないんだから。まったくもう、弟は損だね」

 と、自らの生まれの不幸に憮然とする。

「それだけ、あんたのことが心配なのよ」

 何度もタケルの頭をなでながら、母は言う。そして、わたしの方に向かって、

「理沙は、ぼんやりさえしなければ、しっかりした子だから。でも……」

 そこまで言って、言葉を詰まらせる。いつも口うるさくて、いつも気丈な母が、こんなにも弱々しく見えるのも、ちょっと世間ずれした学者の父が涙をこらえるのも、とても切ないことだった。でも、泣きながら別れを惜しむのは、わたしたち一家らしくない。今日の今日まで、世界の終わりに冷静でいた、世界一暢気でアホな一家なのだから。

「大丈夫、お母さん。どこにいても、どんなときでも、わたしたちの心は繋がってるわ。だって、大切な家族だもん」

「理沙、お前も言うようになったな」

 父が、少しだけ笑った。苦笑に近かったかもしれない。

「それにね、世界は終わらないかもしれない。だから、明日の朝ごはん、わたしとタケルの分もちゃんと用意しててね」

 にっこり笑って力強くそう言うと、わたしは鞄を持った。そして、弟の背中を軽く叩いて、

「行って来ます!!」

 と元気良く、玄関を開ける。両親はわたしの自信に満ちたような言い方に、ぽかんとしながらも、玄関前まで裸足で走り出してくると、何度もわたしたちに向かって「気を付けてね」と繰り返した。わたしたちも家が見えなくなるまで、何度も振り返った。

 住み慣れた街。飽きるほど走り回った道。それらを横目に、わたしたちは学校を目指す。

「姉ちゃん、さっきの、何?」

 わたしの隣を歩く、大きなリュックサックを背負った弟が、ちらりとわたしの顔をみて尋ねる。どうやら、私服に落ち着いたらしい弟は、ボーダー柄のポロシャツにジーンズという、ありきたりでラフな格好だった。

「さっきの?」

「世界は終わらないかもってやつ」

「ああ、それね。わたしの希望的観測よ」

「それにしては、自信たっぷりだったような気がする……。何か知ってるの?」

 怪訝な顔というのはこういうのを言うのか、と思ってしまうほど、タケルは疑いの眼をこちらに向けてくる。

「さあ、どうでしょう。確率は五分五分だって言ってたからね」

「誰が?」

「さあ、誰でしょう?」

 わたしは、クイズの司会者のような口ぶりで弟に言った。だけど、解答者は答えを知らないし、その名前を口にしたところで、クエスチョンマークを湧かせるだけだろう。だから、あいまいな言い方をする。

「答えは、天体が地球の周りを廻ってるんじゃなくて、地球が太陽の周りを廻ってるって言った人」

「はぁ?」

 案の定、弟は小首を傾げてしまう。わたしはニヤリと笑って、

「そんなことも知らないようじゃ、将来天文学でノーベル賞なんて取れないわよ」

 と、言ってやった。

 やがて、わたしたちの前に、学校が見えてくる。校門はもうずっと開きっぱなしで、いつ来るとも知れない生徒たちを待ちわびているようだった。だけど、今日ここを通過するのは、わたしとタケル、それに数馬、有里香、国木田部長の五人だけ。世界最後の日にまで、学校へ来るような物好きは、この世にわたしたち以外いるはずもない。

「靴は、適当に入れて」

 昇降口で靴を脱ぎ上履きに履き替えながら、弟に指示する。弟がこの学校に来るのは、これで二度目。前は、文化祭のときで、学び舎全体が、お祭り気分で賑わっていた。しかし、その騒がしさは、もうどこにもない。静寂一点張りで、廊下を歩く足音さえ、反響して響き渡る。

「ずっと開放状態で、よく泥棒に入られないね」

 もっともな質問が、弟の口から漏れる。たしかに、ここ一ヶ月以上、学校は戸締りされていない。それというのも、用務員の先生さえも、登校しなくなったためだ。

「きっと、盗むようなものがないからじゃない? お金とか、貴金属とかそういうのは、学校にはないわよ。それに、不良が学校を溜まり場にするわけもないし……」

「それもそうか……」

「タケル、こっち」

 わたしは屋上へと伸びる階段を指差した。電灯のついていない階段は薄暗く、ともすれば段を踏み外してしまいそうになる。それでも、わたしと弟は、屋上の扉を開いた。すると視界に、太陽のまぶしい光と、抜けるような青空が飛び込んできて、わたしは思わず目を伏せた。

「二十分遅刻!」

 唐突に、剣先のように尖った声がわたしに向かって飛んでくる。目を開くと、国木田部長が仁王立ちしている。

「すみません。両親がなかなか離してくれなくて……」

「だから、俺は朝のうちに家を抜け出したんだ。他のやつらもな!」

 そう言って、部長は珍しくにっこりと笑った。

 すでに、屋上には数馬と有里香がいた。去年と同じように、望遠鏡が三台、夜空に向かって並べられており、ピクニック用のビニールシートも広げられている。

「理沙、タケル、こっちこっち!」

 ビニールシートに座る数馬がわたしたちを手招きする。

「すっげーっ! お菓子の山だ」

 と言ったのはタケル。数馬と有里香の前には、みんなが持ち寄ったお菓子が、段ボール箱に山のように積み上げられていた。どう見ても、ひとり三百円の枠を超えている。

「ほとんど部長が用意したのよ」

 と、有里香がわたしに説明してくれた。

「ほら、毎年の星見会は、三年生の送別会をかねてたでしょ。でも、今年はお兄ちゃんも来ないし、送別会って雰囲気でもないから、せめてお菓子だけでも食べ放題にしようって、気を利かしたんだって」

「それならそうと言ってくれれば良かったのに」

 わたしはちらりと部長のほうを見た。部長は照れ隠しなのか、まじめな顔をして望遠鏡のピントを調節しながら、わたしたちの会話なんて聞こえていないフリをしていた。

 その時だ。さきほどわたしたちが屋上に上がってきた扉が、女の人の悲鳴のような声を上げながら開く。わたしたちは一瞬と惑って、ここにいる者を確かめた。わたし、数馬、有里香、部長……ついでの愚弟。一体誰だろう……。そう思っていると、その人たちはすこし恥ずかしそうに、わたしたちの前に姿を現した。

「お兄ちゃんっ!!」

「岡崎先輩っ!!」

 有里香と数馬が驚きの声をあげ、それぞれの名を呼んだ。

「どうしたんだ、英。星見会には出ないんじゃなかったのか?」

 望遠鏡をつついていた国木田部長も、丸めがねの奥で、目を大きくする。

「そのつもりだったんだけど……千春に話したら、『天文部員が星見会をサボっちゃダメ』って、逆に俺が怒られちゃって……」

 ヒロ先輩は頭をかきながら、バツの悪そうにする。そんな彼氏のしぐさに苦笑しながら私服の岡崎先輩は、いつものように朗らかな笑顔を顔いっぱいに浮かべて言った。

「お邪魔じゃなかったら、わたしも参加したいの。ダメ? 国木田君」

「いや、ダメじゃありませんよ。岡崎先輩は、天文部のOGなんですから。それに、これで送別会も出来ますし」

 国木田部長はそう言って、わたしたちのほうに視線を送った。わたしは、なるべくヒロ先輩の方を見ないようにした。恋人同士寄り添う二人の姿を見ればきっと、胸が苦しくなってしまう。もしかしたら、泣きたくなるかも知れない。

「それじゃ、早いですけど、国木田部長とヒロ先輩の送別会始めましょうよっ!」

 わたしは、邪念を振り払って、勤めて明るく言った。そうだ、わたしはヒロ先輩にフラれたんだ。今更それをくよくよしたくない。世界が終わる日に、仲間や弟に、泣き顔なんて見せられない。それがわたしらしさだ。

「さあ、先輩たち、こちらへどうぞ!」

 ヒロ先輩と国木田部長をビニールシートの中央へと招く。有里香が手早く紙コップにジュースを注ぎ、数馬の「三年間、お疲れ様でした!」の掛け声で、わたしたちは日が暮れるまで、送別会を楽しんだ。

 たくさんお菓子を食べた。それでも部長の用意したお菓子は、七人で食べきれるほどの量じゃなかった。お菓子の肴に、まるで、一秒を惜しむかのように、いろんな話をした。くだらない冗談。天文部の思い出。岡崎先輩の大学生活の話。タケルの星空講座は、天文マニアの国木田部長とともに、大いに盛り上がった。これが最後の楽しいひと時になるんだと、誰も言わないけれど、誰もがそう思っていた……。


 そして、その時が来る。


 流星「ベイカー」が夜空に姿を現したのは、日が暮れて間もなくしてだった。星の瞬く夜空は、雲ひとつなく無風に近かった。絶好の天体観測日和だ。そんな夜空を見上げるわたしたちの頭上に、赤い星がきらめいた。火星よりも強く輝き、アンタレスよりも真っ赤なそれは、どこか禍々しささえ感じられるほどだった。

 最初にそれを発見したのは誰だったかわからない。ただ、「ベイカーだ!」という声にはじかれたように、わたしたちは皆立ち上がり、一様に頭上の赤い星を見つめた。

「あれが、ベイカー……」

 ヒロ先輩が呟く。その傍らでは、岡崎先輩がヒロ先輩の手を強く握り締めていた。

「どんどん近づいてるよ。怖い」

 有里香が声を震わせた。そんな有里香の隣で、わが弟が有里香の手を取った。

「大丈夫です、ぼくたち独りぼっちじゃありません……みんなが居ます」

「うん、そうだね、タケルくん」

 ゆっくりと有里香が弟の言葉に頷いた。だけど、その場に居る誰もが、心臓が破裂しそうなくらい恐怖に怯えていた。わたしを除いて。

 大丈夫、世界は終わらない……わたしは、ただ黙ってベイカーをにらみつけた。ついに、この世界に終わりの時が来る。世界中の国々はついに、それを止める手立てを決められなかった。某国の大統領は、核シェルターに逃げ込んだらしい。わたしたちの国の総理は、今頃どこへ逃げているだろうか。どこへ逃げたって、時速一万四千四百キロメートルの速度で、まっすぐ地球を目指す流星は、あと数時間もすれば、地球の引力圏に入りそのまま、大地へと落ちる。あらゆるものが、膨大なエネルギーによって抉り取られ、この世界に生き残れる命はないだろう。

「なあ、理沙。ひとつ聞いてもいいか?」

 突然、わたしの隣で数馬が言う。わたしは傍に数馬が居ることさえ気づいておらず、その声に少しだけ驚いてしまった。

「今朝、武藤さんから電話があったんだ。お前の携帯番号を教えてほしいって」

「うん。武藤さんから電話かかってきたよ。ほら、文化祭前に武藤さんのアパートに行ったとき、数馬、携帯電話の番号を書いたメモを郵便受けに入れたでしょ? あれを頼りに電話したって言ってた」

「ああ、そう言えばそんなこともあったね。それで? 武藤さんから何の話だったんだよ」

「気になるの?」

 わたしがいたずらっぽく尋ねると、数馬は憮然としながら「当たり前だろ!」と言った。


 電話がかかってきたのは、星見会へ行くための準備をしているときだった。見知らぬ番号に、多少なりとも警戒した。ところが、電話口に現れた武藤さんは、数馬から番号を聞いたということを説明するなり、突然おかしなことを言った。

『もしも、世界を終わらせない方法があるって言ったら、驚くか?』

 一体何を言っているのかわたしには分からなかった。わたしがきょとんとしているのが、受話器を通して伝わったのか、武藤さんは小さく笑った。

『これから、俺の数少ない大学時代の友人たちと、ある賭けをしようと思うんだ』

 それは、ただの賭けじゃない。武藤さんはそう前置くと、賭けの中身について噛み砕いて説明してくれた。そのキーワードは、「天体が地球の周りを廻ってるんじゃなくて、地球が太陽の周りを廻ってるって言った人」。

 その名をコペルニクスという。有名な、地動説を唱えたドイツの天文学者だ。だけど、この場合はその天文学者ではなくて、武藤さんが「ベイカー」を世界で始めて観測した、電波観測機の名前。

 本来電波望遠鏡は、巨大なパラボラアンテナによって、天体の発する電波を捉えて観測するものだ。ところが、電波観測機「コペルニクス」はそれとはまったく違う。「コペルニクス」は地上にはない。即ち、地球軌道を周回する人工衛星の中にある。

 まだ武藤さんが高校生だった当時、武藤さんの五年上の先輩に当たる人が、「コペルニクス」を開発した。当時としては、オーバーテクノロジーとまでいわれた小型の電波望遠鏡で、地上より電波を拾いやすい宇宙空間を漂う人工衛星に搭載された。高校生の武藤さんは、その観測データを後輩のよしみで供与してもらっていたのだ。

 ところが、人工衛星が打ち上げられてたった二週間で「コペルニクス」を乗せた人工衛星がスペースデブリ、つまり宇宙のゴミにぶつかって壊れてしまった。ぶつかったゴミは一センチあまりのネジだったらしい。超精密機器を載せた人工衛星は、コストや技術の面からデブリに対する耐久性が皆無であり、あえなく破棄されて、現在に至る。その間、一般の人はおろか天文学者の間でもその存在を忘れられて行ったのだ。

『だけど、人工衛星だけはまだ生きている。三日前、再起動実験をしたところ、コペルニクス自体は完全に死んでいたけれど、衛星の推進器(スラスター)はちゃんと動いたんだ。ただ、電力供給のためのソーラーパネルはいかれてて、内臓電源は五秒しか持たない』

 賭けの計画はこうだ。ベイカーが地球軌道に入った直後に、人工衛星のスラスターを全開する。そして、時速九万キロで五秒間加速した人工衛星は、地球の外周約四万キロを、加速を続けながら周回する。空気抵抗のない宇宙であれば、たった五秒の加速でも摩擦によって相殺されることはないのだ。

 そして、地球の外周を加速旋回した人工衛星を「ベイカー」にぶつける。質量は小さくても、加速によって得たエネルギーを以って、流星にヒビを入れることでも出来れば、流星の規模は小さくなる。そして、成層圏で流星は四散し、中には摩擦熱で消失する欠片も出来るかもしれない。少なくとも、地上に落ちる流星の規模は、とても小さくなる。

『すべては希望的観測だ』

 武藤さんは電話口でそう語った。確かに、武藤さん希望的な観測に過ぎない。ゼロコンマ一秒でも狂えば、コペルニクスは、流星にぶつかることない。そのためには、小数点以下の誤差も許されないような正確無比な計算をしなければならない。電話の向こうでは、武藤さんの友人らしき人たちが、ああでもない、こうでもないと、その頭脳をフル回転させているだろう。まさに、時間との勝負を賭けた戦場だ。

『ただ、利点はある。世界が、もっとも理想的な核爆弾による流星破壊に踏み出せなかった理由は、それによる経済的・軍事的な損失だ。所謂、ややこしい政治の世界ってやつだ。だけど、俺たちの計画なら、もう使えなくなって地球圏を漂流する人工衛星ひとつと引き換えで済む。誰も、何も失わなくていいんだ』

「どうして、今頃になって?」

『このあいだ、君に言われただろう? 逃げているだけだって。あの後、冷静になって考えたら、その通りだ。星が好きなのに、星から逃げてる。今、世界を救えるのは自分だけかもしれないと気づいたら、居ても立っても居られなくなった。

 この計画は、昔まだ研究員だったころ、俺が考えた流星落下の回避方法だ……。俺が学会に黙殺されても、我慢して観測研究続けていたなら、ちゃんとした計算と計画の下に、流星を回避できたかもしれない。それに気付かせてくれたのは君だ。だから、君にはこのことを前もって知らせておきたかった。ありがとう』

 武藤さんは電話口でわたしに感謝を述べた。わたしは嬉しいような、恥ずかしいような気分になった。あの時、逃げていたのはわたしの方だったというのに、こんな形で感謝されるとは思っても見なかった。

『でも、本当に計算もろくに出来ていない。だから、これはとても分の悪い賭けだ。友人たちは今も、必死に計算し続けてくれているが、ベイカーが地球軌道に突入するまでには、正確な答えは出ないだろう』

 最後にそう付け加えて、武藤さんは電話を切った。だけど、武藤さんの声は自信に満ちていた。「科学者が根拠のないことに自信を持ってはいけない」というのは天文学者の父の口癖みたいなものだったけれど、武藤さんが根拠のないことに自信を持っていてもいいじゃないかと思う。少なくとも、希望の光が見えたことで、わたしは俄然勇気が湧いた。


「なるほどね……」

 わたしの説明を聞き終わった数馬が呟くように言った。他のみんなには、わたしたちの会話は聞こえていない。それどころではない。終末にふさわしい真っ赤な星はどんどん膨張しながら、刻一刻と地球に迫っている。もう、その姿形まで、この地上からはっきりと分かるほどだ。

「でも、本当に賭けだって。理論上はうまくいく見込みが高いけど、ちゃんと人工衛星を流星に命中させることが出来るか、命中しても流星にダメージを負わせることが出来るかは、五分五分だって武藤さんは言ってた」

「まあ、飛んでくるバスケットボールに、ビー球ぶつけるみたいなもんだもんな」

「それでも、これでわたしたちの未来が終わりだなんて思いたくない……」

「そりゃ、俺だって同じだよ」

 数馬が笑う。心の中は不安で仕方がなかった。武藤さんの計画が失敗すれば、わたしたちは死んでしまう。もう二度と、一緒に星空を見上げられなくなる。それは、とても怖くて寂しいことだ。どんなに割り切って見せても、不安が簡単に拭えるはずもない。まして、目の前に禍々しい流星が現れれば尚更のことだ。武藤さん賭けを信じたい気持ちと、計画が失敗して、このまま世界が終わるという恐怖が、わたしの不安をどんどん掻き立てる。

「数馬……手、握って」

 わたしは小さな声で言った。数馬は驚いて、わたしの顔を見る。だけど、流星を見上げたままでもう一度、今度は強く言った。

「手握って。昔そうしてくれたみたいに、怖くないように……」

「うん」

 数馬はゆっくりと頷くと、そっとわたしの手をとった。数馬の手は、わたしの手をすっぽりと包み込むほど大きい。だけど、とても暖かくて優しい。

 ずっと昔。わたしが数馬の後ろを「カズくん、カズくん」と呼びながら追いかけていたあの頃、公園で日が暮れるまで遊び、暗い帰り道を歩くのが怖かった。そんな時、決まって数馬はわたしの手を握ってくれた。「ぼくが一緒だから大丈夫だよ」数馬はいつだって、わたしに優しかったんだ……。

「理沙の手震えてるよ……」

 わたしの手を握る数馬が言った。

「大丈夫。俺が一緒だから大丈夫だよ。信じよう、絶対成功するって!」

 ぎゅっと痛いくらいに、数馬の手に力がこもる。わたしは、頷いた。頷いてから、そっと数馬の横顔を見た。その顔は、不良たちからわたしを助けてくれたときの、勇敢で頼もしい顔と同じだった。

「あのね、数馬……、あの話、まだ有効?」

 わたしはそっと尋ねた。数馬はきょとんとする。

「あの話?」

「わたしのことが好きってやつ……」

 と言うと、数馬はしばらくの間、わたしの顔を見て、それからにっこりと微笑む。

「有効。ずっと有効だよ」

「そっか。あのね、わたし、今すぐに数馬のことを、男の子として好きになれるかどうか分からない。でも、わたし、数馬がこうして隣に居てくれることが嬉しい。これって、恋かな?」

「さあ、どうだろ? 俺としては、恋であってくれたら、めちゃくちゃ嬉しいけどな!」

「うん、そうだね」

 わたしもにっこりと、数馬に向かって微笑んだ。

「時間だ」

 数馬が右腕の腕時計で時刻を確かめる。左手は、しっかりとわたしの手を握っていてくれる。

「武藤さんが計画を実行する時刻……」

 そう言って、数馬はわたしに腕時計を見せた。白い秒針が、カチカチと文字盤の十二の数字に近づいていく。

 五、四、三、二、一……ゼロ!

 その時だった。空を見上げる国木田部長が、「あっ!!」とひときわ大きな声を上げた。音があったわけじゃない。ただ、真っ赤な流星を射抜くようにような一すじの細い光の帯が走ったかと思うと、まるでパーンッとはじけ飛ぶような衝撃があった。あたりが一瞬フラッシュのような眩い光に包まれる。

「見ろっ!」

 と国木田部長。

「流星が……」

 とヒロ先輩。

「砕けた!」

 と有里香。

 やや沈黙……。その場に居た誰もが、一体何が起きたのかわからなかった。呆然としていたというのが正しいだろう。だいぶ形もはっきりとしていたはずの流星が、一瞬の間に光に包まれて割れたのだ。それもいくつもの無数の粒に。そして、それらは、はじけ飛ぶように、夜空を埋め尽くすほど大量の流れ星になった。

「やったーっ!!」

 沈黙を破って、数馬が叫ぶ。それを合図にするかのように、みんなが飛び跳ねて喜び合う。国木田部長は遠吠えを上げ、ヒロ先輩は岡崎先輩と抱き合い、有里香は涙を流す。もちろん、喜びの涙。その涙をそっとタケルが拭ってやる。だけど、わたしだけはまだぼんやりとしていた。

「理沙っ!! 武藤さんの賭けは成功したんだ! 俺たち助かったんだよっ!!」

 数馬がわたしの顔を見て叫ぶ。その声にようやくわれに返ったわたしは、

「数馬っ! 数馬っ!!」

 と何度も名を呼び、思わず数馬に抱きついた。数馬は恥ずかしそうに顔を赤らめる。だけど、わたしは嬉しさが胸の奥底からあふれかえってくるのを感じていた。

「恥ずかしいよ、理沙っ!!」

 そう言って、数馬が根を上げる。ふと視線を感じて振り返ると、みんながこっちを見ている。みんなニヤニヤしながらわたしたちのことを見ている。嬉しくて思わず数馬に抱きついてしまったことが、急に恥ずかしくなって、わたしは飛び退くように数馬から離れた。

「ご、ごめん」

「いっ、いやその」

 わたしたちが照れていると、有里香が近寄ってくる。

「何よ、見せ付けてくれるわね二人ともっ!」

 と、言った有里香の顔は怒ってはいなかった。むしろ、ニコニコと微笑んでいる。

「そ、そんなことよりっ、流れ星に願い事しなきゃ! だって、流星は時一万四千四百キロで流れていくんだよ。ぼやぼやしてたら、お願い事できなくなっちゃうっ!!」

 わたしはそう言って、ベイカーの砕け散った流星を指差した。それは、どんな流星群よりも幻想的で、神秘的。さっきまで、恐怖の対象だった流星は、夜空を幾重にも折り重なりながら、埋め尽くす無数の流れ星に変わったのだ。

「そうだねっ!」

 有里香はそういうと、タケルと一緒に夜空に願いをはせる。

「俺たちも」

 と、ヒロ先輩と岡崎先輩も空を見上げた。二人が願うのは、きっと同じことなのだろう。

「何だよ。今後部、内恋愛禁止にしてやるからなっ!!」

 唯一、隣に誰も居ない国木田部長は、少しだけふてくされながらも、夜空に向かってお祈りのポーズをとる。

 わたしは、それらに倣って、流れ星に願った。そっと瞳を閉じる。いくら時間がかかっても、次から次へと空には流れ星がきらめく。願いはきっと聞き届けられることだろう……。

「何願った?」

 しばらく経ってから、数馬がそっとわたしに尋ねた。

「数馬は?」

「理沙が、俺のこと好きになってくれますように……理沙は?」

「わたしは……」

 瞳を開いて、流れ星が埋め尽くす夜空を見上げる。


 数馬との恋が成就しますように……



(おしまい) 

 


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