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30. 世界の終わり (前編)

「本日、西暦二千××年。地球は最後のときを迎えようとしています! これが最後の放送かと思えば、感極まる思いです。思えば番組が始まって二十年……」

 テレビカメラに向かって、白髪の混じったベテランアナウンサーが、熱っぽく語る。わたしとしては、世界が終わる日の朝まで、番組の放送を続けていたあなたと、スタッフたちを褒め称えたい気分だ。それでも、スタジオは閑散としている。カメラは一人しか居ないようで、ずっと固定カメラ状態だし、いつも辛口評論を憚らずにわめき散らす評論家の先生も、ちょっと猫なで声がシャクに触る美人アシスタント・アナもいない。

「では、今日最初のニュースから……」

 テレビはここ半年ほど、朝のBGMとなっていた。新聞屋さんが新聞を届けにきてくれないので、ニュースを知るにはインターネットとテレビしかない。と言っても、一面を飾るのは、世界の終わりを迎え、混沌とする世の中の事件の話ばかり。だから、ほとんどBGM状態だった。

「姉ちゃん、お醤油とって」

 弟が食卓の向かいから、手を伸ばす。わたしは箸をおいて、自分の手元にあった醤油さしを手渡した。珍しく、我が家の朝食がごはんなのは、父のリクエストだった。「最後の日くらい、日本人らしいものを食べたい」と父が提案したため、食卓には真っ白なお米と、具の少ないお味噌汁、小さな焼き魚が並んだ。

「理沙、麦茶注いでくれないか?」

 今度は父が、コップをわたしに差し出す。わたしは文句も言わずに父のコップに、薄い色した麦茶を注いだ。父は、去年の今頃からずっと、流星「ベイカー」の研究を続けた。なんとかして、流星が地球に衝突するのを止める手立てはないものかと、天文学者仲間たちと、苦慮を重ねた。

「考えれば、方法はいくらでもある。だけど、それを試せるのは一度きり。そして、もしも成功したとき、その後の世界が安定して元の生活を取り戻せる方法でなくてはならない、となると、誰もが二の足を踏みたがるものだ」

 昨日の夜、家に帰ってきた父が言った。父たちは、考え出した流星を止める方法を、方々を駆け回り協力を依頼した。時には、テレビでしか見たことのないような偉い政治家の人とも面会したらしい。しかし、いずれも答えはノー。ミスは絶対許されないことに、責任持てる大人なんて、この世にたくさん居るわけじゃない。そして、政治家なんて生き物は、もしも流星の衝突を阻止した後、日本に不利益があってはいけないと考えている。だから、国会でもメテオストライクへの対処の目処がつかないまま、最後の日を迎えてしまったのだ。

「お父さん、お疲れさま」

 わたしは、父の苦労を労うため、力いっぱい微笑んだ。わたしに出来ることはそれくらいしかなかった。

 今日で世界は終わる。冗談なんかじゃない。奇跡は起きないし、神様なんてこの世には居なくて、晴れ渡る空の向こうを、流星はこの大地目指して着々と近づいている。最後のカウントダウンは、もう始まっているのだ。

「母さん、理沙、タケル。今夜は、何か旨い物でも食べよう。最後の晩餐らしく、みんながそれぞれ好きなものを食べて、笑って家族一緒に最後の時を迎えよう」

 父はわたしが注いだ麦茶をくっと飲み干すと、沈みがちな食卓を盛り上げようと、努めて明るく提案した。だけど、今夜は……。

「お父さん、ごめんなさい。わたし、部活があるの。部のみんなで、星を見ようって約束があるの」

「なんだ、なんだ!?」

 驚いた父は、拍子抜けして、まるで若手芸人のようにずっこける仕草をする。

「それでね……タケルも一緒に」

 前もって、タケルには話してある。そもそも、去年、わたしたちがはじめて、流星の記事を新聞で見たときから、約束していたことだ。タケルは、母に向かって、わたしは父に向かって懇願のまなざしを送った。

「だめかな?」

「だめに決まってるでしょ。せめて、最後の夜くらいは、静かに家族四人で過ごすのよ」

 父に尋ねたのに、母が答えた。だけど、星見会のことを話せば、きっと「だめだ」と言われることを、わたしは予想していた。最悪の場合、部屋を抜け出してでも、学校へ駆けつけるつもりだった。そのための書き置きもちゃんと机の中に用意してある。その書き出しは「わたしはお父さんとお母さん、タケルが家族で、本当にし合わせでした」と始まり、「いつか生まれ変わっても、わたしたち四人は絶対また家族になろう」と結んだ。とんだ親不孝者だね、わたしってば……。

「いや、行って来い、理沙」

 ところが、母の反応に反して、父は笑顔でわたしが星見会へ行くのを了承してくれた。

「天文学者の父としては、娘と息子が星好きになってくれて、嬉しい限りだ。なあ、母さん」

「それは、そうだけど……仕方がないわね」

 父が本当に嬉しそうな顔をするものだから、母は言葉を失ってしまう。

「じゃあ、今夜は、母さんと二人きりか。新婚いらいだな、よし、子どもたちが居ないのをいいことに、イチャイチャするかっ」

「バカっ」

 母は、ため息交じりに、父の頭を小突いた。

 朝食が終わった後、わたしは午後から学校へ行く準備をするため、自分の部屋にこもった。地球最後の日。最後の星見会。その準備を怠るわけには行かない。

 三百円分のおやつは昨日のうちに買っておいた。わたしたちは姉弟で参加するので、一人三百円の合計六百円分のお菓子を買った。買いに行くのは大変だった。近所のコンビニはもちろん、スーパーマーケットも雑貨屋さんもみんな店を閉めてしまい、ようやくまだお店をやっているコンビニを発見したのは隣町だった。しかも、一軒だけ。商品棚はほとんどがらんどうで、わたしの好きなチョコレートのプレッツェルがあったのは、ほとんど奇跡に近かった。「どこかへ行くのかい?」と、コンビニの店長さんがレジを打ちながらわたしに尋ねて来たので、わたしが「星を見るんです」と答えると、店長さんは複雑な顔をした。

 確かに、世界が終わる日に、その世界を破滅させようとする流星を観察しようと言うのだから、よっぽど暢気なのか、それとも狂気の沙汰だと思われても仕方がない。もっとも、わたしたち天文部は、前者の方だと思う。

「姉ちゃん!」

 星見会へ行くための準備を急ぐわたしの部屋のドアを、タケルがたたいた。

「何よ?」

 わたしはドアを数センチだけ開けると、底から首をぬっと出して、弟を見る。すると、弟はあられもない格好だった。「パンツ一丁で姉の部屋の前に立っているとは、アホも極まったか、愚弟よ」と言いたくなる気持ちをぐっと抑えた。なぜなら弟はものすごく困った顔をしていたのだ。最後の日くらい、弟に優しくしてやるのも、姉の務めだろう。そんな風に思っていると、タケルは両手に持っていたくしゃくしゃの服をわたしの目の前に突きつけた。

「どっちの服着ていったほうがいいかな? やっぱり、フォーマルに制服かな? それとも私服? でもサッカー部のユニフォームを着て行っちゃダメかな?」

 どれだけ深刻な悩みかと思えば……愚弟め! 前言撤回!!

「あんたはゲストみたいなもんなんだから、どれでも好きなの着て行きなさいよ。わたしは、制服で行くけどね!」

 そう言うと、わたしは乱暴に扉を閉めた。ドアの向こうでは弟の「えーっ」という声が聞こえてくるけれど、わたしは気にしない。

 地球最後の日に、着ていく服を悩むなんて、弟らしいといえば弟らしい気がする。人生の終わりという実感が出来ないのなら、とことんまで安穏としているほうがいいのかもしれない。かく言うわたしも、割り切ることにした。

 先輩にはフラれた。でも、有里香との友情は取り戻した。フラれたことは辛いけれど、最初から分かってたことだし、もうくよくよ、うじうじするのはごめんだ。たとえ今日、世界が終わるとしても、最後の夜にわたしたちは、わたしたちらしく、夜空の星を見つめて終わりたい。それでいいじゃないか、と思うと、急に心が軽くなった。

 それを覚悟と呼ぶのかもしれない。運命を受け入れるつもりはないけれど、むしろわたしは「いつかまた」と約束した花南の言葉に、最後の一瞬まで未来を信じ続けることにしたのだ。

「さてと、わたしも着替えますか」

 ひとりごちたわたしは、制服に着替えた。ちゃんと皺になってない校章の入ったシャツとスカート。リボンも曲がらないように丁寧に結ぶ。姿見の前で、しっかり髪を解いて、身だしなみをチェック。それから、忘れ物はないか、鞄の中を確認する。

 二人分のおやつ。水筒。星見表。筆記用具。スケジュールの書かれた冊子、それから携帯電話……。ひとつひとつ荷物を確認していると、突然携帯電話が鳴り始める。

 わたしはあわてて鞄の中から携帯電話を取り出すと、ディスプレイに映し出された知らない電話番号に小首をかしげた。数馬の番号でも、有里香の番号でも、部長の番号でも、花南の番号でもない。もちろん、ヒロ先輩からの着信でもない。

 一体誰から? いたずら電話かしら。

「もしもし」

 わたしは、訝りながら受話器をとった……。

 

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