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27. ハイキック

今回から、第一話の下りに戻ります。

「理沙。やっぱりここにいたのか」

 タイムリミットがついに一週間と迫ったある日、あいも変わらずただぼんやりと「こども科学館」のプラネタリウムを眺めるわたしの元に現れたのは、数馬だった。

 この数ヶ月間、ろくに口も利いていなかったというのに、数馬の口調は今までとなんら変わりがなかった。そのことにわたしが驚く間もなく、数馬はわたしの隣の席に座る。

「今、上映中よ、数馬」

 プラネタリウムには珍しく客がいた。わたしを除いて四人。その客たちが迷惑そうな顔をするので、わたしはあえて棘のある口調でそう返した。だけど、数馬は気にする様子もなく、わたしに人懐こい笑顔を浮かべる。

「いや、だるま館長にもそう言われたんだけど、無理やり入れてもらったんだ」

「ふうん……。どうして、ここにわたしがいるってことが分かったのよ?」

「小母さんに電話したら、学校には行ったはずだって言われたんだけど、学校には来てないし、もしかしたら、ここのプラネタリウムでも見てるんじゃないかって思ったんだよ」

 数馬はドームの内側に映し出される星空を眺めながら言った。

「それで、何の用?」

 数馬と顔をあわせるのも数ヶ月ぶり。ずっと喧嘩したみたいにお互いそっぽを向いていたのだから、無理はない。そんな数馬も、「最後のエデン」と称される長野へは逃げずに、まだこの街に残っていたのだと、わたしは今更ながらに気づいた。

「何の用って、部長が召集のメール送ったの知ってるだろう? それなのに、理沙ってばなかなか来ないから、俺が代わりに呼びに来たってわけ」

 数馬が、プラネタリウムを眺めるわたしのところにやってきた理由は、国木田部長からの召集を知らせるためだった。彼の言うとおり、わたしの携帯電話には国木田部長からの召集メールが届いていた。部長から召集がかかるのも、いったい何ヶ月ぶりだろう。あれから、気まずくって一度も部に顔を出していないわたしは、とっくに天文部から除名されているとさえ思っていた。

 しかし、世界の終わりが目前にまで迫ってきた今更、部長は何のつもりで、召集をかけたのだろう……と思案をめぐらせていると数馬がおもむろに口を開く。

「あのさ……」

 来た! わたしの心臓が飛び出しそうになる。

「もうあれから何ヶ月過ぎたと思ってるんだよ……そろそろ答えを聞かせてくれないか? 俺のこと嫌いなら嫌いで構わない。世界が終わる前に、理沙の気持ちが知りたいんだ」

 そう言う数馬の目は、あの日公園でわたしに告白した時の目と同じだった。真剣で、わたしに逃げないでくれと言っている。だけど、その視線がわたしには辛い。わたしが好きなのは、あなたじゃない。面と向かってそれを言えば、わたしは幼馴染の数馬と永遠に友達ではいられなくなる。だからと言って、ヒロ先輩への恋を捨てることなんて出来ない。

 わたしの心は、あの日からずっとその思いに板ばさみ状態なのだ。だから、視線をそらし、わたしは席を立つ。

「何処行くんだよっ」

 と、叫んでわたしの袖をつかもうとする数馬の腕をかわしたわたしは、

「どこでもいいでしょ。数馬には関係ない。それに、今更学校なんていったって無駄よ。部活も無駄。だって、だって……世界は、あと一週間で滅びるんだからっ!!」

 上映室中に響き渡るほどの声で言い放って、逃げ出した。いたたまれない気持ちで胸がいっぱいになる。数馬が悪いんじゃない。数馬はこんなダメダメなわたしに恋をしただけ。悪いのは、逃げてばっかりのわたしなんだ。武藤さんに言われたとおり、わたしは何事からも逃げている。先輩からも、有里香からも、数馬からも、世界の終わりからも。そんなわたしなんかに、振り回される数馬のことを想えば、胸が痛くて仕方がない。

 わたしは、多分世界一、ダメダメちゃんだ!

 科学館のロビーを抜けて、わたしは外へ出る。そして、足早に科学館から立ち去った。外は昼下がりのけだるい空気。木々は青々と葉を茂らせ、時折枝葉の隙間から気の早いセミの鳴き声が聞こえ、雲ひとつない青空はどこまでも透き通っている。

 去年の今頃は、定期試験の到来に有里香と一緒に戦々恐々としていた。そして、先輩と二人徹夜して夏の夜空を見上げた。それらが「青春の一ページ」なんていう、ダサい言葉だけど、確かに楽しくて幸せな瞬間だった。

 永遠にあの時間でとまってしまえばよかったのに……。そうすれば、わたしは数馬の気持ちを知ることはなかったし、有里香と絶交しなくてずっと親友のままでいられた。ヒロ先輩がわたしのことなんて見ていないことも気づかずにいられた。

 世界が終わればいいなんて……願っちゃいけなかったんだ。

 わたしは振り返って、数馬が追ってこないことを確認すると、科学館のある丘の坂道を、とぼとぼと下っていった。

 坂道を下った先の街は、ひどいくらいに静まり返っていた。むしろ死んでいるといったほうがいいかもしれない。商店街はほぼすべての店舗が閉じられ、道路を駆け抜ける車の数も数えるほどしかいない。たまにすれ違う人は、男の人も女の人も(こうべ)を垂れて押し黙っている。笑い声なんて、当然聞こえてくるはずもない。

「終末の時を向かえ、我々に残された道は、神に許しを請うことです。神は許されます。新たな世界に生まれ変わることを約束して下されるでしょう」

 道端には、黒い修道服を着た神父さんが、道行く人に教えを説いていた。だけど、誰も耳を貸そうとはしない。ただ、黙って彼の前をそそくさと通り過ぎる。中には、哀れだと思う人もいるかもしれない。それでも、神父さんは高説をつづけた。

 神父さんの前を過ぎて、やや歩くと、今度はべつの宗教の人たちがプラカードを掲げ、拡声器を使って何かを叫んでいた。まるで、テレビで見た、安保闘争の人たちみたいに見えて、ちょっと滑稽だ。

「我々は……神の……天使のはしごが……過ちを正せっ!」

 ひどく調子の悪いスピーカーなのか、彼らが何を訴えているのかはよく分からなかったけれど、プラカードにペンキで書かれた文字は、どこかおどろおどろしい雰囲気がこもっていた。

 普通なら、公道を占拠して街頭演説していれば、お巡りさんに逮捕されるはずだ。だけど、お巡りさんも多くが逃げ出したのか、彼らは公然と教えを押し付けようとする。

 世も末だ、と以前なら思うような光景も、冗談なんかじゃなく、本当に世の末だと思うと、ますます辛くなってくる。刻々と迫り来る死の時を、せめて神さまにすがってでも、ああして盛り上がれるのなら、その方が楽なのかもしれない。だけど、形のないものを信じて世界の終わりを受け入れるなんて、ごめんだ。神さまが本当にいるのなら、こんなに世界の人が苦しんでいるのを見過ごすはずがない。

 わたしはそんな宗教家たちの演説を足早に避けて遠ざかり、わたしは家に帰ることにした。元繁華街だったシャッター通りを横目に、往来もまばらな国道ぞいの歩道を歩く。

「ねえねえ、そこの可愛いキミ」

 住宅街へと向かうため、国道にかかる歩道橋を渡ろうした時だった。突然そう呼び止められたかと思うと、わたしの腕がぐいっと掴まれた。一瞬数馬が追いかけてきたのかと思ったけれど、振り返ったそこにいたのは一馬じゃなかった。

「ねえ、キミ」

 明らかにガラの悪そうなお兄さんが、ニヤニヤとしている。頭は金色に染まり、気味の悪い絵柄のTシャツと、黒い革のジャケットとパンツ。耳と鼻と、舌に、銀のピアスが刺さっていて、わたしは痛そうだな、とどうでもいい感想を脳裏に浮かべた。

「何ですか?」

「いいもの買わない? 今なら、千円に負けとくからさ」

 お兄さんは、革パンのポケットから小さな袋を取り出した。袋にはケミカルな青色の錠剤が一つ入っていた。予備知識のないわたしでも、それが何なのか分かる。本当に世も末だ。女子高生相手に、覚せい剤を売りつけようとするなんて。

「結構です。間に合ってますから!」

 ホントに間に合ってたら問題大有りなんだけど、その場はそう言って逃げようと思った。お兄さんの手は、数馬がわたしの腕を掴んだときより強くなく、簡単に振りほどけた。すばやく踵を返して、歩道橋の階段を上る。だけど、一段目を踏み出したわたしの眼前を、いつの間にか現れた、お兄さんの仲間らしき不良が二人で塞いだ。

「ちょっと、どいてください!」

 と言うわたしの言葉を無視して、お兄さんたちは、あいも変わらず気色の悪い笑顔を浮かべる。ヤバイ。こ怖くなってきたわたしは、逃げ道はないか、助けはいないかと、あたりを見渡した。だけど、国道を走る車も、歩道を歩く人たちも、同情の目さえ向けてはくれない。

「いいじゃねえか。コレ飲んで、楽しくやろうぜ」

 何をやる気だ! そう叫びたかったけれど、お兄さんたちの威嚇するような目がわたしの口を塞いだ。すると、一人の不良がわたしの腕を無遠慮に掴んで、腰や胸のあたりを触る。あまりに気持ちの悪い手つきに、背筋を悪寒が走りぬけ、わたしは思わず悲鳴を上げた。

「きゃっ! やめてっ」

「どうせ、世界は終わるんだ。その前に、思い出作りと洒落込んで、俺たちと楽しいことしようじゃないか。なあ?」

 別の不良が、わたしの目の前まで顔を近づけて、いやらしい笑みを浮かべた。わたしは青い顔をして、なんとか逃げようとするのだけど、男たちに囲まれては、身動きも出来ない。ただ、ひたすら身の危険に怯えて、「やめて」と叫ぶほかなかった。

「おい、こいつ半泣きになってきたぜ」

 わたしの顔を見て、一人が笑う。

「ちょっとくらい、抵抗したほうが楽しいじゃねえか」

「確かにな! ちょっと胸はないのは残念だけどな!」

 別の一人が言うと、三人は顔をつき合わせて、どっと笑う。もうお終いだ。あの青い錠剤を呑まされて、わたしはひどいことされるんだ……! 誰か、誰か助けて!! わたしは涙目で空を仰いだ。

「なにやってんだよ、お前らっ!!」

 突然、不良たちのやらしい笑い声を引き裂くように、誰かの声が轟いた。次の瞬間、わたしの制服越しに体を触る不良の顔面が歪んだ。その「誰か」が繰り出した鋭い拳の直撃を食らったのだ。「ぐえっ」と、不良は悲鳴を上げて、わたしの腕を離すとその場に倒れこんだ。

 さらに、次の一瞬、蹴りが別の一人の首筋を捉える。弟が観戦していたプロレス中継で見たことがある。ハイキックだ。また一人悲鳴をあげ、残る不良は最初にわたしに声をかけた、革ジャンの男だけとなった。革ジャンの男は果敢にも、「誰か」に殴りかかったけれど、その腕は相手に見切られていた。きっとそういうのを達人って言うんだと思う。すんでのところで、攻撃をかわした「誰か」は身を翻しながら、硬く握った拳の甲を容赦なく、革ジャンの男の顔面にたたきつけた。

 乾いた音が響き、革ジャンの男が痛みに悲鳴を上げる。すると、その隙を見て「誰か」が、わたしの手をとった。

「こっち! 逃げるぞ!!」

 そう言うと、「誰か」は、わたしの手を引いて、駆け出した。わたしは、あっけに取られながらも、その「誰か」の名を呼んだ。

「数馬……!」

 そう、わたしを助けてくれたのは、数馬だった。


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