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23. タイムリミット三ヶ月

 世界もわたしも、最悪な方向に向かいつつある。

 NASAとアメリカ大統領が、流星「ベイカー」の地球衝突、即ち「メテオストライク」を公表して、世界は大混乱をきたした。三週間もたたないうちに、世界のあちこちで株価は大暴落。その打撃は、経済的にだけではなく、世界各地で暴動という形で顕在化していた。連日、新聞とニュース番組はその話題を取り上げた。

 わたしたちの住む日本は、その点、民族柄なのか、目立った大暴動にまでは発展していないのが、せめてもの救いだ。それでも、あちこちで犯人も分からない強盗や暴行事件が頻発している。それは、誰もが知る、物語の中の終末に近い様相を呈していた。

「世紀末だね」

 と言ったのは、弟のタケル。だけど、新世紀が始まってまだ、二十年も経っていない。世紀末というには早すぎる。流石に、タケルの好きなゲーム「世界最後の日」のように、ゾンビは出てこないけれど、ニュース映像で流れる、外国の暴動は、さながらゾンビ軍団が集まっているように見えなくもない。暴れて火炎瓶を投げつけたり、商店の品物を強奪する人も、それを鎮圧する軍隊の人も皆、空ろな目をしているのだ。

 批難の声は、アメリカに集中した。何故、混乱を引き起こすと分かっていて、メテオストライクを公表したのかと。大統領は、汗をかきながら、釈明を試みた。いつも、テレビの前で毅然として「We are strong!(アメリカは世界一強い)」と胸を張っている大統領らしからぬ姿だった。それは、アメリカにとっても、寝耳に水な出来事だったのだ。わたしを含めて、この世界の誰が、流星衝突なんて、世界の終わりなんて起きると思っていただろう。そんなことは、小説や映画の中の出来事で、現実には起こるわけがないと、タカをくくっていたのだ。その結果が、テレビの前で困った顔をする大統領の姿だと、わたしは思った。

 だけど、アメリカがメテオストライクを公表したのは、間違ったことではなかった。かなり遅まきではあったけれど、公表から一ヶ月たって、国連が臨時議会を開催した。総ての加盟国、更に非加盟国の首脳まで集めて、当面のメテオストライクへの対処を話し合うことにしたのだ。

 メテオストライクを回避する方法……。たとえば、地球にある総ての核ミサイルを流星に向けて打つとか、映画みたいに特別チームがスペースシャトルで流星に取り付き破壊するとか、地球の公転自転の軸を動かして、引力圏から流星を弾き飛ばすとか。最悪、この惑星(ほし)を捨てて、遠い宇宙の彼方へと移住する。

 なんて、どれもSFマンガみたいで、現実味はないけれど、要するに誰もが未曾有の事態に、答えを導き出せないのだ。

 そうして長い時間、各国の首脳は頭を悩ませた。時にはぶつかり合いながらも、世界を守ると言う使命に、おそらく世界が一番ひとつにまとまった瞬間だ。だけど、いくら熱く論議を交わしてもまとまらないこともある。

 もしも、「ベイカー」に向けて、核ミサイルを撃ち込んで破壊するとして、一体どの国がそのミサイルを供与するだろうか。わたしは、国際情勢とか軍事情勢とかはあまり詳しくはないから、漠然としたことしかいえないけれど、核ミサイルの使用用途は、戦争の道具で、その是非は別としても、世界の軍事的な勢力均衡、即ち「バランスオブパワー」を保っているものなのだ。流星を破壊するためには、たった一発ではお話にならない。世界中の核ミサイルを統べて、流星目掛けて発射しないといけない。だけど、もしもどこかの国が、全部の核ミサイルを発射しないで、一発でもミサイルを隠したとしたら、その瞬間に世界の「バランスオブパワー」は崩壊する。だから、誰も核ミサイルを提供したがらない。提供するとしても、そこには外交情勢や経済情勢が、差し挟まれて、話はまとまらないのだ。

 まして、映画のように特別チームが流星を破壊するなんて、出来るわけもない。やっとISS(国際宇宙ステーション)をあげることに成功したような、地球の科学技術では無理と言うのは、子どもだって分かる。そもそも、特別チームを乗せて宇宙へ上がるためのシャトルやロケットはどうするのか? アメリカは先ごろ、老朽化したスペースシャトル「エンデバー」と「ディスカバリー」を退役させたばかりだ。更に有人飛行可能なロケットは、この地球には残されていないし、一から作るような時間もない。同様の理由で、地球を脱出するために、地球の総ての人を乗せられるような宇宙船も、この世界の何処にもない。

 そんな、物語りじみた空想的な意見よりも、もっと現実的に建設的な意見はないものか……。何日も何日も、責任ある立場の人たちは頭を悩ませ、時間を浪費していった。ことは、自分の国だけの話ではなくて、世界に及ぶことなのだ。結局、メテオストライクという未曾有の事態に対対処しなければならないのに、国家とか、経済とか、軍事とか、わたしたち子どもにはとても推し量ることの出来ないような大人の事情が邪魔してしまうのは、とても悲しいことだと思う。でも、それが、世の中ってものなのだ。

 もちろん、楽観視することも出来る。まだ、流星「ベイカー」が地球に衝突するまで数ヶ月ある。その間に、軌道がそれるかもしれない。もしかすると、神秘の力が我々を守ってくれるかもしれない。ローマの法王やチベットの高僧などは「信じなさい。そして、この試練を皆で乗り越えるのです」と、優しく強く語りかけた。だけど、万に一つも、「ベイカー」が地球に衝突しないと言うことはありえない。それが天文学者だけでなく、あらゆる学者や専門家が多角的に見て、出した結論だ。そこに、神様だとか偶然だとか、そういうものを期待することは誰にも出来ない。

 その結果が、世界のいたるところで起こっている、暴動事件なのだ。やがて、それは近いうちに、大惨事を引き起こすテロになっていくだろう。そうしたときに、世界の偉い人たちや、わたしたちはいったいどうしたらいいのか。やっぱり、奇蹟でも起こるのを待つしかないのだろうか。

 世界は、確実に悪い方向に進んでいる……。そして、わたしも最悪の方向に進んでいた。

 有里香が学校に姿を現したのは、わたしが雨の中で「ベイカー」に「世界の終わり」を願った日から、丁度三日後だった。せめて、有里香には数馬が吐いた嘘を知ってもらいたい。友達でいてほしいとまでは言えないけれど、「わたしと数馬が付き合っている」という誤解だけは解きたかった。

 だけど、廊下ですれ違った有里香は、わたしのことなんて気付いていないかのように、無視して通り過ぎていった。はじめから、わたしと有里香は見ず知らずの他人だったかのように……。

 数馬とはあの日から一度も口を利いていない。話しかけづらい。数馬の気持ちを知ってしまったというのに、それに応えることができないわたしには、どうしていいのか分からない。数馬もそれを分かっているのか、以前のように気軽に声をかけてはくれなくなった。

 ヒロ先輩とは、何度か校舎で見かけたけれど、その時はわたしの方がすぐに物陰に隠れた。そうして、ヒロ先輩が往き過ぎるのを、ビクビクしながら待った。ヒロ先輩には、岡崎先輩という可愛い恋人がいる。確かめたわけじゃないけれど、確信があった。

 どうして、上手くいかないのか……わたしたちの恋は、見事にすれ違っている。有里香は数馬が好きで、数馬はわたしが好きで、わたしはヒロ先輩が好きで、ヒロ先輩は岡崎先輩と恋人同士。わたしたちの「好き」というベクトルは、決して重なり合うことはない。

 だからと言って、わたしはヒロ先輩のことを諦められるのか、と訊かれれば、どんなに強がって見せても、やっぱりヒロ先輩が好きなのだ。わたしに、星の素晴らしさを教えてくれたのは、ヒロ先輩だ。たとえ、岡崎先輩から奪ってでも、ヒロ先輩の心を射止めたいと思う。

 だけど、射止める術が分からない。分かったとしても、わたしには、尊敬する岡崎先輩のことを裏切ることはできない。せめて、岡崎先輩が、嫌な人だったら。せめて、わたしがヒロ先輩に恋しなければ、良かったのかもしれない。でも、時間は不可逆で、わたしは先輩のことが好きになってしまったんだ。

 好き、と言う言葉だけが、宙を舞う……。

 そうして、わたしは、数馬や有里香とギクシャクしながら、好きな人から逃げながら、何ヶ月も過ごした。一方、世界の人々はますます混沌とし、偉い人たちは、メテオストライクへの対処もまとまらないまま、時間だけが無為に流れていった。

 枯葉が落ちて秋が終わり、枝に雪が積もる冬が過ぎ、そして、若葉芽生える春が巡り来る。わたしは、十六歳の誕生日を迎え、高校二年生となり、人生の最後の季節に踏み出した。

 そして、流星が地球に落ちるまで、あと、三ヶ月……。

会話のない、文章だらけの回でごめんない。

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