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2. 小さな記事

 終末思想というのは、古い時代から、何処の国にもある。たとえば、有名なところで「ノストラダムスの大予言」というのがある。なんでも、一九九九年七月、宇宙からアンゴルなんとかさんって言う魔王がやってきて、地球を滅ぼすという、とんでもない予言だ。また、南米のマヤには、二〇一二年地球が滅びるという言い伝えがあるし、わたしの住む日本に身近なところで言えば、仏教には「末法思想」と呼ばれるものがあり、解釈によってはこの世の終わりと捉える人も居る。

 そういう、終末の悲劇というものは、オカルトマニアな人のマイノリティな興味だけでなく、一般人と自認する人たちの興味も引くもので、「もしも、世界が終わる日が来たら、最後の晩餐に何を食べる?」なんて冗談めかして言ったりする。

 まあ、今のところ、どの予言も外れまくっているから仕方のないことだ。事実、わたしたちにとって、どれほど真実味のある終末の予言だって、どこか他人事にしか聞こえなかったりする。話のネタにはなっても、それについて真剣に悩んだり苦しんだりするようなことは、ほとんどないのだ。むしろ「世界が終わる」なんて、声高に言ったところで、周りからは奇人・変人程度にしか思われないだろう。

 だから、地球が滅びる日なんて、永遠に来ないものだと、わたしも含めて世界中の人が油断しきっていた。そんな折、わたしたち人類に降って湧いたのが「メテオストライク」という「世界の終わり」だった。

 そして、それとほぼ同時にわたしの身に、わたしにとって「世界の終わり」と比肩しうる「大事件」が起きたのだ。「世界の終わりの犯人」は「流星」で、「わたしの大事件」の犯人は「幼馴染の数馬」。

 だけどその、「世界の終わり」と「大事件」を説明するには、時計の針を少しばかり戻さなければならない。


 話は、ちょうど一年前に遡る……。


 高校生活はじめての夏休みを目前に控えた、七月の中ごろ。わたしはいつもどおり気だるい初夏の日差しに眼を覚まし、顔を洗って制服に着替え、朝食の並ぶ食卓に着いた。食卓には、父がすでに腰掛けており、いつもと変わらず新聞を広げ、眉間にしわを寄せながら記事を読んでいた。

「いただきます」

 わたしがパンを口に放り込もうとした瞬間、突然に父が「おおっ!?」と驚きの声を上げ、わたしは危うくパンを喉に詰まらせそうになった。慌てて、パック牛乳をラッパ飲みして、パンを流し込もうとしていると、母が渋い顔をしながら、わたしに向かって「お行儀悪いわよ」と苦言を呈する。苦言を言うのなら、わたしではなく、突然素っ頓狂な声を上げた父の方だ、と文句を言いたかった。だけどそれよりも早く、

「なんだよ、父さん。びっくりさせないでくれよ」

 と、言ったのは、わたしの弟だった。遅まきながら起きてきた弟は、まだパジャマ姿。どこか、中学二年生らしからぬ子どもっぽい顔に、幾分か怒りを込めていた。

「やあ、すまんすまん!」

 なんて言いながらも、父の目は新聞に釘付けだった。開いているページは、三面記事。わたしから言わせれば、下らない記事の集合体だという認識しかなかったけれど、父の視線は灰色の再生紙に穴を開けてしまいそうな勢いだった。

「何に驚いたのよ」

 と、ようやくパンを飲み込んだわたしが尋ねると、父は狭い食卓の上に新聞を置き、その記事を指した。それは、とても小さな記事だった。隣には大きな見出しで、政治家のスキャンダルが報じられ、その右斜め下には、人気の俳優が結婚するというおめでたい記事。どちらかといえばそっちの方に興味をそそられるものだが、父の興味を誘ったのは、『未知の流星、地球に接近か?』というヘッドラインだった。

 父は、大学で天文学を研究している準教授だ。家では、何処にでもいる、ちょっと足のくさいお父さんなのだけど、大学での父は学生にも慕われる、娘のわたしから見ても誇らしい父だ。そんな父だからこそ、見逃してしまいそうなくらい小さな記事に目を留めたのだろう。

「こりゃ、一大事だ。天文学が、いや歴史が動くぞっ! 忙しくなるぞっ! こうしちゃおられん」

 いやっほう、と跳ねて喜びそうな勢いで、わけの分からないことをのたまう父は席を立ち、ネクタイを締めると、母に見送られて急ぎ足で大学へと出勤していった。そんな父に少しばかりあっけに取られながら、わたしと弟は、新聞記事に目を通した。

「七月十三日。アメリカ・ノースカロライナの民間観測所、ベイカー天文研究所は、電波観測にて、宇宙を飛来する流星を発見したと発表した」

 弟は、声に出して文面を読む。そして、わたしに向かって「電波観測って何?」と訊く。その答えをくれそうな父は、今しがた出勤してしまい、すこし呆れ顔をした母がダイニングに戻ってきたところだ。

「知らないわよ」

 と、わたしが素っ気無く答えると、弟は詰まらなさそうに、文面の続きを朗読しはじめた。

「この流星は、これまでどの研究機関でも発見されていない新しい星であり、直径数キロメートルに及ぶ巨大な隕石と、大小二百程度の小さな石を伴った、集合流星群であり、その進路は真っ直ぐ地球へと向かっていると推測される。研究所の代表、アラン・ベイカー博士によれば、流星が地球上空を通過するのは、約一年後ということだ。もしも、流星の到着が夜間であれば、ハレー彗星以上の巨大な流れ星が見えることだろう」

「一年後って、そのころになったら忘れてるわよ」

 朗読を終えた弟に言うでもなく、わたしはぼやいた。弟は、くすくすと笑いながら、

「確かにね……。でもさ、直系数キロメートルもの大きな流星なら、きっとすごい迫力だろうな。ちょっと観てみたいよ。父さんが喜ぶのもちょっと分かる気がするよ、ぼく」

 という。その瞳の輝きは、さっきの父の喜びように似ているような気がした。

「あんたは親思いだねぇ。そんなお世辞言うなんて」

「姉ちゃんだって、足しげく『こども科学館』に行ってるじゃん。血は争えないってコトだよ」

 弟は痛いところをついてくる。確かに、毎日とは言わないけれど、一ヶ月に四度は、科学館のプラネタリウムに通っているのは、何を隠そうこのわたしだ。

「それは……、あそこ涼しいから」

 などと、誤魔化してはみるものの、父の影響なのか、わたしも星には興味があった。さすがに、研究者になりたいとまでは思わないけれど、星を見るのが好きで、高校では「天文部」に所属している。見上げれば、そこにある、この世で一番美しい者は、きっと夜空に瞬く星なんだと、わたしは思うのだ。それを、きっと人は「ロマン」と呼ぶに違いない。

「じゃあ、姉ちゃんはもしもこの流星が本当に地球の空を通っていっても、見たくないって言うの?」

「見てみたい。うん、見たいっ! まあ、曇ってなければどの道、高校の天文部で観測会やると思うけど」

「えーっ。いいな、いいな。その時は、ゲストとしてぼくも呼んでね」

「部長が、オッケーしてくれたらね。でも、深夜になるから、あんた起きていられる? 早寝、早起きが心情だったんじゃないの?」

 そうあいまいに言いながら、わたしは弟に微笑みかけた。弟は、中学校のサッカー部に所属しており、毎日ボールとかけっこをしている。試験前以外は、朝連がほぼ毎日あり、弟は夏休みの小学生も顔負けの、早寝早起き生活を送っている。

「流れ星もいいけど、あんたたち、さっさと朝ごはん食べないと、学校に遅刻するわよ。それに、あんたたち、定期試験も近いんだから、ちゃんと勉強してるんでしょうね?」

 母は、流れ星の話で盛り上がりかけたわたしたちに、嫌な質問で水を差す。もうすぐ到来する、楽しい楽しい夏休みの前に、学生の避けて通れない難関、一学期の定期試験が待ち構えているのは、高校生のわたしも、中学生の弟も変わりはしない。なるべく考えたくない話題だ。

「夏休みが近いからって、うかうかしてたら、成績落ちるわよ。成績が落ちたら、次の試験まで、お小遣い五十パーセントカットの約束、忘れていないわよね!」

 我が家の財務大臣が、子どもたちの成績のため、伝家の宝刀を抜き放つ。銀色に光る(?)その刃は、ひたりとわたしたちの首筋にあてがわれるのだ。

「姉ちゃん、パスっ! あとは任せたっ!」

 食卓のパンを牛乳で流し込んだ弟は、いち早く宝刀の切っ先から逃れ、ダイニングから逃げ出した。母の視線は、わたしにだけ向けられ、無言で「どうなんだい? ちゃんと勉強してるの?」と問いかけてくる。

 わたしは、いささか顔を引き攣らせながら、あいまいに「ちゃんと勉強してる、心配しないで」と答え、敵前逃亡を図った弟を睨み付けたい気分になった。成績という点で言えば、わたしなんかより、弟の方が落下の傾向にある。そのうち、「高校受験なんかしない!」とか言い始めるのではないかと、姉としては冷や冷やものだ。

 だけど、わたしもそれほど勤勉な方ではなく、弟の心配をしている余裕なんてなく、恐れるべきなのは、父を喜ばせた、新聞の片隅に載せられた「未知の流星」のような、小さな話題なんかじゃなくて、夏休みを前に迫り来る定期試験の方だったのだ。


ここからしばらく、一年前の話になります。序盤での時間軸の逆転は、小説の手法としてはルール違反ですが、構成上やむを得ないので、ご了承下さい。


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