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16. 後輩の北上

 文化祭があと三日に迫ると、学校の風景は一気に様変わりする。校門の前には、アーチ状の看板が掲げられ、グラウンドやコンコースには、テントが設けられる。廊下を歩けば、早速ポスターや呼び込みのチラシが飾られて、学校全体がすでにお祭りモードに切り替わっていた。そんな中で、授業を行ったところで、当然ながら誰しも集中力を欠いて浮き足立つ。先生たちも仕方がないと思っているのか、講義もおざなりで、放課後のチャイムが鳴り響くと同時に、教室を後にする。残された生徒たちは、部活やクラスの出し物の準備に、下校時刻まで勤しんだ。

 一方、天文部は、結局当初の予定通り、夏休み前の星見会の観測を発表することとなった。それと言うのも、武藤さんに会いに行ったわたしと数馬が、何も聞くことが出来ず追い出されてしまった所為だ。わたしに期待していた、部長は報告を受けて、がっかりとした。せめてもの償いとして、わたしは「父に話しを聞いてきましょうか?」と提案した。

 わたしの父は、大学の准教授で、天文学を研究している。そして、今まさに、部長の心を捉えて離さない「未知の流星」についての研究に没頭し、近頃家にも帰らず、ずっと研究室に引きこもっている。

 だけど部長は、「わざわざお忙しいところを、お邪魔したら申し訳ない」と、わたしの提案を丁重に断った。かくして、天文部の展示は当初の予定に戻り、夏休みを返上したわたしの努力は報われることとなったのだ。それは、喜ばしいことだったのだけど、がっかりとする部長を見ていると、なんだか申し訳なく思えてしまう。

 どうして、武藤さんは「知らない方がいい」なんて言ったんだろう。面倒だから教えたくないとか「未知の流星」の話なんかしたくない、というわけではなく「知らない方がいい」と言うのは、あまりにも奇妙な気がした。だけど、どうして武藤さんはそんな風に言ったのかを確かめるために、もう一度ハピネス・ハイツまで行く気にはなれない。行ったところで色よい回答を得られないと感じているからだ。あのときの、武藤さんの頑なな視線が、それを大いに物語っていた。

 わたしは、気を取り直して、展示物の準備を手伝うことにした。……のだけど、すでに有里香と数馬はほぼすべて展示物を仕上げており、わたしの出る幕などなかった。有里香と数馬の作った展示は、一般の来客の人たちにも分かりやすいように、大きな文字と図説、時には星座のこぼれ話などを加えて、中々の傑作に出来上がっていた。きっと、わたしが横槍なんか入れたら、ごちゃごちゃ担っていたに違いない。

 なんだか、拍子抜けだ。あれほど夏休みには、サウナのような部室でたった一人で文化祭のために四苦八苦していたのに、いざ文化祭を目前に控えて、わたしは暇を持て余してしまった。

 文化祭を明日に控えた放課後、早々に天文部の展示物やはあらかた配置し終わり、わたしは暇を潰すために、校内をぶらついた。用事はなくなったのだから帰ればいいものの、そうしないのは、なんとなく帰りづらい雰囲気に学校全体が包まれていたからだ。

 みんな熱気に浮かされている。お祭り騒ぎがそんなに好きじゃないのは、きっとこの学校中でわたしだけなのかもしれない、と文化祭を楽しみにする気持ちを何故か抑え込もうとする矛盾と、冷めた目をしながら廊下をあてどなくさ迷い歩く。何処の教室も、勉学の場から、お店に変貌していく様は、それはそれで面白いものがあった。

 ケーキ屋、焼き鳥屋、喫茶店。変わったところでは、手芸部でもないのに、ぬいぐるみ屋をするクラスもある。また、専門教科の大教室は、各部活に貸し出され、お化け屋敷や、即席映画館に変わっている。中には、ダンボールで作られた、迷路屋敷なんてものまである。

 また、廊下の窓から、中庭を見下ろすと、紅白の幕が提げられたステージがある。明日からの文化祭で行われる、いくつものコンテストの会場になるのだ。漫才コンテスト、喉自慢コンテスト。一方、体育館では、生徒たちのバンドがコンサートを開くらしい。当日は、騒がしいものになりそうだ。

 廊下を曲がり、渡り廊下を歩き、隣の校舎へと向かう。目の前には窓越しに、グラウンドが広がる。来客用の駐車場と、部活の露天がテントを並べている。わたしは、そのテントの数を数えてみた。ざっと十はあるだろうか。

「お昼ご飯にはあぶれずに済むな……」

 誰かに言うわけでもなく、わたしはそっと窓に向かって呟いた。知り合いのいる部活の露天へ行けば、タダで食べ物が手に入ると、わたしの頭の中のレジスターが算段をつける。

「あれ? 北上さんじゃないか」

 と不意に、背後で声がした。振り返るまでもなく、その声だけで誰だか察しがついたわたしは、慌てて窓からはなれて踵を返えす。

「どうしたの? 天文部の準備はおわったの?」

 と言って歩み寄ってくると、ニッコリとヒロ先輩はわたしに微笑んだ。どうやら、生徒会の仕事の真っ最中なのだろう。先輩は両手いっぱいに、ポスターの束やら、資料やらを抱えていた。

「は、はいっ!」

 先輩に会うのは、実に二ヶ月ぶり。夏休みからこっち、忙しく走り回る先輩と校内ですれ違うことさえなかった。だから、返事を返したわたしの声は、変に緊張して裏返ってしまう。それがおかしかったのか、先輩は愉快そうに笑って、わたしの傍にまでやって来た。

「夏休みの間中、独りで頑張ってくれたんだってな。まったく、国木田も人使い荒いよな」

「えっ、知ってたんですか?」

 わたしは驚きの声を上げてしまう。

「有里香から聞いたよ。あいつが補講やってる間に、星見会のデータを全部まとめてくれたって。俺が生徒会に入っていなけりゃ、手伝えたんだけど……ごめんな。それと、ありがとう」

 先輩がそう言ってくれるだけで、あれだけ、散々パソコンに悪戦苦闘したことも、国木田部長の横暴に腹を立ててしまったことも、忘れてしまうほど、わたしの心は舞い上がりそうだった。そんなドギトキを隠そうと、わたしは、精一杯強がって、

「い、いえ。そんなことないです。簡単な作業でしたから!」

 と、嘯いて返す。すると先輩は、わたしに優しく微笑んでくれた。わたしは、そのまぶしい笑顔に、ふらつきそうになった。

「大丈夫? 顔真っ赤だよ?」

 そんなわたしの心の内を知らない先輩は、わたしの顔が耳の先端まで真っ赤になっていることに気付いて、心配そうに尋ねる。

「へ、平気です。顔が赤いのは、夕日の所為ですよ」

 もちろん、夕日の所為なんかじゃないのだが、わたしはあえて校庭を照らす夕日に視線を送った。先輩も夕日の光に目を細めた。

「明日も晴れだね……」

「そうですね。先輩は、文化祭、色々見て回ったりするんですか? よ、良かったら、わたしと一緒に回りませんか?」

 さりげなく問う。心臓は爆発しそうなほどに、早鐘を打ちまくる。だけど、折角ヒロ先輩に遭えたこのチャンスを逃す手はない。意中の男子がいる女の子にとっては、文化祭はただのお祭り騒ぎではなく、好きな人と一緒に文化祭を回るという、一大イベントが待っているのだ。わたしが、少しでも文化祭に期待していたのは、それだ。

 あわよくば、勢いあまって告白なんて、考える子も少なくはないけれど、わたしはそこまでは妄想していない。でも、もしも先輩と二人きりで、文化祭を回ることが出来たなら、どれだけ幸せだろう。そう思いながら、わたしは、先輩の返事を待った。

 しばらくして、先輩が少しだけ困った顔をする。わたしは慌てて、

「そ、そうですよね。生徒会の仕事で、それどころじゃないですよね! ごめんなさい。変なこと言っちゃって!」

 と、両手を振って、言うと先輩は頭を左右に振った。

「いや、時間ならあるんだ。俺は、生徒会の総務担当だから、文化祭が始まってしまえば、ほとんど総務の番をするくらいで、後は暇だから」

「じゃ、じゃあ! 一緒に……」

 わたしが言うと、先輩はその先をえぎるように、

「ごめん! 先約があるんだ。だから、北上さんと一緒に回ることはできない。ホントにごめん!」

 といって、ペコリとわたしに向かって頭を下げた。わたしは、きっぱりと断られたことに、愕然とした。目の前が少しだけクラクラする。もちろん、最初からオッケーがもらえると期待していたわけじゃない。だけど「先約」という言葉が、わたしの胸に突き刺さる。

 別に、文化祭は男女で回るものと決まっているわけじゃない。仲のいい友達同士で回ったりもする。先輩は生徒会の仕事の短い合間を取って、友達と回ろうと思っているだけなのかもしれない。それが「先約」ということなのかもしれない。ただ、それは「後輩の北上」は「友達の誰かさん」に負けたと言うことを意味している。

「それじゃ、俺まだ仕事が残ってるから……明日の文化祭、頑張ろうな!」

 軽快に先輩はそう言うと、呆然とするわたしを残して、渡り廊下の方へと歩いていってしまった。わたしはまだクラクラする視界のまま、先輩の背中を無言で見送った。

 

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