13. 予感は的中する
嫌な予感ほど、的中するものはない。というのは、わたしが勝手に創作した格言だけど、あながち的外れだとは思っていない。
新学期が始まり、高くなった青空を流れる雲を数え、秋の琥珀色した日差しにぼんやりとした頭で過ごしていると、あっという間に、一ヵ月後に迫る文化祭開催の告示がなされる。「祭」と言う文字が示すように、高校生活における一大イベントでもあり、誰しもが胸を躍らせていた。
自分で言うのもなんだけど、ドライな性格の持ち主であるわたしは、みんなほどお祭り騒ぎに熱くはなれない。とんでもなく、嫌なやつだと、自分でも思う。その一方で、やっぱり楽しみであることは、みんなと変わりなかった。わたしとしては、何事もないまま、ただ平穏に、ただ楽しく、文化祭がやって来ることを願った。
しかし「そうは問屋が卸さない!」とでも言わんばかりに、わたしの前に一度ならず二度までも、国木田部長が立ちはだかる。そう、きっと国木田部長は、わたしの人生に立ちはだかる壁なのだ!
文化祭開催の告示が、職員室前の掲示板に張り出された日の放課後、国木田部長は天文部員全員に召集を掛けた。部室には、生徒会の仕事で忙しくしているヒロ先輩を除く全員が集まった。と言っても、部長と、わたし、数馬、有里香の四人だけだけど。
「みんな遅刻せずに集まったな!」
と、国木田部長は腕時計を見ながら言うと、いきなりわたしの前に、どさりとファイルを置いた。わたしの視線も、みんなの視線も、そのファイルに集中する。青いファイルの表紙には「部員記録」と書かれたシールが張られ、やや右下に「一九九○年~一九九五年」と記されていた。
一体なんのつもりなのか、わたしは怪訝に思いながら、国木田部長の方を見る。すると、部長は背後のホワイトボードに、黒のインクでなにやら走り書きを始めた。
「文化祭出し物のテーマ」
小学生が書きなぐったような、ひどく汚い字。……じゃなくて、そこに書かれた文字はわたしを更に訝らせた。どういうことなのだろう。わたしの前に置かれた、部員記録と文化祭にわたしたち天文部が報告する出し物のテーマが結びつかない。天文部の出し物と言えば、先々代、いやずっと昔から、一年間の研究を発表すること、と相場は決まっている。いや、それ以前に……。
「ちょっと待ってください! 出し物のテーマって、もう決まってるんじゃないんですか?」
わたしは、椅子を跳ね除けて立ち上がった。もちろん、抗議のためだ。ヒロ先輩が星見会の夜に一睡もせず記録をとったのも、わたしが夏休みという貴重な時間を捧げて、パソコンと格闘したのも、すべては文化祭での出し物、即ち研究の発表のためだ。
目の前に置かれた「部員記録」のファイルが出し物のテーマだと言うのなら、わたしたちの苦労は一体なんだったのか!?
「うむ、予定は未定ってやつだ。よくある話じゃないか、北上!」
部長は事も無げに言う。残酷だ、あんまりだっ! わたしは叫びだしたい気持ちを押さえ込みながら、なんとか食い下がる言葉を探した。しかし、部長が次に発した科白は、わたしの怒りをしぼませた。
「もちろん、北上がまとめてくれた星見会の観測結果の報告もやるつもりだが、それとは別に、ものすごいテーマを発見したんだ。」
「なんだ、ちゃんと星見会のこともやるんですね、良かった……」
わたしは、ほっと胸をなでおろして、椅子に座りなおした。どうやら、わたしの憂鬱が水の泡にならずに済みそうだ。
ん? ちょっと待った。じゃあ、なんで、わざわざわたしの前に、この分厚いファイルが置かれたのだろう。その疑問を解いてくれたのは、一番奥の席に座る有里香だった。
「部長、それで、ものすごいテーマって何ですか?」
「いい質問だ、英妹! それはだな、こいつのことだ」
と言って、国木田部長はホワイトボードに、一枚の紙切れを貼り付けた。それは、星見会のミーティングの際にわたしたちに配られた、新聞の切り抜きのコピーだ。そして、そこに書かれているのは、今、天文学者の父が夢中になっている『未知の流星』の第一報だった。
「来年、地球に急接近すると言うこの流星。今年の文化祭に出す研究報告のメインテーマはこれで行こうと思う。無論、異論は受け付けない。このテーマを今年取り上げる、高校天文部は、全国広しと言えども、我天文部の他にないだろう! しかも、この流星を取り上げることは、大変な意義があって……」
「つまり……わたしとヒロ先輩の頑張りは、雑誌で言うところの、第二特集ってことですか?」
熱の篭った国木田部長の演説を遮って、わたしは少しだけ部長を睨みつけた。
「まあ、そういうことだ。流石に、反故にしてしまうには、北上が可哀相だからな」
「同情してくれなくてもいいですよ、別に……。それよりも、ウチのお父さんでさえ、ほとんど研究の進んでいない『未知の流星』のことを、今から調べるのって無理ですよ。もう、文化祭まであと一ヶ月しかないんですよ!」
わたしが、諫言を述べると、流石に数馬と有里香も同意して、かぶりを振った。すると、部長は急に腕組みして、不適に笑い始める。その笑顔があまりにも不気味で、わたしたちは少し引いた。
「俺には秘策がある。それが、今、北上の眼前にある『部員記録』だ。北上、俺がドッグイヤーしてるページを開いてみろ」
と、部長はあごをしゃくってわたしに指示する。仕方ないという緩慢な動作で、わたしはファイルを開いた。分厚いファイルの正体は、歴代の天文部員たちが研究の成果を書き記した、まさに記録であった。そして、丁度ファイルの中ほど。一冊のノートが閉じられている。更に、そのノートのページの角が、国木田部長の手によって折り曲げられていた。
「いやぁ、暇だったから、過去の部員記録を当たってみたんだ」
部長が照れたように言う。なんだ「忙しい」なんてやっぱり嘘だったんじゃないか、と諦め半分に予想が的中したことに憮然としながら、わたしはノートのページを捲った。
『高速流星についての記録と推察』
やけに四角い文字の見出し。日付は、一九九四年。見出しの隣には、「二年B組、ムトウヤシロ」と氏名が添付されていた。
「なになに、コペルニクスによる観測にて、太陽系外、アンタレスのやや右後方より、微弱な星を観測する……」
わたしの横から、ひょっこりと顔を出して、数馬がノートの文面を読む。
「軌道計算を間違っていないのであれば、この星は毎秒加速を続けつつ移動している……これは『未知の流星』かもしれない」
数馬の隣から身を乗り出すようにして、今度は有里香が文面を朗読する。
「コペルニクス故障前に観測したデータを元に、計算した流星の進路と軌道は、真っ直ぐ太陽系を目指している」
有里香と数馬に合わせるように、わたしもノートを読み上げた。いくつもの専門用語と計算式が入り乱れるメモの大半は、遊び半分で部活動をするわたしたちには理解できるようなものではなかった。だけど、びっしりとページ一面に書かれているのが、ムトウヤシロという遠い先輩が残した、『未知の流星』の記録だということだけは、分かる。
「国立天文台に問い合わせるも、そのような星は観測されなかった……、と言う一文で終わっている。しかし、これは紛れもなく、『未知の流星』について書かれている」
部長が肩を震わせ、目を輝かせた。わたしは、もう一度見出しの隣に書かれた、日付に目をやる。
「でも、これ、一九九四年の生徒が書いたものですよね?」
「そうだ、いいところに気付いたな北上。つまりだ、俺たちの大先輩が、アメリカのなんとかっていう天文学者よりもずっと以前に、今天文学会を賑わせている『未知の流星』を観測していたってことだよ! これは、大スクープだぞ!」
「スクープって、俺たち新聞部じゃないんですから……」
と、数馬がわたしの代わりに、ツッコミを入れる。しかし、部長はそんな数馬の言葉など気にも留めないで、熱っぽい瞳を天井に向けると、
「大先輩の意思を、俺たちが継ぐ。これは、我ら天文部に課せられた使命だっ!!」
と、高らかに宣言した。しかし、まだ、部長はわたしの質問に答えていない。これから、文化祭開催までの一ヶ月あまりで、どうやって発表の体裁を整えるつもりなのだろうか。
「コペルニクスって、何ですか?」
まるで、授業中の先生に質問するように数馬が部長に問う。文面から、地動説を唱えた天文学者の名前ではなくて、何らかの機械に付けられた名称ということは分かる。しかし、今の天文部にはそんな機械はない。
天文マニアの国木田部長にそれを質問するのは、実に的を射ているように思えたが、部長は「知らん」とさらりと返答を返す。
「コペルニクスが何なのかは、俺に聞くよりも、本人に訊いた方がいいだろう」
そう言うと、国木田部長はズボンのポケットからくしゃくしゃのメモ用紙を取り出して、何故かわたしに手渡した。ホワイトボードに書かれた文字と同じく、汚い文字でなにやら住所のようなものが書かれている。それだけで、わたしはピンときた。
「まさか……これって、ムトウヤシロさんの住所ですか?」
「お、察しがいいな。ビンゴだ」
「これをわたしに渡したってことは、わたしに会いに行けってことですか?」
「いつになく冴えてるじゃないか、北上。その通りだ。直接、ムトウヤシロ大先輩にお会いして、大先輩が調べた『未知の流星』について、色々とご教授願ってこい!」
もはや、命令口調で部長がわたしに申し渡す。
「なんで、わたしがっ!? 部長が行けばいいじゃないですかっ!」
「俺は忙しいんだよ。それに、女の子が行った方がヤシロ大先輩も話し易いだろう?」
さっき、暇だったから、とか言ってたくせに! わたしは心の中で叫んだ。叫んだところで、言葉にすれば、きっと押し問答になる。国木田部長は中々に頑固な人なのだ。
嫌な予感ほど、的中するものはない……。わたしの脳裏で、創作諺がぐるぐるする。すると、有里香がおずおずとした声で、
「あたしが行って来ようか?」
と、天使のような提案をする。しかし、それも、メガネ魔王……もとい、国木田部長の一言で打ち砕かれた。
「英妹には、北上がまとめた星見会のデータを参考に、展示物の作成するという、とても大事な作業が待ってるぞ。兄貴が不在の分、お前には頑張ってもらわないとな!」
それは、ムトウヤシロに会いに行くのと、有里香の代わりに夏休みの作業の続きみたいなのをやるのと、どっちがいいか? という部長からの選択を迫る一言に他ならなかった。どうやら、わたしたちはみんな、部長の手のひらの上で転がれているのかもしれない……。
「ごめん、有里香。わたし、ムトウ大先輩に会いに行く。あんたは、数馬と一緒に文化祭の準備してて。その方がいいでしょ?」
わたしは、数馬と部長に聞こえないように、有里香に耳打ちした。有里香は、「うん。ごめん、そうするね」と、答えた。
かくして、嫌な予感は的中し、わたしはムトウヤシロという、大先輩の下を訪ねることになってしまった……。
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