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12. 新学期

 夏の日差しが幾分か和らぎ、空か高くなり、耳障りなだけのアブラゼミの泣き声が途絶え、夏を儚むようなツクツクボウシの鳴き声も少なくなり始める秋の始まりは、新学期の始まりでもある。

 結局、わたしの夏休みは、サウナのような部室で終わりを告げた。ようやく、総ての記録を纏め上げ、データの入ったディスクを部長に手渡したのは、八月三十日のこと。解放感よりも、精神的な疲労にわたしの頭は支配されていた。そんなわたしに部長は、「ありがとう。助かったよ」とねぎらいの言葉を掛けてくれた。しかし、わたしとしてはそんなねぎらいの言葉より、日当がほしいと、ひねたことを思う。もちろん、冗談だ。部活動で、日当をもらいたいなんて思わないけれど、部長のねぎらいだけでは、この重くのしかかるような疲労は取れそうにもなかった。

 そして、疲れた体を引きずったまま、新学期がスタートした……。

 教室に揃った面々の顔色は様々だった。顔を小麦色に焼き、夏を満喫したクラスメイト。海外旅行に行ってきたんだと自慢するクラスメイト。かたや、ヒステリスト三河のテストを落として、毎日補講に通ったクラスメイト。そして、意気揚々とした顔で現れた三河先生は、

「前学期の期末試験の散々たる結果を取り戻すためにも、新学期はしっかりと勉学に励むように!」

 と、初っ端のホームルームから飛ばし気味だ。

「特に、この夏、ろくに勉強もしないで、遊びほうけていたヤツ。毎日部活ばかりしてたヤツ」

 そう言って、三河先生はわたしの方を見る。さすがに偶々わたしのことを見ただけで、先生はわたしが夏休みの間中、部活動に縛られていたことなど知りもしないだろうけれど、わたしは少しだけムッとして「好きでサウナみたいな部室に篭っていたわけじゃありません」と口答えしたくなった。

「そういうヤツらは、一層頑張らないと、授業にも取り残されて、挙句放校状態になって、最後には退学する羽目になっても、俺は責任もてないからな。各自の努力と研鑽によってのみ、二年生に進級できるものと思えよ!」

 半ば脅しとも取れるような、強い口調で先生は生徒に喝を入れる。先生としては生徒のことを思って言っているのだろうけれど、現代っ子たちは先生が思うより捻くれ天邪鬼が多いのだ。そんな風に厳しい言葉を吐き出すから、きっとヒステリスト三河なんて陰であだ名されるんだと、わたしは教壇の先生を眺めながら思った。

 ホームルームが終わり、先生が教室を後にすると、一斉にクラスメイトたちが雑談モードに切り替わる。わたしの元には、別に呼んでもいないのに、数馬がやって来る。

「よっ、元気にしてたか? やー、お前の顔見るの、一ヶ月ぶりくらいだよな」

 歌いだしそうな口調で数馬が笑う。そう言えば、夏休みの間一度も数馬とは顔をあわせていない。と言うか、部室に篭りきりで、友達の誰とも顔をあわせていない。だから、数馬でさえも、なんだか懐かしくて嬉しくなってしまう。

「何だよ、暗い顔しちゃってさ」

「そういう、あんたはバカみたいに明るい顔してくれちゃって。そんなに、有里香と楽しい夏休みを過ごしたの?」

 嬉しい気持ちを数馬には悟られたくなくて、わたしはいつも通りを装って、皮肉に包んだ科白を吐く。すると、わたしの予想に反して、数馬はきょとんとした顔でわたしを見る。

「なんだよ、それ。べつに楽しくなんかないよ。だって数学の補講だぜ。頭が痛くなりそうだった。でもまあ、有里香ちゃんがいてくれたおかげで、補講テストはばっちり合格したぜ」

 ニッと数馬は白い歯を見せた。補講テストとは、補講の最後に待つ復習をかねた試験だ。これに合格しなかった場合、留年がかなり現実的なものとなる。幸い、その試験は数馬も有里香もクリアしたらしい。一応、おめでとうと言うべきなのだろうけれど、わたしの口からはまた皮肉めいた言葉がするりと滑り出した。

「はいはい、お熱いことで」

 と、わたしが言うと、つん、と顔を背けた数馬は憮然とする。

「別に俺と有里香ちゃんが付き合ってるわけでもないのに、何がお熱いんだよ? 訳の分かんないこと言うなよ……理沙、もしかして機嫌悪いのか? ああ、そうか、国木田部長から聞いたよ、夏休みの間、ずっと星見会のデータをまとめてたんだってな。あんなに、夏休みが来るのを楽しみにしてたのに……、ご愁傷様」

「知ってるんだったら、その話題を持ち出すな! そうでなくても憂鬱なんだから。だいたい、あんたたちがそろって、補講を受けるから、わたしに仕事が全部回ってきたんじゃない」

 わたしは、思い切り方でため息を吐き出して、頬杖を突きながら、秋空の気配漂う窓の外を眺めた。数馬もつられて、窓の外に視線をやる。

「ヒロ先輩どうしてるかなぁ……」

 ほとんど独り言だった。別に、数馬に言ったつもりはないのだけど、その呟きは数馬の耳にも届いていたらしい。

「どうして、そこでヒロ先輩が出て来るんだよ」

 と、数馬が怪訝な顔をする。

「どうだっていいじゃない。あんたには関係ないの。毎日、有里香と顔をあわせてたあんたにはね」

「はぁ? 有里香ちゃん? それとヒロ先輩に何の関係があるんだ?」

 何処までも鈍いやつ。有里香は毎日、好きな人と一緒に夏休みを過ごした。もちろん、それは補講という苦行の中での話しだけど、八月三十一日、わたしが国木田部長にディスクを手渡した後、それを見計らったかのようにかかってきた有里香の電話は、恋する乙女の花が咲いているように明るかった。それはもう、シリウスの輝きよりも眩いくらいに。

 対照的にわたしは、有里香の好きな童話の本に例えて言うなら、「モーリアの坑道」でドワーフの財宝を見つけたけれど、突然スティングが光り始めて、あっという間にトロールの大群に囲まれたかと思うと、トロールが暴れるものだから、落盤事故が起きて、敢えなく生き埋めになったような感じだった。

 え? 分かりにくい? まあ、要するに、作業疲れで声も気力も真っ暗になっていたってことだ。せめて、有里香のように好きな人と一緒にいることが出来たなら、少しでも救われただろうな、なんて思うのは、わたしのわがままなんだろうか?

 他人の幸せを羨むのは、ガラじゃないと分かっているけれど、同じスタートラインに立っていたはずの有里香が先んじて、好きな人との距離を、一ミリでも縮めたことは、一向に先輩との距離が縮まらないわたしにとって、やっぱり悔しいもので、有里香の好きな相手には、文句の一つも言いたくもなる。

「有里香みたいに、わたしもヒロ先輩と一緒にいられたらな、ってことよ。まあ、どうせ、あんたには関係ないことだけどね」

 と、突き放すように数馬に言った。きっと、数馬の頭の上にはハテナマークが、いくつも浮かんでいることだろう。なぜなら、わたしがヒロ先輩を好きだって言うことを、数馬は知らないのだ。と言うか、知っている人は私以外いないだろう。

 秘めたる恋、と言えば聞こえはいいけれど、その実、ただ単に、わたしが意気地なしで、気持ちを伝える術から逃げているから、誰も知らないのは当然だ。

 ああっ!! もうっ、そんなことばっかり考えていると、余計に憂鬱になるじゃないっ!!

 わたしは、思い切り頭を左右に振って、脳裏に取り付いている、もやもやした雲状の憂鬱を払った。そんなわたしの姿を、奇妙に思いながら眺める数馬が、突然ポンっと両の手を叩く。

「そういや、ヒロ先輩、随分生徒会でこき使われてるらしいぜ。ほら、文化祭のスポンサー集めって大変らしくて。地元の工場とか商店街とかを一つ一つ回って、お願いするらしいんだ。でも、何処も不景気だから、なかなか取り合ってくれないって」

「詳しいのね……」

 生徒会でもないくせに、と付け加えようとすると、それに先んじて数馬が続ける。

「隣のクラスの生徒会役員のダチに聞いたんだ。いまの三年生の会長ってヤツが中々ひどいヤツでさ、自分はまったく動かずに、ヒロ先輩たちにまかせっきりなんだって。不満がフンキュウしてる」

 紛糾ね。数馬の話を聞きながら、わたしは国木田部長の丸メガネ顔をふと思い出した。なんとなく、生徒会長と部長がかぶって見える。もっとも、部長は本当に忙しいのかもしれないけれど。

「ひどいヤツだね、会長。ヒロ先輩が可哀想……」

 と、わたしが言うと、数馬は再び憮然とする。

「理沙が心配してやることはないって、どうせあの先輩のことだから、器用に仕事こなしてるって」

 どうせ、という単語にわたしは少しだけ引っかかりを感じた。だけど、数馬の言うこともあながち的外れと言うわけではないだろう。ヒロ先輩は、生来の明るさと人懐こさで、上手くやってるはずだ。ただの後輩「北上さん」に、心配されることは何もないかもしれない。

「それよか、文化祭だよ。後期の目玉イベントだぜ!」

 数馬が楽しそうな顔に戻って言う。そうだ、新学期が始まったって言うことは、秋の文化祭があると言うことなのだ。中学の頃の、お遊びみたいな文化祭じゃなくて、部費を稼ぐことができる、本格的な文化祭がまっているのだ。高校生活の楽しみでもある。

 気持ちを切り替えよう!

 数馬の言葉に、わたしは少しだけ、肩の荷が下りたような気がした。だけど、ふと思い出す。文化祭と言えば、クラスの出し物以外に、部活の出し物と言うのがある。そのために、わたしは夏休みをまるごと返上して、データまとめに追い立てられたんだ。

 再び、国木田部長のメガネ面が、瞼の奥をちらつく。また、難題を押し付けられるんじゃないか……嫌な予感が、わたしの背筋に悪寒を走らせる。

「『未知の流星』が落ちちゃえばいいのに……」

 わたしは、秋空に向かって呟いた。

 

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