1. プラネタリウム
前作で「恋愛」の部分が自分的に納得できておらず、リベンジのつもりでもう一度「恋愛小説」に挑戦することとなりました。
「恋愛」×「世界の終わり」というとんでもないコンセプトで、書いていきます。遅筆で駄文ですが、是非是非、最後までお付き合いいただけたら、嬉しく思います。よろしくお願いします。
何処までも流れ星は早く、わたしを置いていく。なんど、その瞳を凝らしても、あっというよりも早く、星を掻き分けて、漆黒の夜空を駆け抜けていく。あの星を掴むことが出来たら、あの星をとめることが出来たなら、わたしの願いは叶う日が来るのだろうか……。
『つまり、流れ星とは宇宙を漂うゴミのことなのです』
プラネタリウムの機械が回り、ドームの内側に映し出された夜空に、流れ星が走る。そのスピードはとても速く目で追うのがやっとだった。それに対して、ナレーションのお姉さんの声は、ゆったりのんびりしていて、ともすれば、あくびでもしそうな勢いだ。
『昔から、流れ星が消えるまでに願い事を唱えることが出来れば、そのねがいごとは叶う、と言います』
「迷信だけどね」
『でも、流れ星の速度はとても速く、まさに目にも留まらぬ速さで、とても願い事を言う時間はありません』
「分かってるじゃん」
『では、どのように願い事をしたらいいのでしょう? 』
「しらないよ」
わたしは、いちいち小声で、解説にツッコミを入れながら、満天の星空の偽ものを見上げていた。未来的という表現が正しいような、鉄アレイ型の映写機を取り囲むように、ぐるりと席が並び、どの場所からも星空を見上げることが出来るプラネタリウムは、ひどく閑散としていた。わたしの座る席のちょうど反対側、映写機の陰にカップルが一組、その近くに、会社員風のおじさんが一人と、わたしの近くに大学生の女性が一人。満席ならその二十倍の人数が入るというのに、鉄アレイはわたしたち五人のために、必死に星空を映し出している。「こども科学館」なんていう、今時流行らない、ベタなネーミングのこの施設がそうさせるのか、それとも夜空なんて誰も見上げたくはないのか。
多分、理由は後者の方だとわたしは思う。それが証拠に、プラネタリウムが「流れ星」の話を始めたとたんに、わたしを除く余人の顔色は一気に暗くなったような気がした。
『さて、流れ星は何故光るのでしょう?』
ナレーションは、引き続き眠そうな声で、流星の説明を続ける。
『それは、大気の分子と流れ星の分子が衝突したときに起こる、プラズマ発光によるものです』
「いきなり、プラズマとか言われても、わかんないわよ」
誰に聞かれるとでもない、わたしの独り言のようなツッコミがドームの中に吸い取られていく。子ども向けの学習プログラムとしての映像のはずなのに、やたらと小難しい単語と物理補足が並び、高校生のわたしでも、何を言っているのか良く分からなくなる。
もっとも、わたしがこのプラネタリウムを見るのは、これが初めてではない。もう、何度見たことか。もともと、この「こども科学館」には、上映プログラムが二つしかない。一つは、ただ星空を映すだけのプログラム。もう一つは、この学習プログラム。最近のプラネタリウムは、ナレーションを俳優さんに頼んだり、お洒落な映像を交えたりして、エンターテイメントの一つとして扱われることが多いのだけど、ここのプラネタリウムは昔ながらの作りなのだ。それでも、わたしはここ以外のプラネタリウムを見たいとは思わない。妙なツッコミを入れながらも、わたしは素朴なここのプラネタリウムが好きなのだ。色々と悩んだり、哀しいことがあったりすると、あの日、ヒロ先輩にここを教えてもらって以来、いつもわたしは決まった席に座って、偽ものの夜空を見上げる。そうして、わたしの想像の翼は、偽ものの夜空のその向こうへと羽ばたいていくのだ。すると、思い悩んでたことも、哀しいことも、全部ちっぽけに思えてくる。そうして三十分に満たない、上映が終わると、気分が晴れ晴れとするのだ。高校生には安い、入館料も魅力の一つであることは否めないのだが……。
まあ、単純なやつなんだよ、わたしは。
『さて、夜空は秋に変わり、空は新しい顔をわたしたちに見せてくれます』
流れ星の説明が終わり、映写機がぐんっと動いたかと思うと、ドームいっぱいに無数の星がきらめく。それにあわせるように、館内のスピーカーから、オルゴールでアレンジされた「見上げてごらん夜の星を」という古い名曲が流れてきた。
『秋の夜空の中心には、ペガサス座とアンドロメダ座が輝きます』
ナレーションと同時に、星と星を結ぶ線が現れる。
『ペガサス座の胴体となる、二等星と三等星の合計三つと、アンドロメダ座の二等星ひとつを結ぶと、秋の大四角形が出来ます。また……』
この夏を越えれば、本物の空にも秋の星空が訪れる……。日本から見える秋の空には、一等星が一つもない。僅かに、東の空に傾いた夏の名残がきらめくだけで、物悲しくさえ見えてしまう。山の木々が、鮮やかに色づき、今年最後の命の輝きを見せる季節には、むしろその方がぴったりなのかもしれない。
だけど、そんな夜空を、わたしたちはもう一度見ることが出来るのか? 答えはノーだ。きっと、この場にいる五人がみんな、ドームの内側を見上げて、そんなことを思っていたに違いない。カップルは、強くお互いの手を握り、会社員は眼鏡の奥で物憂げな表情をし、大学生はうつろな瞳でペガサス座を追いかける。わたしは、ただぼんやりと、もう二度と見れないかもしれない夜空を見上げる。
「しっつれいしまーす」
突然、わたしの後方にある扉が開き、外の光が漏れてくる。何なんだ上映中に、とわたしを含めた五つの視線が、扉を開けて入ってきた彼に集中した。ところが、高校の制服姿の彼はそんな視線を総てかわして、わたしの姿を見つけると、「理沙。やっぱりここにいたのか」と言って、そそくさとわたしの隣の席に座った。
「今、上映中よ、数馬」
わたしは、なるべく彼……数馬と目を合わせないように苦言を呈した。もちろん、その仕草は明らかに不自然なくらいで、どちらかと言えば、わたしの目は泳いでいると言った方が正しい。数馬は、そんなわたしの仕草に気付かないフリをするように、ニッと人懐こい顔に笑顔を浮べた。
「いや、だるま館長にもそう言われたんだけど、無理やり入れてもらったんだ」
だるま館長というのは、この科学館の館長さんのニックネームだ。名付け親はわたし。だるまみたいな顔をしているから、わたしが勝手に命名した。本名は知らないのだけど、館長さんも文句を言わないものだから、数馬まで、館長さんのことをそう呼ぶようになった。
『秋の空が一巡りすると、やがて雪の似合う冬の星空がやってきます』
相も変わらず、睡魔と格闘しているような喋り方のナレーションが入り、上映を続けるプラネタリウムが、ドームに冬の夜空を映し出す。秋の空とは違い、一等星の散りばめられた夜空は、目を奪われるほどに美しい。観客たちは、そんな夜空に夢中で、突然乱入してきた数馬のことなど、もう気にも留めていなかった。
「どうして、ここにいることが分かったのよ?」
わたしは数馬と視線を交わすことなく、偽ものの夜空を見上げて尋ねた。
「小母さんに電話したら、学校には行ったはずだって言われたんだけど、学校には来てないし、もしかしたら、ここのプラネタリウムでも見てるんじゃないかって思ったんだよ」
数馬も、冬の星座を目で追いながら言う。微妙にわたしたちの間に、ぎこちない空気が流れていくのを感じた。でも、わたしたちの空気なんてお構いなしに、プラネタリウムはプログラムを淡々と続けていく。
数馬は、わたしと同じ十六歳。背が高く、顔はそれなりにかっこいい。いつも笑顔を絶やさず、気さくで人懐こいところなんかは、男女問わず先輩からも慕われている。わたしとは、小学校からの付き合いで、中学も高校も同じ学校に進学した。ついでに言うと、家もご近所様で、そういうのを人は「幼馴染」という。
まあ、わたしとしては、仲のいい姉弟もしくは兄妹みたいな関係だと思っていた。どちらかといえば、腐れ縁だとさえ思っていた。数ヶ月前までは……。
「それで、何の用?」
わたしはあからさまに棘のあるような口調をする。もちろん、わざとだ。
「何の用って、部長が召集のメール送ったの知ってるだろう? それなのに、理沙ってばなかなか来ないから、俺が代わりに呼びに来たってわけ」
「召集のメール?」
「なんだよ、見てないのかよ。まったく……、学校からここまで全力で走ってくるこっちの身にもなってよ」
はぁっ、とわたしに聞こえるように、数馬がため息を吐き出した。わたしは、教科書とお弁当の入った鞄を開けて、携帯電話を取り出す。科学館に入ったときに、マナーモードに切り替えたことを思い出した。そういうマナーはきちんとしないと気がすまない。特に、この科学館のプラネタリウムの常連様としては。
薄暗い中、わたしは周囲に気遣いながら、ディスプレイを手で隠すように開いた。数馬の言ったとおり、部活の部長から、メールが一件。
「なんで、全力疾走する必要があるのよ」
と、訊きながら、わたしはメールを確認する。メールには「午前八時、全員集合!」と短い文面。なんだか、古いお笑い番組のタイトルを思い出す。部長は、いつも「簡潔が美徳」と思っているそうで、メールには必要以上のことを残さない。もっとも、それだけで、何処へ集まればいいのかわたしたちは分かっている。
「そりゃ、部長が三十分以内に、理沙を捕まえて来いって、言ったからだよ」
「なにそれ。あんたってば、従順な犬みたい」
「犬って、ひどいなぁ。理沙だって、部長がせっかちなの知ってるだろう? まぁ、もう三十分なんて、とっくの昔に過ぎてるけどな」
そう言って、数馬はかすかに笑った。そして、わたしに「これ終わったら、学校行くぞ」と付け加えた。きっと部長は、数馬がわたしの居所を知っていると踏んでよこしたのだ。だとすれば、観念するほかない。本当は学校に行きたくない。
あ、前もって言っておくと、イジメられてるとか、そういうことじゃない。わたしが学校にも行かないでプラネタリウムなんか観ているのは、もっと別の理由がある。
「あのさ……」
唐突に、声を潜め真剣な顔つきでプラネタリウムを見上げながら、数馬が切り出す。来たっ! わたしはドキリとして、飛び上がりそうになる。案の定、数馬の口からこぼれ出たのは、わたしが今一番耳にしたくないことだった。
「もう、あれから何ヶ月過ぎたと思ってるんだよ……そろそろ答えを聞かせてくれないか?」
数馬が言いかけ、わたしは席を立つ。座席が跳ね上がる音がドーム内に響き渡った。再び、観客の視線がこちらの方を向く。今度はわたしを除く、四人の視線。いや、隣に座る数馬の視線も。
「何処行くんだよっ」
まるで引きとめようとするように、数馬の手がわたしの制服の袖を掴もうとする。わたしは今日始めて、一馬の顔をまともに見た。そして、数馬の手をかわして、
「どこでもいいでしょ。数馬には関係ない。それに、今更学校なんていったって無駄よ。部活も無駄。だって、だって……世界は、あと一週間で滅びるんだからっ!!」
少し大きな声で言い放ち、唖然とする観客と、眉をひそめる数馬を残し、わたしは走り去るように、プラネタリウムから飛び出した。
扉を思い切り開け放ち、ロビーに出ると、太陽の光が目の中に飛び込んでくる。プラネタリウムの夜空とうって変わって、現実の時間がまだお昼前だったことを思い出す。だけど、そんなこと関係ない。今は、一メートルでも遠く、数馬から逃げ出したかった。
わたしは、受付で目を丸くするだるま館長や学芸員のお姉さんの傍をすり抜け、科学館から出て、表通りの坂道をまっすぐ学校とは反対の方向に向かって、走った。走りながら、見上げた空は、透き通るほど青く夏の風を帯びている。ちらほらと、木々からはセミの鳴き声が聞こえ、汗ばむ陽気は、もうそこまで、夏休みの足音が近づいていることをわたしに知らせた。
だけど、わたしたちに夏休みはやって来ない。秋も、冬も、来年も。何事もなく、白い雲を浮かべる平穏な青空は、やがて悲鳴に塗りつぶされるのだ。そのタイムリミットはあと一週間。
あと一週間で、世界は滅びるんだ!
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