第8話 春二郎の異変
春二郎は、演説会終了後街頭で支持者や道行く人と笑顔で握手をしていた。まるで人気アイドルの握手会である。
中高年女性を中心とする熱狂的な支持者が数十人並んでいる。
最後に親方が並び、少し待って二人を挟んで華子が並んだのだった。
10分ほど経過するとついに親方の番となった。
親方は「春二郎先生、いつも応援してます!」と言いながら春二郎にお辞儀し、顔を間近に近付け、汗でべちょべちょな手で春二郎の手をぎゅっと力強く握った。
すると、たちまち春二郎に明らかな異変が起こったのだ。ぶるぶる震え出し、目玉がぐるぐると回っているように見える。
そして親方の手をほどくべくもがいた。
しかし親方はぎゅっと握った手を離すことはなかった。
ついには「山本助けてくれ。息が出来ない。」と叫び、第一秘書の山本を初め数人が間に入って引き離したのだった。
さらに春二郎は人目も憚らず、「トイレはどこだ!」と叫びながら公衆トイレに駆け込み、いつまでも手を肘まで洗い続けた。
こうして演説会&握手会は、春二郎の体調不良という理由により、急遽終了がアナウンスされたのだった。
華子は深くため息をついた。
「困った事態になったな。夏ちゃん。」
華子は公衆トイレが見える場所に隊長達を集めて言った。
「見ての通りだ。」
「あいつの目、くるくる回ってましたぜ。」
親方が答えた。
「どうしますかい。」棟梁が聞いた。
「どうもこうもあるまい。パラサイトを春二郎から引きずり出すしかあるまい。」
「あいつ、アホだと思ってはいたが。ここまで取り込まれるとはな。パラサイトは悪意を持つ人間に寄生し、悪意を最大化する。さらに醜悪な目的達成の為の知力、体力を与えるのだ。悪意のない人間には寄生できないし、人間誰もが持つような小さな悪意には興味も示さない。」
「夏子のために、何とか春二郎を生かして傷つけずにパラサイトを分離しないとならんな。
さて、どうしたものか。パラサイトが出ていっても、春二郎が死んだり廃人になってはならない。
春二郎にまだ優しい心や人間としての良心が残っていれば良いのだが。」
「みんなには、難しい任務を遂行してもらうことになる。すまないな。」
「何情けないこと言ってるんですか」
「隊長が俺たちならできると踏んで、選んでくれたんでしょ。出来ますよ!」
「やりましょう!わしら隊長と日本を救うと決めたんです!」
こうして、新たなミッションが動き出したのであった。
「おっと。ここ渋谷か。まずは横丁で一杯やって帰るか。嫌なもの見たし、お清めが必要だな。作戦会議は明日からにしよう!」
「イエス!マム。レッツ芋焼酎」
戦士にも休息が必要だと考える華子であった。
「おっと、その前に。親方悪いけどそこでちょっと手洗って来てくれ!春二郎も帰ったようだしな。」
「隊長!そんなの気にしないのかと思ってたです。むしろ嬉しいのかと。」
「そんな訳ないだろ。普通に気持ち悪いぞ!変態じゃあるまいし。」
「ええっ?マジっすか。」
「いいからとっとと行ってこい。」
親方は肩を落としてトイレに向かったのであった。
「さて、夏ちゃんにはどう話したら良いものかのう。」
華子は遠く空を見上げながら小さな声でつぶやいた。