第7話 街頭演説会の熱狂
日曜日、華子は渋谷の春二郎の街頭演説会場近くの路地裏にいた。華子はスカーフと伊達メガネで身元が分からないようにしている。今日は隊員たちも同行させている。隊員はいつも通りの私服である。
華子は三人の隊員を見渡すと、「さてさて。誰がいいかな。」そう言ってくんくんと匂いを確認し始めた。
「ん。大将昨日夜何食べたんじゃ?」
「店終わってから、ニンニク増し増しラーメンと餃子っす。」
「だと思ったぞ。」くんくん。「はーい、不合格。」
「棟梁、昨日の夜どっか行った?」
「現場終わりで、職人連れて東京温泉すっきり爽やかランドっす。サウナでたっぷり毒抜いときました。」
「まったく。全く何も分かってないわね。あんたもダメ」
華子は最後に親方をくんくんし満足げにうなずいた。「親方で決まりね。昨日はいつも通りのようね。」
「はい!いつも通りちゃんこ食って寝ました。で、わしは何をするんですかい?」
「彼いつも演説会が終わったら聴衆と握手するみたいだから、並んで彼と握手をしてくれ。ぎゅっと掴んで長めに頼む。
演説は30分位らしいから、それまでそこらでシコ踏んでたっぷり汗かいておいて頂戴。」
「私は親方のちょっと後ろから、春二郎の様子を観察するから他の二人も近くでよく見てて頂戴。」
「イエス!マム」
「それやめてくれない。嫁入り前の女の子だし。」
「イエス!マム」
「もういいわ。さあ、始まるわよ!」
春二郎の演説会は始まった。結構人気があるようで特に中高年の女性が目立つ。
「今また日本は犯罪増加の危機に瀕している。父の推し進めた、監視カメラ10億台設置の偉業により街中での犯罪をほぼ壊滅させることに成功した。一方、残念ながら自宅、ホテルの部屋、公衆トイレ等での犯罪は増加し続けている。プライバシー空間。今それこそが犯罪の場、温床となっているのである。私は今までタブーとされてきたプライバシー空間と呼ばれる犯罪の巣窟についにメスを入れることを宣言する。住宅の全ての部屋に音声収録機能付の監視カメラの設置を義務付ける。トイレや風呂場もだ。例外は認めないし、取り外したり隠したりするのは国家に対する犯罪とみなす。公衆トイレの個室やホテルの部屋も同様だ。」
会場は静まりかえった。
「やり過ぎだろ!」「恥ずかしい!」「プライバシーの侵害だろ。」聴衆から声があがった。
「大丈夫です。何故なら人間が映像を見るのではなく、AIが膨大な映像と音声をチェックするのです。皆さんAIに裸を見られて恥ずかしいですか?そんなことないでしょう。強盗が入ってきて暴力的行為を行ったら、即座にAIが危険判定をし警察が駆けつける。家庭内暴力でも同様です。素晴らしいじゃないですか?
またこの監視カメラは事件だけでなく事故にも対応出来ます。
風呂場で亡くなる人は年間一万人以上います。これは交通事故死よりはるかに多いんです。風呂場やトイレで倒れたらAIが危険判定して救急隊が駆けつける。こんな素晴らしい未来。本当に否定するのですか?
安全安心な自宅での生活、素晴らしいじゃないですか?私は否定する人が理解出来ません。
プライバシーは命より大事なんですか?
プライバシーの為に助かる命を見捨てるのですか?それこそが悪なのではないでしょうか。
外でも家でも、どこにいても安心安全な社会を、皆さん、私と一緒に作ろうではありませんか!。」
納得したのか煙にまかれたのか、会場は大きな拍手に包まれていた。
「プライバシー空間に監視カメラ。これは盲点だったな。ナイスアイデア!いいかも監視カメラ!さすがは春二郎先生」
ついには熱狂的な信者による春二郎コールまで巻きおこっていた。
「完全にイカれてるな。親方!シコ踏んでかいた首や脇の汗を、たっぷり手のひらにベトベトになるよう塗って頂戴。
さあ行くぞ!オペレーションの始まりだ。」
「イエス!マム」
華子と隊員たちは春二郎に向かって、力強く歩き出したのだった。