第58話 マスター華子の変なバー2 悲しみフェロモン
「何なのこの店、bar happyendって。
こんな店前からあったかしら。
こっちは、悲しくて苦しくて消えてしまいたい気分なのに。
私が警察なら迷惑条例違反とかで即摘発するわ。
下に何か貼り紙がしてある。
~ing ラブストーリー 信じぬ者は入店出来ません。って、全く余計なお世話ね。
世の中にはハッピーエンドって人ばかりじゃないのよ!
いいじゃない。私が本当に入れないかどうか試してあげるわ。」
女は勢いよく一気にドアを押した。
「いらっしゃいませ。ようこそハッピーエンドへ。」
「あっ。いや、私入れますか、って言うかもう入ってますね。
どんな店かなあと思って。
もう帰りますから、、、。あれえ。凄い数の芋焼酎が!」
「お好きですか?芋焼酎。
飲まなくてもいいので、見ていってください。お好きなのがあるかも知れませんよ。」
「では少しだけ、、、ぎゃあ!私の好きな芋焼酎トップ3と、飲んでみたい芋焼酎トップ3があるなんて。
奇跡よ、これは芋焼酎の奇跡よ。」
「良かったです。また今度芋焼酎を飲みに来てくださいね。」
「またまで待てません。今日頂きます。
飲んでみたい芋焼酎トップ3から1まで順にお願いします。ロックで!」
女は古びたバーカウンターの椅子に腰掛けた。
カウンターの中には、長い黒髪の女のバーテンがいる。
「あの貼り紙って?」
「あれですね。あれは魔除けみたいなもんです。ハッピーエンドの殲滅を狙う闇の組織の活動が活発化してるんで。
特にラブストーリーを狙って、バッドエンドにしようと企む卑劣な奴らが最近力をつけてまして。」
「ええっ!そんな組織が日本にもあるんですか。びっくりです。」
「あります。あります。もうずっと前から。奴らなかなかしぶとくて苦労してます。」
「そうなんですか。いろいろ大変なんですね。私の小さなラブストーリーが、今日B級ホラー並のバッドエンドを迎えたんですが、それもその組織が関係してたりするんでしょうか?」
「それは十分にあり得ます。
お話を詳しく伺ってみないと何とも言えませんが。奴らそれに全てをかけてますから。」
「マスターは、そんな連中から世界のハッピーエンドを守っているんですか?
それって危険なのでは?」
「いえいえ。危険でも誰かがやらなければ、世界からハッピーエンドが消滅してしまいます。地球平和のためですから、少しでもお役に立てたなら満足です。」
「私も今日とんでもない出来事があって、悲しくて苦しくて、もう生きるのが嫌になっちゃって。マスターに話を聞いて貰おうかなあ。」
「良かったら、聞かせてください。奴らの尻尾が掴めるかもしれません。」
「いやあ。大変な経験をされましたね。
これはあの組織の犯行の可能性大ですね。
まあ、奴らは犯行の痕跡を一切残さないので、確かなことは言えませんが。」
「私いろんな仕事してて、人の恋愛話を聞く機会が多いんですが、バッドエンドなラブストーリーの絶望ランク3位には入る位悲しいお話です。」
「えっ。私の話よりもっと悲しいお話が2つも。私のレベルでさえ、いっそ消えてしまいたいと思っているんですが。
二人のその後がとても心配です。」
「ご心配無く!二人ともその後あっという間に素敵な方と結婚されて、今は幸せに暮らしてます。」
「えっ。そうなんですか。」
「はい。二人ともどん底の時にお会いして話を聞いたんですが、二人にはある共通点があるんです。」
「えっ。何ですか?」
「実は貴方にも共通しているんです。
さっき入って来たときにすぐ分かりました。三人とも悲しみフェロモンが溢れてたんです。」
「えっ。それ匂いみたいなもんですか?」
「匂いというかオーラというか雰囲気というか、言葉には表現しずらいんです。
俺がこいつを守らなければならない!幸せにしなければならない!って男に思わせ覚悟を決めさせる、超超魅力的なフェロモンが漏れてるんです。」
「絶望ランクトップ2の人達は、どん底状態から3ヶ月後にはもっと素敵な人と結婚しました。
一人からは結婚式の招待も受けましたが、面倒臭いので遠慮しました。
もう一人からは、私達ハワイで結婚しました、って割とイラつくハガキが来ました。」
「二人に限っての話だけど、二人とも3ヶ月足らずで幸せになってます。だから悲しくても辛くても、最低3ヶ月は頑張って欲しいんです。
悲しみフェロモンの力は凄いんです。
まあ、信じて頂けなくても仕方ないですが。」
「その悲しみフェロモン、私いっぱい出てます、か?」
「出てます。出てます。もうたんまりと。
私の経験上最高レベル溢れ出てますからご安心を。」
「そうなんですか。良く分からないけど、何か嬉しくなってきました。」
「いやあ、3ヶ月も必要かどうか。
何せ、過去最高、いや世界最高レベルの悲しみフェロモンかも知れません。」
「なんか、とりあえず3ヶ月頑張ってみようって気がしてきました。
でも社内恋愛の三角関係で私が捨てられて、会社に行くのがもう嫌なんです。
彼が選んだ女の子がまだいるんです。それに、私、彼女を親友だと思ってたんです。
もう皆の噂になってるみたいだし。恥ずかしくて、悲しくて会社行きたくないんです。」
「もったいない。そんなの気にしてたらせっかくの悲しみフェロモンの噴出がぴったり止まってしまいます。」
「それに、この際髪とか切ろうと思ってて。」
「せっかく素敵な髪なのにそんな必要無いです。
そうだ、お店の芋焼酎を褒めて頂いたお礼にプレゼントを差し上げます。
これ、悲しみフェロモン増強!カチューシャです。色も黒くて目立たないし。明日から良かったら着けてみてください。」
「えっ。いいんですか。これ高いんじゃ。」
「いえいえ。100円ショッ、失礼。
ハッピーエンドを守る組織からのプレゼントです。」
「ちょっと付けてみていいですか?」
「前髪が軽くなって、ちょっとおでこが見えて凄く可愛いですよ。
ああ、悲しみフェロモンがマックスに。
カチューシャを付けない日は、ヘアゴムでも大丈夫ですよ。ちょっとだけおでこがポイントです。」
「あと、会社では真っ直ぐ前を向いててください。見たくないものがあったら、下を向くんじゃなくて、斜め上を向いて目を逸らせてください。
まあ、会社の外では時々下向いても問題無いですから。ゲロとか犬のうんことか踏んだらいけないし。」
「はははっ。マスターって面白い人ですね!何かちょっと頑張ろうって気持ちになってきました。飲んでみたかった最高の芋焼酎も美味しかったし。今日はありがとうございました。
また来ますね!
このお店、いつやってるんですか?」
「雇われマスターなんで、いつとは言えないけど、多分やってますからぜひお越しください。
まあ、この通りを歩いていて、店に気がつかなかったらやってないってことです。」
「はははっ。結構適当なんですね。
ではまた!」
「ありがとうございます。
おやすみなさい!幸せフェロモンさん。」




