第44話 彦兄からのお願い
「おお!いいところに。華子待っておったぞ。」
「どうかしたか、彦兄。困った顔して。」
「いや。実は気になる子供がおって、華子に会ってもらおうと思ってな。」
彦兄というのは、原田とたすけを助けた浅草の雷神像を50%程人間に近づけたような男で、名を彦一という。
ただし、本人はその名をあまり気にいってないらしく、外ではあまり名乗らないのだ。
「最近この世界に来た子なんだが。
妙なことに足が痛いと泣いてばかりおってな。この世界では、そんな痛みはないはずなんだが。俺が聞いてもほとんどしゃべってくれぬし。まあこの怖そうな風体では仕方あるまい。
華子なら、この子も心を開いてくるれるかと思ってな。
もしかしたら、まだ現世と繋がっておるのかもしれぬ。」
「わかった。彦兄。」
「ちょっと待っててくれ。連れてくる。」
彦一は小さな女の子を連れて戻ってきた。
ずっと泣いていたのか、真っ赤に腫れた目をしている。
「こんにちは!わしは華子じゃ。良かったら華ちゃんて呼んでくれ。
少しお話してもいいかの。」
「うん。」
「ありがとう。一人で頑張ったのう。
わしもちょっと寂しかったからお話出来て嬉しいぞ。お名前を聞いていいかの。」
「ひまり。」
「おおっ。かわいい名前じゃ。わしと同じお花にかかわる名前じゃな。
それで、どうしたのじゃ。」
「ねこちゃんと遊んでたら穴に落ちちゃって。」
「ほう。どこで遊んでたのじゃ。」
「怒られるから内緒。」
「わしは怒らないぞ。怒らない大会で優勝したこともあるぞ。」
「大きなお庭のあるおうち。ねこちゃんが壁のすきまから入っていって、私も一緒に入ったの。
そしたら穴に落ちちゃって。それから足がずっと痛いの。」
「早くおうちに帰って、お母さんのハンバーグ食べたいな。」
「そうかそうか。かわいそうに。ねこちゃんが好きなとっても良い子じゃな。」
「ひまりちゃんのおうちはどこかな。」
「うーん。よくわからない。とうきょうと。電車の近く。」
「いろいろ大変じゃったな。」
華子は、ひまりをぎゅっと抱きしめた。
「悪いが少しだけ待っててくれると嬉しいぞ。
ちょっと用意をするのでな。
準備が出来たら、
わしがひまりちゃん!呼びかける。
わしの心の声じゃ。
そしたら、華ちゃん!と大きな声で返してくれ。頼むぞひまりちゃん。」
「うんわかった。華ちゃん。」
「何とか頼む!華子っ。」
彦一はもうすでに泣いている。華子の泣き虫は兄者譲りなのだ。
「案ずるな。彦兄。
しばらくこの子を頼む。」
華子の夢はそこで終わった。
「うーむ。これは一大事じゃ。今朝5時か。寒そうな朝じゃの。急がねば。」
テレビをつけてみたが、まだニュースにはなっていないようだ。ネットニュースにも見当たらない。
「原田社長。朝早くから電話してすまぬ。ちょっといいかの。」
「おはようございます。何かありましたか?」
「いや、ニュースにはなっていないようだが、都内で行方が分からない小さな女の子はおるかの。」
「どこでそれを。」
華子は簡単に経緯を話したのだった。
原田は、未公開情報だがおおよその場所は把握しているようだ。
「よし。親方の店ならそこから近いじゃろ。
原田社長、悪いが幸ちゃんとちゃんこ屋に行っててくれ。わしも今すぐ向かう。」
「白石。朝から悪いが、ちゃんこ屋に来れる隊員を全員呼んでくれ。そう春二郎もだ。あと、念のためうちの医療班にも出動準備をさせろ。
あと棟梁に、穴に降りて人を安全に引き上げられるような装備を用意して来るよう伝えてくれ。親方にはわしから連絡しておく。」
「ひまりちゃん。頑張ってくれ。」
華子は、まだ寒くて暗い朝の道を走り出したのだった。




