第4話 春二郎の覚醒
蒸し暑い夏の夜、政権与党である「自由で豊かな超管理社会を実現する党(略称/自由超管理党)」の衆議院議員里見春二郎は、海沿いに建つ実家の縁側で一人考え込んでていた。
今日はテレビの人気番組「偏向報道ジャパン」の若手政治家が参加する討論番組に勇んで出演した春二郎であったが、野党国民管理党議員の厳しい追及に動揺し、しどろもどろになってしまう失態を演じてしまったのだ。
「あいつ性格悪いなあ。デブでハゲなくせに。俺が答えられない難しい質問ばかりしてきやがって。俺の方がイケメンだし。」
春二郎は難しい質問を受けても、何を言っているのかちんぷんかんぷんなのであった。
「このままではいけないので、このままではいけないのだ。今こそ何かを変えなければいけない!」
しかし、何かいけないのかさっぱりわからなかった。もともと口は達者だが、物事を踏み込んで深く体系的に考えるのが苦手な春二郎であった。
繰り返さるれるパンデミック、自粛、移動制限、不況、生活苦、食糧危機、治安悪化等により、恐怖に支配された日本国民は、今や政府からの管理を自ら望んで受け入れる国民になっていた。一億総M化社会の到来である。といっても今や日本の人口は8千万人余りにまで減少していた。過労死ぎりぎりまで働いても、質素な生活さえ厳しい現実。そもそも生きて行くのがやっとの状況では、自由を楽しむ時間も金もないのだ。そして多くの国民は最低限の生活と安全の保証と引き換えに、お上からの徹底管理を受け入れたのだ。
そしてそれが予め計画されたストーリーであることには考えが及ばなかった。よしんば気づいた者がいても、情報発信する術はもう残っていなかった。
「もっと管理を!もっと厳しく!」
春二郎は、そうした国民の声に応える更なる管理の方法を模索していたのであった。
「国民の望む管理とは何か?」
「監視カメラ、言論統制、情報管理、移動制限、行動制限、顔認証、個人番号管理、どれもすでにやっていて犯罪防止、治安維持に大きな成果を上げている。他に何かあるのだろう。」
「うーん。いまいちわからん」
「ところで、そもそもわが党の掲げる、自由な管理社会って何だっけ。自由と管理?何か変だなあ。よくわからなくなってきた。そもそもあいつらに自由なんていらないでしょ。父さんに聞いてみるか。いやいやきっと怒られる。」
春二郎は総理経験者として、監視カメラ十億台設置で名を馳せた偉大な父、里見秋太郎に聞いてみようかなと考えたがすぐにやめた。
「冬一郎兄さんは、大昔のヒッピーみたいな格好してガンジス川に修行に行くって出ていったきり連絡つかないし、夏子に相談してみるか。あいつ頭いいいしな。」
春二郎は末っ子の夏子を昔から可愛がっており、事あるごとに相談していたのだった。冬一郎、春二郎の能天気なアホ兄と比べ、末っ子の夏子は頭も性格も良く美人で自慢の妹であった。
周囲からは「夏子さんを後継者に!長男、次男は無理ゲー」との声も上がったが、父はそれを頑として認めなかった。
「夏子は性格が良すぎる。」のがどうも理由らしい。
「そういえば、夏子の幼なじみの華子ちゃん元気かなあ。華子ちゃん勉強もスポーツも出来て可愛かったな。また会いたいな。」
「何もやる気しないなあ。政治家辞めちゃおうかな。俺もガンジス川行きてー。国民なんてバカなくせに要求するだけだし。」
春二郎は深々とため息をつくのであった。
するとその時、屋根から一本の糸がスルスルと降りてきた。細く青白く光る蜘蛛の糸である。小さな蜘蛛は青い炎のようなものを纏っている。
蜘蛛はそのまま春二郎の耳もとまで近付くと、躊躇なく右耳の中へ一気に入っていった。
「やべぇ。何か耳に入りやがった!」
春二郎は耳を叩いたり、ほじったり、頭を揺らしてみたが違和感が消えない。
「参ったなあ。痛っ」
耳の中に刺されたような痛みを感じた直後、春二郎は頭に電極が繋がれたかのような衝撃を覚えたのだった。
「分かったぞ!アイデアが無限に湧いてきてそれが頭の中で次々と繋がれ整理されていく。今すぐやるぞ。真の超管理社会の実現。成し遂げなければ!」
「こうしてはいられない。今すぐ緊急会議の招集だ。山本!秘書を全員呼び寄せろ。」
春二郎は、全身に自分であって自分じゃないような不思議なパワーが漲るのを感じながら、第一秘書山本が運転する黒塗りのベンツで急ぎ党本部へ向かったのであった。