第3話 芋焼酎の妖精さん
「大将…大将…しっかりしろ。」華子の泣き叫ぶ声が遠くから響いている。大将は意識を失いかけながら、任務遂行中間一髪で大将がかばった華子が無事であったことに安堵していた。大将は子供の頃、かわいい女の子を身を挺して助けるヒーローに憧れていたことを思い出しくすっと笑った。
「隊長ごめん。わしちょっと疲れたです。これでお酒の妖精さんの国に行いける。。。」「行っては駄目じゃ!帰ってこい。大将」
華子の声が小さく、遠くなってついには何も聞こえなくなった。
大将は酒屋の一人息子で、高校を出てから四十数年間ずっと酒屋一筋の人生だった。夕方からは店頭でちょい飲みもやっていて、帰宅途中の疲れたサラリーマンや貧乏学生が憩いの時を過ごすのを見るのが嬉しかった。「ぷはー生き返る!」一杯の酒で疲れた顔が、一瞬で楽しい顔、幸せな顔に変わってゆくのを見ていて、いつしか大将は酒には美しい妖精が宿っていると思うようになった。
大将は見かけも性格も無骨そのもので女性には全く縁がなく、常連さんから女の子を紹介されてもお酒の妖精さんの話しばかりで、退かれるのも当然であった。
そして今では、独り身の大将の一番の願いは、死んだら美しいお酒の妖精さんの国に行くこととなっていたのだ。
うす暗い道を行くと川が流れていた。二級河川 酒匂川と標識がある。「ほう。お酒の妖精の国へは酒匂川を渡るとな。これは初耳、風流なことで。」
大将は遠く川の向こう岸を眺めた。そこには長年思い描いていた通りのお酒の妖精さんの国が見える。暖かく優しい陽が降りそそぐ花咲く庭園で、ワイン、ウィスキー、テキーラ、日本酒などなど世界の民族衣裳を纏った美しい妖精達が笑顔でこちらを手招きをしている。
「ウッヒョー。お酒の妖精さんの国、本当にあったんだ!早く行かなくちゃ」
見ると平安時代を思わせる木の橋がある。何とか渡れそうだ。
「大将!行きますっ」大将は迷うことなく歩きはじめたのだった。
橋の中程にさしかかると、そこには着物姿の凛々しい日本女性が薙刀を構えて待っていた。何故か華子によく似ている。
「隊長!こんな所で何してるんですか?また変なコスプレして」
「何がコスプレじゃ!我は芋焼酎の妖精である。」「そなたは何者じゃ」
「酒屋の大将です。本当は若大将がいいなと思ってますが若くないので大将でいいです。長年世界中の美味しいお酒をみんなに提供して、幸せにしてきたたつもりです。ぜひお酒の妖精さんの国に行かせてください。」
「ほほう。それは結構。結構。関心なことじゃ。ではちょっと調べてみるか。」
芋焼酎の妖精は何故かiPadを取り出し調べ初めた。そしてこちゃこちゃiPadをいじるとこう宣言したのだった。
「残念だが落第じゃ。汝は酒の妖精の国に行く資格はまだ獲得しておらん。お前が酒を提供して幸せにしてきた影では、酒のせいで不幸になった者も山ほどおる。もうしばらく現世でもちっと修行を積まねば、到底お酒の妖精の国への入国は許可出来へん。
帰れ。帰れ。荷物をまとめてさっさと帰るのじゃ!」
芋焼酎の妖精はよくわからない方言をごちゃ混ぜにしながらそう言い放った。
「そんなあ。もうすぐなのに。堪忍してつかあさい」
「さっさと帰れ。帰れ。」
大将は、仕方なくとぼとぼと橋を戻り始めたのであった。橋を戻りきりふり返るとお酒の妖精の国は消えて無くなっていた。 そして川も橋も消えはじめていた。
橋と共に薄れゆく芋焼酎の妖精さんは、何故かお母さんみたいな優しい笑顔でとっても嬉しそうだった。
「大将!大将。」
目が覚めるとそこはベッドの上だった。どうも病院らしく左腕には点滴のチューブが繋がれていた。右手は隊長の華子がしっかりと握っている。
「あっ。芋焼酎の妖精さん!」
「何が芋焼酎じゃ。たわけ者が!早く治してまたしっかり働いてもらうぞ!」
華子隊長は、目と鼻をぐちゅぐちゅにしながら大将に命令したのであった。