言わなきゃよかった
そんなつもりはなかった。
余計な一言だとわかってたなら言わなかった。
でも、これまで噂だけは何度も耳にしていて、しかし一度も会ったことがなかった、そんな相手が目の前にいたら、誰しも同じようになると思うんだ。
私はぽんと手をうって、つい言っていた。
「ああ!あなたがあの、『僕はアーニィしか愛せないんだっ』のアーニィさん」
「え」
「えっ?」
「……えっ?」
「あたしの名前、ジェーンなんだけど」
「……えっ」
「ちょっと!ヘンリー様っ?!どういうことよっ!」
「ま、待ってくれジェーン、誤解だ!」
急な修羅場である。
婚約者に話があると呼び出されて、私は応接室に赴いた。応接室のソファには婚約者と、婚約者に寄り添って女性が一人、座っていた。
私がむかいの一人掛けのソファに座ると、婚約者は時候の挨拶も客人の紹介も何もかもすっとばし、私に宣言した。隣に座る女性を抱き寄せて。
「ケイティ、お前との婚約は破棄だ。僕は愛しい彼女と婚約する」
それを聞いて、記憶に思いあたることがあった私はぽんと手を打ち、つい言ってしまったのだ。
「ああ!あなたがあの、『僕はアーニィしか愛せないんだっ』のアーニィさん」と。
私の婚約者は、初めて顔合わせしたときに、「お前のような女は好みじゃない、僕はアーニィしか愛せないんだっ」と言っていた。
なかなか強烈だったので、アーニィさんの名前はセリフごとよく覚えている。
その後も会うたびに、私が他の女性と比べてどのようにダメかと語るので、あとはもうずっと聞き流していた。相手にどれだけ文句や不満があろうと、これは恋も愛も情もない政略で締結された婚約だったからしかたないのだ。私にどうにかできるものでもないし、いちいち気にとめていなかった。
もしかして、彼が延々語っていた中にアーニィさん以外の名前も出ていたのかもしれないが、最初のセリフの印象が強かったせいもあって、覚えていない。
まあ、修羅場である。
私は空気と化して、目の前で罵り合う二人を眺めていた。
まさか、女性がアーニィさんでないとは思わなかった。だって、「僕はアーニィしか愛せないんだっ」と言っていたんだから、隣の女性はアーニィさんだと思うだろう普通。アーニィさんではない可能性なんて、さすがに想像しなかった。
まったく余計なことを言ってしまった。
婚約破棄に、はいとだけ、言えば良かった。
ほんと後悔。へこむ。
ああでも、よく考えると、この男が最初にちゃんと客人の名を紹介してくれていれば。これは避けられたはずの事態なのだ。というか、どう考えても、この男が複数の女性に手を出したのがそもそもの原因だ。私は悪くない、気がする。
二人はまだギャンギャン揉めている。私はいつ席を立ったら良いんだろう。帰りたい。
ああ、それにしても言わなきゃよかった。
色事関連ではないけれども、余計なことを言ってしまって後悔して文章になった。
余計なこと言わないようにと反省してるのに、リアルの不可抗力強すぎる、不可避だよぉぉぉ