表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
95/172

崩壊の旋律『ヨーデル』編 その3

ヨーデルの街の彼方こちらで起こっていた人間の仕業とは思えない残虐非道の数々は、やはり人間を辞めたブラッドレインたちによって引き起こされていた、そこへ今度はジュピター将軍からの指示を受けた、

ルカッツと言う中年の千人隊長が、1000を超える兵士と共にやって来たのだが...。

              その95



その頃、ヨーデル中央に位置する、市民の為の公園であり、憩いの場となっていた広場では、ジュピター将軍からの指令を受けた千人隊長のルカッツ(35)が、重々しい足取りで自分の隊を率いて到着していた。しかし、そこで彼らを待ち受けていたのは、想像を絶する悪夢のような光景だったのだ。


空気は腐敗臭と鉄錆の匂いが混じり合い、鼻腔を強烈に刺激する。地面は夥しい量の血で黒く染まり、原型を留めないほどに切り刻まれたヨーデルの住民たちが、まるで屠殺場の肉塊のように無造作に転がっていた。内臓は抉り出され、どこからともなく現れた痩せこけた野良犬やカラスたちの餌となっている。肉と骨はまるで食料として処理されたかのように綺麗に分けられ、その異様な光景は見る者の精神を深く蝕んだ。目を覆うばかりの悲惨な光景を前に、ルカッツは言葉を失う。しかし、歯止めをかけるという使命を思い出し、血みどろになりながらも狂ったように笑い、今も住民を殺戮し続けている【ブラッド・レイン】の者たちを、無言で包囲し始めた。隊員たちの間からは、抑えきれない吐き気を堪えるような、喉の奥が詰まるような音が聞こえてくる。


「お前たちはジュピター将軍を激怒させた。ここはこれからジュピター将軍が管轄する地域となる。そこの住民をお前たちのお遊びでこれ以上殺しまくられちゃあ溜まらんとの仰せだ。よって、直ちに【アルメドラ】様の所へ帰るか、それともここで抵抗して死ぬか、どちらが良いか選べ!」ルカッツは、震える声をごまかすかのように、精一杯、強気な口調で言い放った。周囲の静寂を破るように、風が冷たく吹き抜け、遠くで何かが燃えるパチパチという音が聞こえる。すると、【ブラッド・レイン】の中から、一人の女がふらふらとルカッツに近づいてきた。彼女の服は返り血で黒く染まり、手にはまだ血の滴る鉈を握っていた。


「あ~ら♫ おたくいい体してんじゃな~い。私と遊ぶかい♡」女は、周囲の異様な状況とはまるで無関係であるかのように、媚びるような声で、場違いな言葉を投げかけてきた。ルカッツは、見た目は悪くないその女が、先ほどまで笑いながら人間を切り刻んで遊んでいたことを思い出し、全身に鳥肌が立っているのが分かった。「こっちに寄るな、気持ち悪い! お前の様なヘンタイと遊べるか!」彼は、嫌悪感を露わにして罵った。しかし、その言葉は、女――【ブラッド・レイン】の幹部の一人、【ジャルダンヌ】のプライドを深く傷つけたようだ。


彼女は、顔を歪ませ、怒りをあらわにして威嚇し始めた。「このボケがぁ! このあたしが遊んであげると言ってんのよ! 素直に抱きゃあ可愛がってあげたのにさぁ! 事もあろうにアタイのことをヘンタイ扱いしやがって! もう許してあ~~げないから!」そう叫ぶと同時に、ジャルダンヌの体が不気味な音を立てながら変化し始めた。先ほどまでのただゴツいだけの女の姿はみる影もなく、ぼさぼさとした白い髪が爆発的に増え始め、まるで狂暴な獣の鬣のように逆立った。それだけではない。彼女の左肩のあたりから、肉塊が盛り上がり始めると、人間の頭らしきものの形へと変化して、顔の様なものまで見えたのだ。良く見返した見ると、それは苦悶の表情を浮かべた人間の女性の顔の様で、ねっとりとした視線でルカッツを睨みつけ、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべた。生首の口元からは、生臭い吐息が漏れ聞こえてくる。さすがのルカッツも、その悪趣味な光景に恐怖が限界を超え、【化け物だ!】と悲鳴を上げると。「殺せ! 殺せ! 何をしておる! 【ブラッド・レイン】を一人残らず殺してしまえ!」彼は、恐ろしさのあまり腰を抜かし、転倒しながら兵士たちの後ろへと必死に逃げ出す。兵士たちの間からも、恐怖の悲鳴や、武器を構える音、そして震えるような呼吸音が聞こえてくる。


それを見ていた【ジャルダンヌ】は、嘲笑うかのように歪んだ口元をさらに歪ませ、ルカッツの部下たち、つまり【ブラッド・レイン】に対し攻撃してくる者たちを、伸び始めた鋭い爪で殺戮し始めた。その間にも彼女の体はさらに異形へと変化していく。元の頭を残し、胴体部分が異常なほど巨大化すると、それはまるで悪夢から抜け出したような、全長6メートルを超える巨大な黒い蜘蛛の姿へと変貌を遂げたのだ。二つの人間の顔だけがその異質な体に残され、それぞれが歪んだ表情で周囲を睨みつける、悍ましい姿へと変わった。空気は張り詰め、兵士たちの気持ちは、吐き気を催す気持ちの悪さから、言い知れぬ恐怖へと変化していた、そしてジャルダンヌから放たれる異様なオーラと悪意が、広場全体を覆い尽くしている。

変化を終えたジャルダンヌは、鬱陶しくまとわりつくルカッツの兵士たちを、巨大な八本の悍ましいの足を信じられないほどの速さで、まるで鎌のように鋭く振り回し始めた、空気を切り裂くような音と共に、近くにいた兵士が一人、まるで人形のように宙に舞い上がり、そのまま巨大な蜘蛛の口元にある、ギザギザとした顎牙が並ぶ口へと引き寄せられると。ムシャ、という生々しい咀嚼音と共に、兵士の体が上下に分断され、口に近い上半身はそのまま貪り食われ、硬い鎧の部分だけが、カラン、と地面に無残な音を立てて吐き捨てられたのだ。周囲の兵士たちは、今まさに目の前で仲間が捕食されたという光景に、悲鳴を上げ、足が竦んだ。弱い精神の者は、恐怖のあまり我先にとその場から逃げ出していく。残って戦おうとする者たちにも、容赦なく巨大なランスの様な足が襲い掛かり、ブチャ、という嫌な音と共に地面に叩き潰されたり、掴み上げられ、遠くの壁に叩きつけられ、鈍い音を立てて崩れ落ちたりと、まるで足元の虫けらのように、次々と命を奪われ始めた。


周囲にいたジャルダンヌの部下たちも、獲物を見つけた野犬のように兵士たちに襲い掛かり、ヘラヘラと下品な笑い声を上げながら、生きたまま肉を食いちぎったり、毒が塗られたであろう妖しい光沢を放つシャムシールで切りつけたりと、およそ訓練された軍隊らしからぬ残忍な戦い方で、ルカッツの兵士を一人、また一人と殺戮していった。悲鳴、断末魔の叫び、武器がぶつかり合う金属音、そして肉が引き裂かれる生々しい音。広場では、戦勝国の軍とは思えない惨状となっていた。 


1000を超える兵士を連れてきたのだから、まさかこのような事態になるとは夢にも思っていなかったルカッツは、目の前で繰り広げられる惨状が信じられず、茫然自失として立ち尽くしていた。「これは夢だ……悪夢を見ているに違いない……」彼は、現実から目を背けるように、何度も小さく呟いた。そんな指揮官の頼りない様子を見て、さらに多くの兵士たちが我先にと敗走を始め、1000を超える兵士がいたにも関わらず、戦況は一方的に悪化していくばかりとなっている。風に乗って、遠くから聞こえるであろう味方の悲鳴が、彼らの絶望をさらに深く刻み込んでいた。



一方、王宮の敷地から南西へ200メートルほど離れた場所に、静かに、しかし威圧感をもってそびえ立つのは、夜明アウロラエ)(トゥッリスと呼ばれる、清らかな白亜の聖塔だ。女神セティアを信仰する者たちの聖地とも言えるその場所は、普段は穏やかな祈りの声と、優しい光に満ちている。しかし今は、およそ800名近い人々が、息を潜めるようにその中に身を寄せ、外の騒乱から逃れていた。彼らの表情には、拭いきれない不安と、かすかな希望の光が入り混じっている。彼らを脅かすのは、ブラッドレインを率いる頭目の【ブラー】だ、彼の姿を見た物なら直ぐにわかるが、異質な存在感を放つ男だ。まず目を引くのは、彼の異様に発達した右手である。左腕と手が常識的な人体の比率であるのに対し、ブラーの右腕は、まるで別の生物の腕を取り付けたかのように、太く、そして長い。その異形ぶりは、単なる体格差という範疇を超えている。さらに特筆すべきはその手だ。人間のそれとはかけ離れ、硬質な外骨格に覆われたような、まるで巨大な甲殻類のカニやエビの鋏を思わせる形状をしている。服装は、黒い皮のコートを羽織り、同じく黒い皮製のズボンとブーツを身につけている。その全身を黒で統一した装いは、彼の持つ異形さをより一層際立たせている。


体格的にはちょっとデカい183センチメートルのブラーが率いた、まるで飢えた狼の群れのような粗野な外見のラガン軍兵士たちと、ラガン第二軍の一部の兵士たちが今、塔を取り囲み、中にいるであろう多くの獲物を、貪欲な眼差しをしながら、うろうろとしている。


では、なぜ今も中へ入れず塔の外でうろついていたのかと言うと? 

王宮が陥落したという悲痛な知らせを受けた、法王フェニックスと、彼を支える白衣の神官たちによって、最後の手段として用意されていた、封印を発動した事で、聖なる防御障壁が、塔全体を強固な光の膜で覆っていたからだ。その障壁は、陽光を反射して眩く輝き、触れれば肌が焼けるような熱気を帯びていた。いかなる悪意も、強大な力も、この神聖な結界を破ることはできず、人々は暴漢から身を守っていたという訳だ。当然、食料などの物資を運び入れることもできない為、籠城している人々が飲む飲料水が少しあるだけで食料は全く無かった。

内部では飢餓の不安が重く立ち込めていて、安心出来る状況には無い、しかし、残虐非道の限りを尽くすことで悪名高い【ブラッドレイン】が街に入ったという恐ろしい知らせが届いており、暴漢に捕まり、辱めを受け、玩具のように扱われ、残虐な方法で殺されるよりは、いっそ餓死を選んだ方がましだという強い覚悟が、この最終手段の発動へと繋がったのだ。塔の中からは、時折、子供たちのすすり泣く声や、静かに祈りを捧げる人々の低い声が聞こえてきていた。


この堅牢な結界を前に、アエーシュマから強大な力を授けられていた【ブラー】でさえ、その強固な光の壁を前に、幾度となく硬い甲殻類のハサミの様な手にありったけの【力】を込め何度も叩きつけ壊そうと試みようと、聖なる障壁を破壊する事、叶わず、苛立ちを募らせていた。彼の顔は増悪に歪み、周囲の者たちを怖がらせている、したし、だからといって、今更他の場所へ部下を連れて行くなどという体面を汚すような真似はプライドが許さず、ここにまだ居たのだ。


ブラーは、この屈辱的な状況を打破するため、何とかしてこの忌々しい結界を破壊する方法を探し求め、自身の信仰する悪神【アエーシュマ】に、その強大な力を借りようと、何度も心の中で願っていた。すると、彼の切実な呼びかけに応じたのか?はたまた全く別の理由によるものなのかは分からないが、突如として、ブラーの前に一人の女が姿をみせた。


彼女は、暗黒色のローブを身に纏い、その顔には一切の表情がなく、ただ冷たい威圧感を放っていた。その異質な存在感に、ブラーは、恐怖と畏敬の念に体を震わせながら、地面に跪き、深く頭を垂れ、絶対服従の意思を示す。周囲にいたブラーの部下たちも、その女が現れた途端、一斉に跪き、地面に額を擦り付けるように土下座し始めた。当然それを見ていたラガン軍の兵士たちは、一体何が起こったのかと、不安げな視線を交わし、ざわめき始めている。「一体、何者だ……?」という囁き声が、あちこちから聞こえてくる。


女からの許可が下りるまで平伏したままのブラーは、何とかしてあの障壁を消してもらおうと、まだ許可が下りていないにも関わらず、意を決して口を開こうとした。するとその瞬間、彼の後頭部から、革靴に覆われた足が容赦なく振り下ろされ、思い切り踏みつけて来たのだ。すると顔面が強く地面にぶつけられてしまい、「フンガッ」 等とみっともない声を挙げ、その様が周囲の者たちに見せつけられる事に! 

ブラーは、「ううう……!」と苦悶の唸り声を上げ、慈悲を懇願するように体を震わせる。しかし、女は冷酷な眼差しを変えず、ぐりぐりと足でブラーの頭を地面に押し付け、罰を与える。そして、低い、しかし絶対的な権威を持つ声で言う。「愚か者めが。お前の愚かさが祟り、折角与えてやった力が無駄になってしまったわ。私は以前お前に言ったわね、ヴェ... 、ラバァルには決して近づくなと……。」


「ラバァル……?」ブラーは、地面に押し付けられたまま、混乱した表情で呟いた。ラバァルなどという者と、この塔に一体何の関係があるというのか?彼は全く意味を理解できていなかった。すると、女――アエーシュマは、冷淡な声で告げる。「お前の部下二名、呆気なく消されたわ。」


「……まさか、アエーシュマ様に力を授けられた幹部がですか?」ブラーは、ようやく事の重大さに気づき、愕然とした表情で問い返す。


「やっと理解できたか。もうすぐラバァルがここに来る。お前は直ちにここを去れ。絶対に奴には関わるな。良いな。」それだけを言い残すと、その女はまるで幻のように、すっとその場から姿を消してしまった。残されたブラーは、ゆっくりと立ち上がると、先ほどまであれほど執着していた塔への未練をまるで失ったかのように、部下たちに向き直り、低い声で言った。「お前ら、アエーシュマ様のご命令だ。ここから退却するぞ。」そう言葉を掛けると、彼は一瞥もせずに王宮方面へと、重々しい足取りで歩き始めた。部下たちは、何も聞かずに、ただ黙って彼の後を追う。


それから5分も経たないうちに、今度はラバァルたちの一行が、夜明アウロラエ)(トゥッリスへと姿を現した。夕焼けに染まる空の下、異様な雰囲気を纏った彼らが塔の近くに現れると、周囲を警戒していたラガン第二軍の兵士たちがすぐに気づき、訝しむような視線を向けながら集まってきた。「なんだお前ら、どこから来た?」一人の兵士が、警戒の色を隠そうともせず、粗野な口調で問いかけて来る。すると、ラバァルは落ち着いた様子で答え。「俺たちはラガン第一軍の者だ。ここに身分証がある。」そう言って、懐から取り出した証明書を兵士に見せた。その行動を見ていた、ノベルや、マーブル王国に所属する者たちは一斉に驚きの表情を浮かべる。彼らは、ラバァルが単なる冒険者ではないことを悟ったのだ。特に驚愕の色を露わにしたのは、オクターブだ。先ほどまで魂の抜け殻のような状態だった彼の瞳に、強い光が宿り始め、信じられないものを見るような、そして今にも襲い掛かろうとするような、恐ろしい目でラバァルを睨みつけていた。それを見た屈強な戦士ベラクレスは、オクターブの肩を掴んで静かに制し、囁くような声で、「きっと何か事情があるのだろう。」と、まるで自分自身に言い聞かせるように言う。もちろん、ベラクレス自身も何が何だかよく分からず、困惑した表情を浮かべていた。


身分証を受け取った第二軍の兵士は、それが本物かどうか念のため確認するため、小走りで隊長の所へと案内し、その判断を仰いだ。隊長は、夕焼け空の下、目を細めながらしばらくその身分証を しっかり と見つめ、「うむ、間違いないこれは正規の身分証だ。」と、重々しく頷いた。それが分かると、先ほどの兵士は慌ててラバァルたちに頭を下げ、「ご無礼いたしました。どうぞお通りください。」と言い、ようやく彼らは解放されることになった。そして、ラバァルが隊長に、なぜここで待っているのかと尋ねると、その隊長は疲れた表情で答えて来た。「この塔には強力な結界が張られていて、今のところまだ中に入る方法を見つけられていないのだ。」

との、説明を受けた。


ラバァルは「ふ~ん。」と、低い声で頷くと、冒険者たちに、今聞いた通りだ、塔の中へは入れん、神官を探して連れて行くにはまず結界を解かねばならん、ここで見てても結界は溶けん、行くぞ。


ラバァルは、そう言うと、王宮へと続く石畳の道を、ゆっくりと歩き始める。

冒険者たちも、結界を解くまで入れない事が分かると、冒険者の宿で今にも死にそうな者たちの為に、神官に助けて貰う作戦が、どん詰まりになり、仕方なくラバァルの後について行く...。  


石畳の通路を歩く足元からは、乾いた靴音が規則的に響く。


「行くぞ。」ラバァルの部下、【深淵山羊アビスゴート】のメンバーは、無言のまま、当たり前の様に、ラバァルの背後に従う。彼らの動きには一切の迷いがない。しかし、その後ろを歩く冒険者たちとマーブルの兵士たちの足取りは重かった。彼らの間には、拭いきれない疑念と不安が渦巻いていたからだ。


歩き始めて間もなく、ノベルは周りの状況を察して声を上げた。「ちょっと待って欲しい、ラバァル。君は一体……?ラガン第一軍の者って、どういう事情があって、迷宮に入ったんだい?」。他の者たちも、ノベルの言葉に同意するように、不安げな視線をラバァルに向ける。すると、ラバァルは足を止め、ゆっくりと振り返った。その瞳には、わずかな苛立ちの色が宿っている。


「今は、そんな事を話している場合ではない。それともここで無益な争いを起こして、死にたいのか?」彼の声は静かだが、その奥には明確な威圧感が込められていた。


「いや、そんな事は言ってないんだ。ただ、君がラガン軍の者だと分かった訳だし、こっちにはマーブルの、えっと、兵士もいる訳で、この状況で、お互いに納得できないまま、その……一緒に、行動するのは、できるのかと思ってね……」ノベルは、いつもの明瞭な口調とは打って変わり、しどろもどろとした喋り方になっていた。彼の周囲の冒険者たちも、ラバァルの返答を待っている。ラバァルは、一瞬だけ思案するような表情を浮かべた後、諦めたように小さく息を吐いた。「そうだな、別に隠すほどの事でもない。俺はラガン王国の第一軍から受けた仕事をしていたと言う事だ。」ノベルは、もう少し詳しく知らねばと問いかける。「受けた仕事とは?」ラバァルは、「吹雪を止めると言う仕事だ。」その答えを聞いた瞬間、今まで押し殺していた感情が爆発したのか、天使装備を身につけたオクターブが、叫び声を上げながらラバァルに突撃してきた!


彼の瞳は憎悪に燃え、全身から怒りのオーラが噴き出している。しかし、ラバァルは冷静だった。迫りくるオクターブの動きを的確に捉え、片膝を折り勢いをつけ、飛び込んでくる相手の顎に、鋭い膝蹴りを叩き込む。鈍い衝撃音と共に、オクターブの顔面が大きく跳ね上がり、そのまま意識を失って地面に崩れ落ちた。一撃でのされたオクターブを見て、周囲の者たちは慌てて駆け寄り、死んでないか確かめようとするが、ラバァルは冷たい声で制した。

「大丈夫だ、失神させただけだ。こいつに知れるとこうなる事は分かっていた。しかし、今の状況ではやむを得ぬ。俺はお前たちを生かそうとしているだけだ。そんな事は必要ないと思う奴は今すぐ、俺のPTから抜けて良い。折角助かった命だ、生きたいと思う奴は俺についてこい。無事が確認できるところまでは、連れて行ってやる。」そう言い放つと、ラバァルは再び無言で歩き出した。彼の背後には、様々な感情を抱えたまま、重い足取りでついていく者たちの姿があった。


ラバァルたちが王宮へと向かっているその頃、王宮の奥深くでは、第一軍の司令官アンドレアス将軍が、険しい表情でハイル副指令、及びブレネフ参謀と共に、ジュピター将軍が陣取っている玉座の間へと足を踏み入れていた。豪華絢爛な玉座の間には、重苦しい空気が漂い、激しい言い争いの声が響き渡っている。話は平行線を辿り、膠着状態となっていた。


まず、ジュピター将軍は、居丈高な態度で、自分がアルメドラ宰相と評議会委員からの正式な命令で動いていることを明らかにした。その内容はこうだった。旧タートスの領地を治めるアンドレアス将軍が、もしマーブルをも陥落させてしまえば、軍全体の勢力バランスが崩れてしまう恐れがあり、今回は何としても、第二軍がヨーデルを攻略しなければならない、と命じられていたことを告白してきたのだ。その言葉を聞くと、アンドレアス将軍もジュピターだけを一方的に責めることができなくなり、怒りの矛先を何処へ向ければ良いのか分からず、激しい苛立ちに顔を歪ませた。「それならば何故、最初から言わんのだ!わざわざここまで来る必要はなかったであろう!」アンドレアスは、玉座の間に響き渡るほどの大声でジュピターを威嚇。


するとその時、重い扉が開き、血の匂いを纏った【ブラッドレイン】を引き連れた、右腕が異様に発達した男――ブラーが、扉の外から姿を現した。「どうしたジュピター将軍、お困りか?」ブラーは、ニヤリと歪んだ笑みを浮かべ、怒りをあらわにするアンドレアス将軍をはじめとする、第一軍の主要メンバーを、まるで獲物を見るかのような冷たい視線で威嚇してきた。彼の全身からは、先ほどアエーシュマに受けたであろう、かすかな痛みのオーラが漂っている。それに対し、ハイル副指令が眉を吊り上げ、鋭い声で咎めた。「お前が【ブラッドレイン】の頭か!こちらの方が誰か分かっていないのか?」するとブラーは、挑発的な笑みを浮かべ、「ああん?何だてめぇ、死にてぇのか?」と、絡むような態度を取ってきた。さすがに事態が悪化するのを恐れたのか、ジュピターが慌てて割って入った。「おいブラー、やめないか!こちらは第一軍司令官アンドレアス将軍だぞ!控えろ!」

しかし、ブラーは全く意に介さず、逆に尊大な態度で言い返して来た。「ああん?何偉そうにしてんだ、お前。何時から俺のボスになったんだ?勘違いするなよ。俺はお前を生かしてやってんだ。いつでも殺せるのによぉ。」こんな侮辱的な言葉を浴びせられ、ジュピター将軍の顔も怒りに歪む。「何だと貴様!アルメドラ様から預かった兵とは言え、今の言葉は聞き捨てならん!今すぐ謝り、二度とその顔を見せないと誓うなら、命だけは助けてやる。そうでなければ、今すぐ処刑してやろう!」そう言い放ち、ジュピターは側に控える部下に目くばせを送った。すると、ジュピターの警護を担当している選りすぐりの兵士たちが、ブラーを取り囲み、鋭い切っ先をブラーに向け、剣を抜き放つ。


「くっくっくっ……わっはっはっは!こいつは面白れぇ!」ブラーは、まるで愉快で仕方がないといった様子で哄笑すると、背後に控えていた12名の【ブラッドレイン】と共に、暴れ始めた!


巨大な甲殻類のような右手を伸ばし、剣を構える兵士たちを次々と掴み上げ、挟み切る。プレートメイルを着用していた兵士でさえ、ジョキッという骨の砕ける音と共に胴体を切断され、鮮血を撒き散らしながら地面に落ちる。その惨状を目の当たりにしたアンドレアス将軍は、驚愕の表情で呟いた。「こ奴……化け物の類か!」こんな異形の怪物を見たことがなかったが、血気盛んなアンドレアスは、自ら剣を抜き、その怪物へと向かって怒涛の勢いで剣を振るい始めた。ガシンッ!アンドレアスの渾身の一撃は、ブラーの巨大な甲殻類の手にいとも容易く弾かれてしまう。すると、ハイル副指令も遅れて参戦し、二人がかりでブラーと激しい攻防を繰り広げ始めた。ブレネフ参謀は、前面での激しい戦闘には加わらず、後方へと下がり、戦況を冷静に見守っていたが、ジュピター将軍の守りに付いていた兵士たちが、悍ましい姿をした【ブラッドレイン】の、トリッキーで容赦のない攻撃を受け、一人、また一人と倒されていくのを見て、これはまずいと判断。彼は、すぐにでも第一軍から応援を呼ばなければならないと考え、入口の方へと向き直り、通路へ出ると、右方向へと走り始めた。すると、すぐに何名かの人影が歩いてくるのが見えたので、ブレネフは 腹の力 を込めて叫んだ。「助けてくれ!」


すると、歩いてきていた一行も、ブレネフの叫び声に気づき、慌てて走り寄ってきた。ブレネフ参謀は、近づいてきた者たちの中に、見覚えのある顔を発見すると、安堵の表情を浮かべて叫ぶ。「おお、ラバァル!戻ってくれたか!」


「ブレネフ参謀、一体どうしたのですか?助けてとは?」ラバァルは、状況を把握しかね、訝しむように問い返す。


するとブレネフは、息を切らせながら、焦りの色を隠せない声で。「アンドレアス将軍たちが襲われている!相手は……【ブラッドレイン】だ!」


その言葉を聞き終えるや否や、ラバァルは顔色を変え、猛然と走り出した。当然、ラーバンナーをはじめとする【深淵山羊】のメンバーも、一斉にラバァルの後を追い始める。ブレネフは、彼らの背中に向かって必死に叫んだ。「玉座の間だ!」







最後まで読んでくれありがとう、引き続き次話を見掛けたらまた読んでみて下さい。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ